降星大戦-ルパール、レイサの話
情報を集め分析するほどに、謎は増える。そんな情報と謎を幾多も抱えたルパールであったが、今一つの謎が解き明かされそうだ。
ゾクゾクするこの瞬間がルパールの快楽中枢を刺激する。元来持っていた資質なのか、仕事がそうさせたのか分からないがルパールが情報収集癖からは逃れられそうにないのは、これが原因であることは明白、と自覚がある。
ルパールはこれまで積み上げてきた経歴に裏付けされた確固たる自信が珍しく揺らぐのを自覚していた。図書殿の影の存在として暗躍し実績を積み上げてきたが、暗器“執行者”を使用しての襲撃を止め、秘してきた身元まで把握していたポエルの実力を目の当たりにし、格上の存在をまざまざと見せつけられた。
疑心暗鬼にまみれた世界で長らく暮らしてきたが、今は毒気を抜かれたような清々しい気分を味わっている。それは、ポエルがこちらへ向ける真っ直ぐな気持ちがそうさせているのだろう、と認めざるを得ない。ルパールは知る限りを曝け出す覚悟を決めた。
「ピウィ、いつだか私はあなたにこう言った。『お前は道具として生まれたんだ。用が済めばお払い箱さ。私と同じにね』すまなかったわ、あの頃の私は、そうね、どうかしていたわね」
属していた組織から追われる立場となり、生きる目的を見失っていた事をここでくどくどと言い訳するつもりなどルパールにはなく、ただこのピウィには素直に向き合っていたかった。この子には私と同じ気持ちを抱かせたくない、司書殿の旧副司書長はそう念じた。
ポエル様は何か役割を渡そうとしている。先ほどは力及ばず己を証明する機会を失ったが、少しばかり挽回しておくのも悪くなかろう、とルパールは目算を立てた。
「私の特技は、散りばめられた情報の断片から関連性を見抜き、それを再構成すること。
情報の世界に身を置いていると、実に面白い人物を知る事がある。この人物は巧妙に身分を偽装し、各国の軍部にまず属するの。そして驚嘆すべき功績を次々と積み上げ、短期間に周りの信頼を得て昇進を重ねてゆく。
目的は各国が握る機密情報に触れるため。この驚くべき男性の真の目標は、一族が失ってしまった魂の伴侶、黒竜を探し求めること。でも、何処にも黒竜を見つけることはできなかった。そして、機密情報を盗み見られた国々も突然消え失せたこの男性を見つけ出すことは出来なかった。私を除いてはね。
この男性は失意の下、故郷に戻る。そこで思わぬ使命を獣王の使者から受ける。ピウィ、ちょうどあなたが生まれる頃の話。私たちが暮らしていた異界の門、そこからある女性が現れた。その女性は特殊な状況に巻き込まれた特別な女性。
これで正解しているでしょうか、各国から捜索対象とされているポエル様」
薄暗い中でもそれとわかるイタズラな目線をルパールはポエルに向けていた。
「ここからは私の預かり知らぬこと。大切な事だけにポエル様自身の口から聞きとうございます」
「さすがは諜報・防諜闇の副司書長。見込んだだけの人物です。いくつもの情報を関連付け、その謎の人物に辿り着いたのは確かに貴女だけでしょう」
ポエルはルパールに向けていた視線をピウィに向け、決意を持って話し始めた。
「そして、異界の門から現れた女性。その方こそ降星大戦にて起きた“大消失”と共に行方不明となった青巫女パルアナ・ラウェルーンであり、ピウィ、お前の母親だ」
ポエルの発言は想定通りであったためルパールは驚きはしなかったが、しかし知りもしなかったこの衝撃をどう受け止めるか心配でピウィの顔を窺った。バロワは『こいつが』という単純な驚きでピウィの顔を繁々と眺めた。
しかし、ピウィはポエルの言葉を聞いているうちに、そうなるだろうな、という不思議な予感があった。
なので、二人が拍子抜けするほど無表情でいた。いや、ピウィ自身は無意識であったかもしれないが、二人はピウィの口元に微かな微笑みを感じ取った。
『そうかもしれない、そうなんだ。毎朝、寝起きに離れてゆく温かいもの』
ピウィは大橙の見張り小屋での朝を思い出していた。
「ふむ、その様子だと腑に落ちる点はあったようだな」
ポエルはピウィの表情から安心を覚えた。しかしここで表情を少し落とすと
「ピウィが巨人アルウィードと対峙したとき、マノンに二つの心を感じ取ったと言っていたな。そして身体の自由を奪われたと。それほどのお前との心的結合からすると巫女の力を備えた血の繋がりがある人物としか考えられない。そして、巨人の身体に浮き出た鎧、名をランシルというが、あれを突き破るほどのレイワールを竜槍に込められるのは巫女の力を持ってしても無理であろう。だとするともう一つの存在は青巫女パルアナ・ラウェルーンのタリム(魂の盟友)メイナ・ガースであろう」
バロワは突然思い出したように
「でもピウィのやつが言ってたのを聞いたでしょ、あの大騒動の話。ピウィの身体を乗っ取って、あの巨人のやつを女の子もろとも串刺しにさせようとしたじゃないか。そんなこと母親が子供にさせるなんて、まったくどうかしてるぜ。それこそルパール師がピウィのことを道具だ、と言ったそのままじゃないか」
ピウィが何かを思案しているのを感じ取り、ポエルが促す。
「何かあったのか、ピウィ」
「うん、あの時のことをもう一度正確に思い出してみたんだけど。僕の身体はワールに満ち溢れて真っ直ぐアルウィードの心臓目掛けて飛んだんだ。僕の飛ぶ線は、鎖で引き寄せられるパミラとは違う線だった。だから竜槍がパミラに当たるはずは無かったんだけど。突然パミラの速さと線の向きが変わったんだ。パミラの瞳は僕を見つめて青く輝いていたのははっきり見えたよ」
「そうか。ひとまず解決したことだから話ておこうと思うんだが、あの戦闘で青巫女を傷つけたというのでピウィを悪し様に言う者が現れてな。それが、特定の個人のためにこのような事をするのはそうそうあることではないんだが、青巫女パミラ様から正式な発表があった。『少年は自分を救い出そうとしたのであって、決して私を害する意図は無かった。巨人は私の身体ををもって少年の槍を防ごうとした結果、あのようなことになったのでありあの少年の行為を貶める事は許されない、というものであった」
そうか、パミラがそんな事を、とピウィは少女の顔を思い出す。でもそれは違う。あれは巨人が意図したことでは無かったはずだ、とすると何かパミラには思うところがあるのだろう。
ルパールはそこで思いついたようにポエルに顔を向け
「ピウィの身体を使っての巨人への一撃、あれは」
ポエルはそれを引き取って
「そうでしょう。あれは光の槍を縮小したもの。となれば…」
「あれほどのワールの煌めきを感じたことはありません。あれが収束ワールというものだとしたら、あの広場に面したホテルの屋根にいた人物は」
「そうでしょうね。かつての青巫女パルアナ・ラウェルーンその人でしょう」
竜人サーリマシューラの言葉に、レイサ・オービル正上佐はさも当たり前のように答えた。
それは当然だ。世界広しと言えど歴史書に描かれた通りのあの巨人は二人といまい。あの名高いアルウィードが現れたのだ、青巫女パルアナがこの世界に戻ってきてもそう驚くことではない。
現場のさまざまな証言を集め、あの場で何が起きたのか再現するのは今後の対応において重要なことだ。
どうやらパルアナは、小規模な『光の槍』を行使したようだ。