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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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降星大戦ーポエルの話5

しかし、相手はまだ動く気配を見せない。話は続くようだ。今しばらく様子を見るか。


((まだ、動くときではない))


この女性も古強者である。幾多の修羅場を潜り抜けてきた本能が頭の芯で告げている。


ポエルは相手の警戒度が上がっているのを知りながら、気にもとめず言葉を続ける。


「この会合で、あなたが私に対する疑念を深めているのは承知している。それは先ほどより貴殿も感じ取られていたことでしょう。


1番塔市の誇る図書殿は再びかつての姿を取り戻りつつある。長年の努力を積み重ね、散逸していた蔵書は元の書棚へと帰り、知識の分配を始めていると聞き及んでいます。


その影には目的を一とする人々の計り知れぬ労力の積み重ねがあった。人々の名は散逸図書回収団。又の名を“レッカーノ”。団長は司書長が兼任するのがしきたり。しかしそれは表向きのこと。実際取りまとめているのは副団長、闇の副司書長。あなたですよ、ピエナ・ルパール・カディシオン殿」



ルパールと呼ばれていたその老女は腰をかけていた岩からゆっくりと立ち上がり横へ立ち位置を変えると右手を胸に当て、深々とお辞儀をする。


と、その拍子に張りのあるフードかパサリと頭を覆った。その時、ポエルの辺りで小さくカチッという音が響く。ピウィの耳には聞き覚えのあるウィーラの音だ。腰の折れ曲がった導師服の中、何かが激しく動く気配がすると、そのままクニャリと地に向かって潰れてゆく。


そして手品師のように見事ルパールは消え去っていた。しばらくすると岩の卓を取り囲むように声が響いた。


「やはり、あなたは恐ろしい方だ」


ルパールの声だ。共振膜を辺りにばら撒いたようだ。あらゆる方向から声がしている。が、一番大きな声を響かせているのは、平たく潰れた導師服からであった。無意識にバロワが服へ近づこうとすると、ポエルが


「触るな」


と声を荒げた。


「毒蜘蛛がいるはずだ」


バロワはギョッとすると、慌てて椅子へと戻った。


「ほっ、まさか。そこまでご存じとは。子供たち、安心しなさい。これは決められた行動でな、襲う気など毛頭ないわ。そこにおわす恐ろしい御仁が、そんなことを許すわけもなし」


言葉とは裏腹に、その声はどこかこの状況を楽しんでいるかのような気配を含んでいた。


「ポエル殿、あなたがどこの誰と、どう繋がっているのか、何を目的としているのか、我々ははかり兼ねているのですよ。私がいうものおかしな話と思われるでしょうが、あなたほどの謎はお目にかかった事はない」


ピウィが見たこともないような冷笑をポエルが浮かべると


「私の話を聞き終える頃、あなたの判断材料を増やして差し上げることができるでしょう。ここ緑塔市地下階は古よりアードラの領界。私が管理するところです。今この場に入る者は許していませんが、出る者は意のままにしてあります。どうぞ席にお戻りになりませんか」


ポエルの誘いに対して何の応えもなく、ただ静寂のみが際立った。ピウィとバロワは暗闇の中を見透かそうとじっとみつめていると、


「率直に、とおっしゃられるのならまずお聞かせ願いたい。ポエル様、どこまで私をご存知か」


再びどこからやってくるのかわからない声がした。これに応じてポエルは


「レッカーノの裏の顔について。返却要請に応じない者の運命について。赤グモについて。そして、あなたがピウィに近づいた理由と、あなたとオウ・インのつながりについて。そして、貴殿は今“我々”と言ったようですが、それは嘘だ、という事。貴殿は既に闇の副司書長という役職に無く、正しくは“元”という文字を付け加えなくてはならない。図書殿の後ろ盾を無くした貴殿は唯一オウ・インとの細い繋がりを持つに過ぎず、危うい立場にある。貴女は司書長の野望を知り過ぎてしまったのですよ」


この答えを聞きながらルパールはポエルの認識を更に改めた。底しれぬ力を秘めた相手である、と。相手に自分の正体を知られれば躊躇せず相手の命を奪い、速やかにその場を立ち去る。己の身分を秘しておくための鉄則である。


これまでに遅れを取ったことのないルパールであったが、今度は違った。仕損じたことのない捲り手“執行者”が躱された。


読書を愛する者ははぼ皆“捲り手”の使い手である。読書に欠かせぬ捲り手は、その小さな手でページを押さえ、次頁を捲る補助ワール具であり愛すべき相棒である。


ルパールは執行者と名付けたそれを暗殺具として複雑な機能を持たせ使いこなす事に精通した。


ポエルの話の雲行きが怪しくなるなり、そろりそろりと執行者をポエルの足元へ忍び込ませていた。執行者の薬指に仕込ませた巻き針にレイワールを通す。


爪を象った蓋が滑らかに開き、巻きを緩めながら高硬度の極細針がピンと伸び切る感覚をルパールは得た。繋がる鎖はきめ細かく、もはや金属の紐と化している。それが幾重にも戸愚呂を巻いて打ち上げる時を待つ。蚤より素早く跳ね上がる執行者を、この距離で逃れられる者など存在しないはすであった。


ポエルから正体を明かされ、ルパールはお辞儀をし、そして執行者に行動を命じた。がそのまま目的を遂げることなく宙に静止した。瞬転、ルパールは執行者の制御を失った。同時に執行者の鎖が己を捕縛する動きを見せた。ルパールは考えるより早く行動していた。


よほど予想外の事態に慣れているのか、激しく体を回転させるとローブの下から抜け出る。大きく飛び退るとそのまま闇に溶けた。

ひとしきり共振膜で己の所存を述べると、胸の内に囁いた。

(しばらく様子を見ようかい)


ポエルが親指と人差し指で輪を作ったまま右腕を差し上げると、その動きのままシャツの胸の隙間から這い出てきたウィーラが何かを摘んで出てきた。落としたそれを左手で受け取ると、ポエルは捲り手に眼を落とす。レイワールを失った巻針は緩く小さく巻かれ、指から生えた蝶の口のように見える。ポエルは器用にそれを収めると爪の蓋を閉めてやった。捲り手の長い鎖を輪にまとめ、ルパールのいた卓に置くと席に戻る。


「どうなされるかは、お任せ致しましょう。では、バロワ、ピウィ。この場に揃ったどういう者か、あらかたわかったところで、話の続きをしよう」


自分がなぜここにいるのかいまだに不明のまま、なぜかピウィは収まりのつかぬ気持ちを持たなかった。あの浮遊樹で出会った白髭の老人オウ・インとルパール師が繋がりがあったとはピウィも驚きであったが、もうその時点でこの事態が自分とは関わり合いがないとは考えられなかった。


「私はこう言った。降星大戦において重い役割を担うこととなった当事者から直接話を聞いたと。バロワ君は信じなかったがね。そこからだったね」


再び打晶琴がその音色で空間を包み込む。


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