降星大戦-ポエルの話3
バロワが右の腕輪にワールを通したようだ。木箱の蓋に埋め込まれた円盤がくるりと回ると蓋は跳ね上がり、同時に金属腕-ゴンガの腕、そしてその肘の役をする金属球が待っていましたとばかりに飛び出した。薄灯りの中、仄かに煌めく膜がバロワの腕輪から広がっていた。それが右手を覆い尽くすと、ゴンガの腕は生き生きと命を宿した動きを始めた。
右手の人差し指をピンと立てると、ゴンガの腕もバロワと同じ動きをする。
指を形成している積層板からスルリと一枚拔け出てきた物がある。金属板は、捻りを生じると八方へ突起を生じた鍵と変じた。
木箱は腕、肘を納めている大きな上段と、その三分の一くらいの高さの下段に分かれていた。バロワは下段に開いた鍵穴に鍵を導き差し込んだ。カチカチカチと内部構造が動く音がするとピチンという音がしばらく続いていた。上段、下段を繋ぎ留めていた木箱の側面に張り付いていた結合板が三枚跳ね上がり、木箱は二つに別れ、倒れ始めた上段を左手で支えゆっくり寝かせる。
円柱形の木箱にきっちりと収まった円形のこれは、本であろうか。表に薄れかかった金文字で何か書いていることから、いかにも本らしい感じが漂っている。
木箱の内側には突起が幾つも飛び出し本をしっかりと抱え込んでいるのだが、再び腕から一枚の板を左手で抜くと、下段のスリットに差し込むと突起は本を開放した。バロワはまず本の横に差してあった黒い布を岩卓に敷く。
取り出した本を頭上高く持ち上げ、バロワは小さな声で脳裡に刻み込まれた言葉を読む。
『地底の息吹よ、湧き立つ熱息よ、灼熱の神アーゴンの恵みを称え、我ら安らぎを祈らん』
厳粛な祈りの声が聞こえるとバロワは本をそっと布の上に置いた。
それは重厚に装丁された年代物の本であった。
表紙の中心には見慣れたパロミラル湖の線画、その周囲にはパロムージュ環道と思われる円が描かれていた。これは。ピウィはすぐにその本の不可解な点に気付いた。
以前、オグル家の居間で見せてもらった時には気づかなかった。向こうにある蓄光石の投げかける光を受けて厚みのある本はこちら側に影を作るはずなのに、何故か卓上にそのまま光を通していた。
ピウィはすぐに顔を下げて横から本を眺めた。透明だ。表表紙と裏表紙に挟まれたページの全てが透明なのだ。その透明な円柱に黒い線が複雑に絡み合い走っていた。
ピウィは不可思議な本に魅入られたように見つめていて気づかなかったが、顔こそ近づけてはいないがルパールも我を忘れたかのようにそれをみていた。常ならば穏やかな光をもつルパールの目は細く閉じられ、眼光の鋭さを隠そうとしていた。それと同時に口が小さく動いているのをポエルは見逃さなかった。
予想外のものが突然に現れたため(珍し本だの。ちょいと見せてもらってよいかな)と口に出掛かったのをグイッと飲み込んだルパールであった。
『慌てるな、まだ先は見えぬわ』
皆の好奇心を尻目にバロワが口を開く。
「地精族の氏族頭はすべてこの地下道大全をそれぞれ引き継いでるんだ。でもこれは特別製だ。ピウィもアリ族知ってるだろ。オレも親父殿から聞いたんだ。
このパロミラル領の地下にこれだけの地空が広がっているのはミルマイシナ族っていうアリ型の先住民族のお陰なんだって。
その種族から直接オレらのご先祖が受け継いだのがこの本なんだって。これはオグル家が八大主根氏族の筆頭である証にもなってるんだ。今はオレが代理頭として引き継いでる。」
バロワは引き締まった顔付きで呟くように言った。
「そっか、だからパロムージュ環道の警備に駆り出されたんだな。」
ピウィはそこでハッと何かに気がついた。
「駆り出されるなら親父さんだろ、なにかあったのか」
バロワは寂しげな色を浮かべ微笑みを返すと
「大丈夫、生きてるよ。心配するな。しばらくは帰ってこないけどな。まぁ今はその話は置いとけよ」
バロワは左腕を曲げ前に突き出す。ピウィも同じ動作をし、互いに交差させるように打ち付けた。二人の間で使われる暗号。(しっかりやれよ・じゃあ後でな・約束だぞ・心配するな)の内、今のは(心配するな)に相当するであろう。