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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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ピウィ、旅立つー1

「ピウィ、あなたはオウ・インに会わなければいけない」


地下壕で過ごす日がもう何日目なのかわからなくなるほどである。ルパールからこの言葉を聞き、ピウィは先行きの見えない運命への旅立ちに備える日々を過ごしていた。


 今いる地下壕から更に下方へ伸びる通路、その入り口に少年の姿があった。森に入る狩人姿ではなく、襟元の赤い青灰色の皮製軽鎧を身に付けている。ポエル、ルパール、バロワが見守る中、ピウィは意を決したように力強く一歩を踏み出し地下道を下へ降りてゆく。

頭の中ではポエルの言葉が繰り返されていた。


「光の槍を縮小したもの。となればピウィ、お前はどうありたい。このままパルアナ様の武器として意のままとなるつもりか」


 戦術的な理由で結婚した両親。その結果に生まれ、道具の一つとして利用された自分。


 今の自分には見ることの叶わない意図がある。その意図が掴めるまで、同等の、とはいかないまでも認めてもらえる位に身を置くまで自分を鍛えたい。千年前に生を受けた自分が、こうして今を生きている。そこにはもっと大きな意思が感じられる。断ち切られた黒竜との絆を取り戻し、誰にも干渉されない自分を確固たるものとしなければ、既に舞台に上がってしまった己を守る事はできない。それぞれの思惑が絡まった現状の糸を解きほぐし、己の判断で動きたい。ピウィは今そう思っている。


 あれほどピウィを苦しめていた黒竜からの接触が途絶えた。これはあまりいい兆候とはいえない、とポエルは判断した。ピウィの中に眠っていたマノンは目覚めたとはいえ、ルパールは応急処置をしたのみである。ピウィのマノンに封印を施したオウ・イン本人に会わなければ本来の力を取り戻すことはない。そうなると黒竜との絆、プーエム線を結んだとしても空の守護者として名を馳せたアードラの竜騎士は十全の能力を発揮することは出来ない。


 真っ暗な通路に蓄光石の穏やかな緑が広がる。竜槍の石突きで先を確かめながらゆっくり歩みを進めると、鼻腔をくすぐる香りが漂ってきた。香ばしくも暖かさを含むこの香り。竜芳だ。


 幾重にも曲がる地下道を下り、前方に明るみが差してくる。平坦な空間に出た。


          いた。


白い光を背に受けて、元々の黒い色がさらに漆黒に染まっている。艶々とした翼を背中に折りたたみ、ピウィは歩みを止めず怯むことなく近づいて行く。


 瞳は穏やかにキラキラと輝き、長い髭がゆったりとたなびいている。大きい。脚を曲げ腹這いになっているが、それでも地から角の先まではゆうに3ロピテ(3.15m)はあろう。


「メイラ・ゴーラル。ようやく会えて嬉しい」


「ピウィ、ただゴーラルと呼んでくれればいいのです。メイラは尊称であり、わたし以外の黒竜に話すときにお使いください」


口は動いていないものの、ピウィの頭の中に馴染む声がした。


「通過儀礼は知っていますね」


黒竜の問いかけに、ピウィは頷いた。


 突然空間が開けた。明るく平な床が広がる。ピウィには解る。これは精神世界だ。現れると同時に白い床は草原に覆われた。青空には雲が流れ、木々の葉が風に揺れる。が、どこか閉塞感のある空間だ。


 ピウィの手には自分の竜槍が握られている。手に馴染む感触が『安心しろ、ここにいるぞ』そう伝えてくる。


 前方の大樹の陰から人の姿が現れた。強い陽射しのせいで濃密なシルエットと化したそれは、歩みを進めると光を浴びた。


竜人。


南大陸に多く居住するという一般に恐竜人と呼ばれる種族ではない。あれは異界の門の旅人、竜人だ。ほっそりとした完璧なスタイル。知的な眼差し。眉目秀麗な爬虫類と人の中間の顔。手にはやはり槍を持っていた。


 ピウィには何を聞かずともわかっていた。たぶん向こうも何かを言うつもりはないだろう。これは手合わせ、などという生易しいものではない。全力、などというものを超えたものをぶつけなければならないときだ。死を覚悟するとき、それが今来ただけのことである。


 ピウィは竜槍を構えた。


『そう、まさにそれが正しい。私たちには時間がない。貴方は自身の命を曝け出さなくてはならない』


ピウィの頭の中で低く大らかな声が響いた。と、なんの予備動作もなく竜人は突進してきた。上段からピウィの頭に穂先が襲いかかる。相手に合わせるようにピウィは既に動いていた。穂先を合わせはすに受け流しつつあったはずが、いつしかそれはすっと引かれ、穂先は渦を巻いて猛烈な突きへと変化した。ピウィはこれを踏み込みつつ立てた槍で左へ流し、下から掬い上げた石突きで相手の左手を狙った。竜人は左の握りを離してこれをかわし、握る右手を左前に交差させると己の身体を左回転させた。槍が右の二の腕に触れ竜人の回転運動に巻き込まれると、唸りをあげて払い打ちをかける。左手を空振りしたピウィの槍は竜人の払い打ちを受けピウィの手から離れ、カランと乾いた音をたて地に落ちた。ピウィは落ちた槍へ身体を反転させ、竜人の目からは槍は隠れた。槍を手元に引き戻し、背を晒した少年に竜人は容赦のない突きを入れようとした。そのとき、少年の脇の下から、離れたはずの竜槍が猛烈な勢いを帯びて竜人へ飛んで来た。咄嗟に身をかわした竜人の頬を掠め飛ぶピウィの槍は、クルリと反転すると通り過ぎる直前にピウィの手に引き戻された。


 ピウィの竜槍にはいつの間にかウィーラが繋ぎ留められていた。


幼い頃よりメイワールであったピウィに、ポエルは厳しく槍術の手解きをした。メイワールとして生きていく為、ワールに頼らない生き方を学ばせたかった。状況、環境、持てるの全てを使い、柔軟に戦う術をピウィは培ってきた。いま、それが活かされている。ポエルは自慢できる息子を育てたと言っていいだろう。


どれほどの時間戦っているのだろう。集中力の限界などとうに過ぎていた。ピウィの意識は朦朧とし、自分がどうやって身体を動かしているのか最早わからなくなっていた。思考は活動を止めるほど疲労しているが、どうしたわけか身体は全く疲れない。


『ああ、そうか。ここは精神世界だからか』


ぼんやりとピウィは思う。唸りをあげて襲いかかる突きをピウィは本能的に受け流した。陽は落ち、月明かりが二つの影を映す。


 不思議な感覚がピウィを包み込んでいた。虚々実々の攻防、相手の動きに合わせ続ける時間が増えるたび、相手に打ち勝つ、という意識は遠退き、純粋に戦うことのみに純化された。すると、いつしか相手に寄り添う気持ちが、親愛の情が湧き出していた。相手への理解が深まってゆゆく。


 戦う、という協働作業、協力や共同ではなく相手への尊重を基盤としたものを共に行っている。相対していたものがいつしか同じ方向を向いている感覚さえピウィは覚えるようになっていた。


せめぎ合う二人は、槍と足を絡ませ同時に倒れる。なだらかな坂を転げ落ち、後方へ飛び下がるピウィは着地と同時に前方へ飛び出し、鋭く突きを入れる。が、相手はその槍の速度に合わせるように後ろへ倒れた。


 槍を持つ手にピウィは足を乗せ押さえつけると、短く持った竜槍を竜人の喉元に突き付けた。


不意に草原の景色は消え、外界の明かりに照らされた地下洞窟の世界に戻っていた。


 凛々しくそそり立っていた黒竜の長い首は、今はぐったりと地の上に伸ばし、粗く呼吸を繰り返す。どうしたわけなのか、ピウィは理解した。先日来より黒竜からプーエム線を結ぼうとする動きがなく、そのおかげでピウィは苦しむことがなくなっていた。が、それは黒竜が衰弱しきっているからであった。そもそも黒竜族はこの世界に住人ではない。異界からの来訪者なのだ。そしてその魂は元の世界の母魂と深く結びついていたという。このハームスへ来てから不自由なく暮らしていけたのは一重にアードラ族との結びつきがあったからだ。酸素が無ければ窒息してしまうように、プーエム線と呼ばれる心的な繋がりを通して黒竜はこの世界と繋がりを保っている。繋がりを断ち切られれば生命力は徐々に下がり、遂には死に至る。通常、アードラ族との繋がりを持たずとも黒竜が死ぬことはない。それは同族のいずれかがアードラとプーエム線を繋いでいるからで、直接プーエム線を持たない個体でも問題なく生きていくことは出来た。


 が、今この世界にゴーラル以外の黒竜がいないに違いない。ゴーラルの母竜メイナ・ガースの存在をピウィは以前感じたが、今はこの世界に存在していないに違いない。現にゴーラルがこの状態なのだから。


その姿にピウィは涙した。親愛の情が湧き上がり、大きな頭に抱きついた。


「こんなに弱っていたのに、お前は…。なんでこの界を離れなかったんだ」


ピウィを包み込むような穏やかな声が頭の中に響いた。


『それは・・・あなたが呼んでいたから。あなたのタリムは私しかいない』


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