降星大戦ーポエルの話11
しばらくは紅巫女様の今の報告を消化する時間が持たれた。
質問の許可を求め手を挙げた者がいる。席順からして4番塔市長であろう。医療の最前線で起こっている惨状を身に沁みているのか捕虜の蛇人(手足があるのだからトカゲ人と言いたいが、幅広い顎とツヤツヤと輝く瞳が蛇の印象を強く与える)へ侮蔑と憎しみの一瞥を隠しもせず投げ与えると
「捕虜の供述に、“星を喰らう”とある、と聞きました。精霊院として、星を喰らう、をどのように解釈しておられますか」
このもっともな質問に対し、6番塔のポーポスが立った。初めに伯王様に、そして紅巫女様に会釈すると
「紅巫女様に代わり答弁することをお許しください。」
紅巫女様の眼に一瞬強い光が、とピウィは感じたが、間をおかず巫女は穏やかな黙礼をポーポスに送った。意を得た6番塔市長は、勢いづいて両の拳を卓に付くと声を張り上げ話し出した。
「6年前に起こった珠月レイマーへの隕石衝突、それによる降石事故。そしてこの地に対する永年の地質調査の結果、以前より伝承や神話として語られていた俗説に決着がついた。
時期については未確定であるが、およそ数万年前、珠月レイマーの欠片が確実に我らの星ハームスと衝突したことがあると。そしてそれにより開いてしまったハームス外殻の穴。数億年の時を経てここまで癒されてきはしたものの、まだ完全とはいいきれない状態にある。パロミラル湖はその窪みに生じた湖だ。
ナルナビスという星の核がこの地を目指しているのも、なるほどと頷ける。紅巫女様のお言葉にあったように、敵方の核をなすズムは、なにかしらの欠乏を起こしていると考えるのが妥当であろう。それが的を射んとする矢のごとくにこの地を目指している。皆、もうお分かりであろう。ズムはセピを欠かしては存在できぬ。彼等は我等が星の中核に存在する清明たるセピを狙っているは明確である。セピを失ったズムはどうなるか。我らが大地深く眠る魂魄、タマラは均衡を失い崩壊する。タマラを喪失した我らは今度どうなるか」
その答えを求めるかのようにポーポスは辺りを見回す視線から、伯王近くに立つ紅巫女へと見つめる向きを変えた。列席者のほとんどはそれにつられ同じ向きに視線を向ける。
ここで紅巫女はピクリと眉を跳ね上げる圧力を感じた。彼女はそのままの通りにした。
「その問い掛けをこの場で再び行ったとて、答えは変わりませんよ。ポーポス・イズミナク市長。タマラについて語ることは巫女に許されていません」
ピウィにはよくわからなかったが、このポーポスという人は紅巫女様にとって答えにくい事を無理にこの場で引き出そうとしたのはわかった。しかしそこには底意があったような印象はなく、6番塔市長はただ真っ直ぐな人なのだろうとピウィは感じた。
そうは言っても、満たされることのない科学的探究心からでた浅薄な問い詰めを、真っ向から拒絶されたポーポスは顔をひきつらせ、腹いせにどかっと音を立てて座った。その質問をしてどうする、とその場の者は皆同じ内心であった。
ナルナビスがタマラに襲いかかる時には、すでにパロミラル領は壊滅しているであろう。皆の意の向きの乱れを正すべく、パウドの声が千の柱の大広間に響いた。
「いずれにせよ、破滅をもたらさんとする船がこのパロミラル湖に降下するのは動かし難い。彼の者達が何を望もうと、我らは断固としてそれを阻止するのみ。
今回に関し、6番塔の果たした役割は大きかった。ポーポス殿、今後とも協力をお願いしたい」
パウド・ラウェルーンが頭を下げると、人族でも大きな体をしたポーポス・イズミナクは、手のひらを返したように瞳を輝かせ、慌てて拳を胸に当て一礼を返した。
「パウド、お前はいつもいい事言う。我らはお前に賛成だ」
それまで静かだったクウィーカ族代表がキンキンと甲高く響く陽気な声で賛同を表した。
すると、突然映像が乱れ、そして全てが暗闇に包まれた。
慌てた少年二人は、とっさにオーグの展開を止める。光影冠輪を外すと、ぼんやりとした畜光石の輝きの中、ポエルが再感機の調子を確かめているのが見えた。光影石は相変わらずゼンマイバネの力を受け、クルクルと調子良く回り続けているが、何かがおかしいらしい。
「うむ、やはりこの受感輪の位置が変わらないな」
ポエルの独り言に思わぬところから返事があった。暗闇に包まれた二人の背後から
「とりあえず、石が冷めてしまわないうちに」
と聴きなれない女性の声がする。振り返った少年たちの背後から
「そうだな、急冷は石の変性を招きかねない」
驚く様子もなくポエルが手袋をはめ謎の人物に返事を返すのをききながら、近づいてくる足音を二人は待ち受けた。
暗がりの中からぼんやりとその人物の輪郭が見えてくる。背の高さからすると人族の女性のようだがかなり小柄に見える。すっかり顔まで見分けられるところまで来ると、その女性は二人の反応を楽しむよう少年を交互に眺めた。ピウィ、バロワは互いの顔を見合わせる。『知ってるか?』と互いの顔が語っている。そして同時に頭を傾げた。もうそれで満足してしまったのか、その女性は二人の間に割って入ると対面からポエルを手伝い始めた。
「初代シーポンの作ですか。2番塔でも当時1、2を争う腕利きの職人だったと聞きました。良い物をお持ちです。また、よく手入れされています。ですが受感輪の1番脚と3番脚は高さが揃ってますから、問題は・・・。」
「そう2番の内側のネジ溝が浅くなっているのだろう。さすがルパール殿。良くご存知だ」
驚きのあまり出かかった大量の言葉が喉に引っかかってしまったのか、バロワが派手にゴホゴホと咳き込んでいる。ピウィは背中をドンドン叩いてやるが思いは同じであった。
ポエル父は今、ルパール、と言った。畜光石の薄い光の中にあってもキラキラと悪戯っぽく輝く瞳、肌艶、どこをとっても若い女性だ。ルパール師の要素は微塵も含まれていなかった。が、この女性が二人の反応を面白がっているのはわかった。
「随分と驚かせてしまったみたいね」
ふっと何かに気がついたピウィは、無遠慮にグングンと女性に近づきその顔をしげしげと眺めた。右に左に立ち位置を入れ替えると光の加減でその瞳のなかに潜んでいる好奇心の輝きが見えた。
「本当だ、やっぱりルパール師だ」
すると目の前の女性から、いつもの聞き慣れたしわがれ声が
「ほいほい、良くできた。」
とピウィの肩をポンポンと叩きながら聞き慣れた言葉が発せられた。これにはバロワも目を丸くして
「嘘だろ」
ポソリつぶやいた。
するといつ取り戻したのか、ルパールの鎖手である執行者がスルスルと立ち上がりバロワの耳をつまんだ。
「いててててっ!」
「どうじゃ、夢ではなかろう?」
「はい、ルパール師、もう大丈夫です。」
何が大丈夫なのかわからないが、取り敢えずこの窮地を逃れたい一心でバロワは出る言葉を口に任せ、言い放った。
「驚いたでしょ」
そう言うルパールの口は笑っていたが、その目には労りの色が浮かんでいるようにピウィには見えた。
「いえ、違った、驚きました。でも何か訳があってことでしょ」
「フフっ、なかなか察しがいいわね。でも、これで女性って怖い、なんて思わないでね」
怖れより尊敬に近い思いを感じたピウィはにっこりと笑ったが、バロワは小さく首を振っていた。ルパールはポエルに正面を向けると
「では、改めて。元1番塔図書殿副司書長、ピエナ・ルパール・カディシオンと申します。敵わぬとは十分悟っていましたが、先程のご無礼をご容赦ください。
元の役目から退いて随分と時間がたちましたが、先のようなあの状況では決められた行動を取ることを誓約していた習慣が無くならないようです。
なにせ降星大戦当時の光影石を見られる機会ですから、知識を求める学術の徒としては見逃す訳にもいかずこうしてまかり出でました。そこでまぁ結局ポエル様を信じることにしたんです。私の勘がそうしろと言ったから」
ポエルはこれに軽い笑顔で応えた。再感機から光影石を取り出し終え、それを幾重にも布で包んでから木箱へ納めた。
「さて、光影石はこれくらいにしておこうか」
ルパールの勘が再び働く。ここでいよいよ本題か。
ルパールはこの一連の話が始まった時からずっと感じていた違和感を再び意識した。元はと言えばこの違和感、ピウィがマノンを開きワールを使えるようになってから感じていた。
当然ポエルが喜んでくれるかと思っていたルパールだったが、喜びに輝くピウィの笑顔を横目にポエルはとても複雑な表情を見せていた。ルパールにやっと聴こえるくらいの囁き声で誰に向かって言うともなく
「避けえぬ運命か」
と言った。
そして今回だ。ピウィのワールに関して重要な相談がある、とポエルの遣いを名乗る男から連絡を受けた。バロワを伴い緑塔市郊外、岩舞台でお待ち頂きたい、と。
ポエル・ラウル。元黒翼城城主にして現竜騎士長、今となっては名ばかりの肩書きとなってしまったが・・いずれにしても人望と行動力、そして武人としての強さを兼ね備えた侮り難い人物だ。
そう、そして情報収集能力も。図書殿でも極一部にしか知られていない私の役を知り得ていた。それを知りながらこの極めて閉鎖性の高い地下洞へ誘い、降星大戦の話を続ける。
確かにオウ・イン老師からの教えを受け、ピウィの中にワールの力を湧き上がれらせた。ここに留まるのはそこまでの予定であった。まだまだ託された使命は山積している。とはいえ色々と心をくすぐられる材料が目の前に並べられてきた。
ピウィの血統には薄々感じるものがあったが、それがいったいどうつながるのか。ルパールにとって疑念より今は好奇心の方が優っていた。
光影石の片付けをひとまず終えると、ポエルは再感機の横に今度は小さなコンロを置いた。再感機の小さくなった炎を細い薪に移すとそれをコンロに焚べる。炎は徐々に揺らめきを強め、畜光石とはまた違った暖かい明るさが広がった。水を注いだケトルを乗せると、打晶琴を手に取った。再び美しい音が洞窟に響き渡る。
「こうして、降星大戦は始まった。翼あるガシャ、と彼らが呼ぶ蛇竜に跨る蛇竜騎士と黒竜騎士が空で、地上ではバテナード兵を相手に操甲体と地精族のダフルドが戦いを繰り広げた。そして当然それは水中でも同じであった。硬骨魚ダイフは両生類兵ゲーネーの騎乗魚。その硬い頭から延びる太い角を武器に、水竜騎士達に襲いかかっていた。猛毒の尾針は、すれ違いざまクィーカ族を狙い撃ちにした。眠たげな目を持つ獰猛な両生類兵ゲーネーは、こちらの世界に棲息するサンショウウオによく似た顔をしている狡猾な戦士だ。」
蛇竜と蛇人、地鮟鱇とバテナード兵、ダイフとゲーネー、これほどこの世界に適した、また戦いに適した種族がどうして敵方にこれほど集まっていたのか、ピウィには不思議でしょうがなかった。そんなピウィの考えをまるで聞こえていたかのようにポエルは続けた。
「それぞれが全く違う世界から集められてきたのだよ。ナルナビスはその信じられぬほどの長い旅程で有益な戦闘種族を集めてきたと推測される。さらに、戦いにおいて彼らは死を恐れていなかった」