降星大戦-ポエルの話2
ぽつりと脳裡に言葉が浮かぶ。
『やはり』
ルパールはこのポエルという男を、大きな畏怖に小さな猜疑心を散りばめた目で眺めていた。
長い間、黒翼城城主の位を空けどこにいたのか。乏しい情報を頼りに探ってみれば、同一人物と思しき者が各国に見受けられた。それも特殊な組織、軍の精鋭部隊、重要人物の側近、等々目を見張るような経歴を各地で重ねて来ている。
ルパールの人生に、興味をひいて止まない人物がまた一人増えてしまった。
ポエルを調べているうちに、彼が一時期不可思議な人物と生活をともにしていたことがわかっている。今のこの話がそれに繋がってゆくのか、裏でどのような糸と繋がっているのか。この先の展開に好奇心が掻き立てられる占い師であった。
ポエルの言葉にルパールは自然な驚きを見せた。ピウィとバロワは得心がいかぬ様子で互いに顔を見合わせている。
「でも、おじさん。降星大戦は947年前だ・・でしょ。岩亀とでも話が出来なきゃ、それは無理ってもんじゃありませんか」
ポエル父さんに向かってこんな口をきくのはバロワだけだ。可笑しくてニヤニヤしてしまう。しかし、ピウィは日頃の父親を知っているだけに、この突拍子のない話に疑いを持たなかった。
一体誰なんだろう。
皆の関心は一つに焦点を結ぶ。そのピウィの横顔に、内心はっと息を飲んだのはルパールであった。
(なんと、この顔。いやいや、そうじゃ、これはぬかったわ。どうやらすっかり見抜かれていたわ。うまく誘い込まれ網にかかってしもた)
バロワの無遠慮な物言いに笑顔を見せて
「時にこの世は想像もつかぬ出来事が起こるものだよバロワ君。ところでどうして君はピウィと友達でいてくれるのかな」
突然の方向転換にもかかわらず、空かさず
「どうしてって、理由があって友達なるやつって変でしょ?でもまぁ、ピウィと一緒にいるのは好きだな。
そうそう、ピウィはワールが使えない癖に、出来る出来ないを考えずなんでもやろうとするし、いろいろ面白いこと考えてるし、一緒にいて楽しいんだ、ですよね。
地精族じゃあ嫌われ者のオレの家にも全然平気で通ってくるし。うちのひねくれジ様にも気に入られてんだ。後は、そうだな、初めて会った時、何か初めて会った感じがしたなかった」
これはポエルを満足させたようだった。
「バロワ君、ありがとう。正に君の言葉にふさわしい。良い友を持ったな、ピウィ」
ピウィはにこりと笑うと人から見えぬようバロワの腰をとんっと叩いた。
「では、ピウィ今度はお前にきこう。ルパール師の部屋には膨大な蔵書があったろう。お前は小さい頃から降星大戦に興味が尽きなかったからね。ルパール師の下にいて知識欲もかなり満たされたはず。少し教えてもらおうか。大戦における第一の戦功者を知っているか」
これはきくまでもないこと、と思いつつもピウィは嬉しかった。
パルワ砦ー大戦中に急造されたアードラ族の砦の一つである。霧烈崖の際に掘り下げられて造成され、黒竜の滑走斜面も整えられた。今となっては存在の必要性も認められず、さびれた砦の一つとなっていた。
近年までは地下の地精族とも疎遠となったアードラ族数家族が、砦に駐屯しながら畑を耕し、森へ狩りにでかけ、生活の場となっているのみの、小さな村であった。
それが、ポエルが突然、砦の長となるとパルワはかつての機能を取り戻し始めた。
黒竜が飛び立つために使用していた滑空斜面を整備し、黒竜の代わりに翼竜鳥を集め流通の中継地点となった。同時に伝書竜協会の認可を受けた休息所兼伝書塔を建設した。
ポピート川は重量のある物資の中継に、地精族とも活発に交流をもち、商業的な関係から始め、今では共同体的な関係までに発展した。何処の誰とも分からぬ者たちが連日のようにポエルに面会を求めてくる。
その多忙な日々を送る父が、ピウィの行動を知っていてくれた事が妙に嬉しかった。
ピウィは問われて目を閉じた。ルパールの小屋。異界の門の北側、ポピート川へ注ぐ支流の滝がすぐ近くで流れ落ちる音はうるさいくらいだった。その音が心地よい眠りをもたらしてくれる、と小屋の主人はいう。うず高く積まれた書物の塔。占星術に使うのか天井よりぶら下がるいくつもの摩訶不思議な魔具たち。
机に向かって書き物をしているルパール師が悩ましげに頭を掻くと、窓際の魔具がゆるく回り、溜息をつけばドア上のきらめく星と三日月がクルクル回った。“降星大戦を闘った戦士たち”。最近のお気に入りを手にとり、ルパール師の手が空くまで書棚の下に座り込み読みふける。脳裏にはめくるめくドラマティックなシーンが繰り広げられた。
「それは黒竜騎士でも聖騎士といわれたパウド・ラウェルーンだよ。黒竜マーリスと一緒に黒竜騎士たちを率いて戦い、空の守護者と讃えられたんだから。蛇人ミメーメが率いた蛇竜騎士たちは、凶暴なマリーガやクーガを付き従えていましたがこれを諸共壊滅させた英雄です」
旧パロミラル伯王領では至る所にその影を認めることができる。塔市、公園などには彫像、レリーフ、今だに流通する貨幣、様々な書物の中にもその名を見ることができる。
「そうだな。それは誰も異議を持たぬところであろう。しかしながら、これも有名な事実であるが、彼を支え続けた人々を忘れすことはできない」
ポエルは視線をピウィへとむけると再び語り出した。
「青巫女 パルアナ・ラウェルーン」
ピウィは眼を大きく見開くと口もポッカリと開き、長い耳はピンと伸びた。その名を耳にした途端、ここ何年もの間ピウィの夢に現れてきた様々な映像が、この瞬間津波のように押し寄せ、再現された。
暗い部屋。頭上に点々と光が見える。そして部屋の中央には巨大な水晶球が台座の上で穏やかに光を放っている。その輝きはこちらの足元まで続いている。
ピチャン。素足が見える。たおやかなというのが正しいのか、そんな素足が進むと波紋が広がり、光が揺らめく。細い素足は歩みを進める。床の水面の底にも色とりどりの光点が明滅し、来訪者を歓迎しているようだ。水晶の前に跪くと両手を組み合わせると、目を閉じたのか光景が暗くなった。
真っ白な光の中に黒い縦の縞が立ち並んでいる。壮大な建造物、いやこの表面を覆う模様、建物を縁取る線は見覚えがある。そうだ、貝だ、貝の細かいラインに覆われた壮大な建物。
これは巻貝城。
強烈な日差しが微かな乳緑色を打ち消し白く輝かせている。外を見ると遠くパルミ山が見えた。その強い日差しが辺りをぐるりと取り囲む柱を黒く染めていた。その柱の向こうを横切って飛来するものがあった。揺れている。竜だ。黒い竜。黒紫色の鎧を纏った兵士を乗せている。
『黒竜騎士・・・黒竜騎士だ。あれが・・・』
以前ピウィは夢の中でそう叫んでいた。
この距離からでも疲弊した騎士のようすが見て取れる。黒竜騎士が戦いから戻ってきたのか。
飛行するずっと先を見れば、大きなネットを備えたレール上の台車。周りには滑走斜路の上に立つ数頭の竜の姿があり、まさに滑走車に乗り込むところだ。
再装備を終え出撃するのか。この柱に囲まれた場所はどうやら高い塔の上にある。すーっと画面はスライドし視線は部屋の中に戻った。塔の高層部分のはずであるが、部屋の中央にある池には静かにしかし勢いよく水が湧き出していた。湧水はそこを取り囲む環状のプールへと注ぎ込んでいる。
水面からするッと抜け出た艶やかな丸み。クィーカ族だ。部屋には他に人影がある。煌びやかな白い衣装の巫女を思しき人物。地精族、人族、そしてアードラ族。そして画面は光を失い、ポエルの声がだんだんと聞こえ始めた。
「・・・から分かる通り、二人は同じ姓を名乗ってはいるが、壮大な計画に欠かせない、戦略上の結婚であったようだ」
結婚が当人にもたらす利点といえば、年月が経つほどに念達の距離、明確度が上がるとされているが、戦略に関わるほどの結婚とはいったい何なのか。三人は同じ疑問を感じた。それに関してこれ以上説明を加える気はないようで、ポエルは続ける。
「三人目はガログ・オグル」
この名が登場することはわかっていたピウィは、さっとバロワを見る。うつむき加減のバロワの口が片方釣り上がった。
「パウド・ラウェルーンが頼みとする地精族の盟友。彼の強力な右腕となり、大戦の前半、地精族を率いて幾つもの戦功を立てた。後世に残る大きな戦いの場には必ず彼の姿があった。砲戦機ダフルドに搭乗すればガログに匹敵する者なし、と称えられた。この地精族の英傑の存在は大きい。バロワ君、君は間違いなくガログの血を色濃く継いでいるよ」
息を潜めてこれを聞いていたのか、バロワはふぅーとため息をつくと
「おじさん、残りの半分を忘れてるよ。地精族最悪の裏切り者っていう半面をさ」
自嘲めいたこのバロワの言葉に、ただポエルは微笑みを返し
「ふむ、確かに表面しか見ぬ者はそのように言う。しかし、私はそう思っていないし、君もそうではないことを知っている。そうじゃないかな?」
はっと顔をあげポエルを正面から見返したバロワ、はて、とさりげなく困惑の顔を見せたのはルパールであった。しかし、内心の緊張の高まりはどちらも変わりなかった。バロワはピウィを見る。ピウィは力強いうなずきをバロワへ返した。すると何を決意したのか、口元をしっかり結ぶと一言も口に出さずゴンガの腕が収納された木箱を岩の卓上に載せた。