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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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うねりの胎動ー6

『三城の緊密度にもよろうが、この件でアードラ族のこれ以上の介入がないことを祈るばかりだ。』


森官たちが去ったあと、いつもの夜が戻った。香りもなければ旨味も感じない機能一点張りのうすら黄色いペーストの軍用行動食。機構肢で掴んだスプーンで中身をすくいながら、細身の若者は呟いた。


結局それきりアードラ族とは関わることがなくなったわけなのだが、まさかその同じ夜に次なる出来事が待ち受けていようとは、グレイズはその時思ってもいなかった。


『そうなのか、やはりガウフ殿は高位の聖獣であったか』



自身の情報はほとんど相手に与える事なく、相手から引き出した情報のほうが多かった、という出来栄えにまんざらでもない手応えをしばらく感じていたグレイズ。が、思い返してみれば、そもそも森官ラポーナはこちらの情報を聞き出そうとする努力をしていなかったことに思い当たり、浮かれた自分を今度は苦々しく思っていた。答えなかったことで、返って多くのことを認めてしまっていたのではないか、とさえこの若者は思えてきてしまった。が、ガウフ殿について得た情報は大きかった。と同時に抱え込んでしまった疑問が生じた。


「なぜに先導してくださるのか」


自分の甘さに腹が立った。これまでの人生でしてもらえることがあまりにも多かった。タマラの森に入ったとき、何の疑念も持たずに案内役かと思い込んでいた自分を殴ってやりたい。たしかにガウフ殿の存在で助かっていることはあまりに多かった。が、このまま後について行くべきか、どこかでこの狼と決別し独自の道を切り開いて行くべきなのではいか。いや、そもそもこの状態から逃れられるものなのか。ガウフ殿と対峙したとして勝てる相手なのか。


次第に足取りが重くなるのをグレイズは覚えた。月明かりが木から洩れ前を行く狼をまだらに照らしている。艶々とした毛並みがそれを白く弾き返していた。その姿に禍々しさを受け取ってしまったのはこちらの気持ちのせいであったろうが、今その白光に青みがかかり始めたのは事実であった。狼を覆っていた剛毛がメタリックな質感を放ち始めていた。


グワルパ図書館蔵書『森の生活』の章『聖獣の戦闘形態』の記載は真であったようだ。


アストムの美しい白い機体は今、隠密行動の為に黒布で覆われている。その黒い左腕が緩やかに持ち上がり、そのまま後頭部へ向かう。大きな手が、頭頂部まで伸びている長い柄、その柄尻の正多面体を握ると、腰の鞘がパカリと開き、刃の向きを九十度変えた。暗い光の中に現れたのは、極めて柄の長い、極めて広刃な、そして微かに反りを打つ刀とも鉾ともつかぬものであった。


― カオンの天光― それはかつてそう呼ばれていた。操甲体の装備する軍用刀としては短めな刃渡りを有している。しかし、異様に長いその柄が、刃長の短さを補って余りあった。重い足取りを感じながら、月の女神アヤトをモチーフとした多面体の柄尻を拡張神経体のオーグが握りしめる。


「アヤトよ、争わせたもうな」


祈りの小さな結晶を、今は見えぬ織月へ届けとばかりに念を送ったが、それはそのまま虚空へと飲み込まれた。ガウフの闘争心の爆発をオーグが感じ取ると、すでにノエルタインは動いていた。


『初撃に全てを注げ』


心に声が谺する。ガウフを覆っているであろう防御のワールであるコルワールと己のレイワールとの激しい衝撃に備えていたグレイズは、ガウフの視線の先に自分の姿を認められなかったことに衝撃を受けた。ガウフは槍刀から放たれる斬撃には構わず、ノエルタインを踏み台とすると横薙ぎに飛来した巨大な球体に前脚の強烈な一撃を振り下ろした。


狼はそのままの勢いを駆って前方へ跳ぶ。宙にあって軌道を変え得ぬガウフ。その姿めがけ、短剣をぎっしりと並べたような歯並びの口が、球体の飛来した向きとは逆から襲いかかった。完璧なタイミング。音を響かせ閉じられた口は、しかし何物も咥えることはできなかった。どういうわけか、重力を上回る加速度で、一瞬にして地に降りたガウフは、勢いもそのままにヌメヌメと光を放つ襲撃相手へ衝突した。


 グレイズの放った渾身の一撃が通じなかった。手傷を負わせた手応えはありはしたがコルワールの衝撃が感じられなかった。ガウフは自身を覆う硬い毛並みのみでノエルタインの斬撃を凌いだのだった。しかし、そのショックより自分を助けようとした狼に誤って斬りつけてしまった事実の方がより大きく心を痛めつけた。ゆらめくオーグに従ってアストムが片膝をつく。


そこへ、殴りつけるような爆風が、ノエルタインに手をつかせた。ガウフの起こした突撃が大気の爆発的な拡張を呼び、大樹はたわみ、数万の葉は暴風に引きちぎられ空へ極短距離の瞬間移動を終えると、はらはらと地へ向かった。


 その重心に正確無比が強撃をうけた襲撃者は、長い身体をくの字に曲げたまま飛ぶと巨木に打ち当たり、その太さ、長さ、異様さをありありと現した。それは極太の胴回りからは想像もつかぬほど短い、尾先に球体を有した蛇?であった。異様さはそれだけではない、蛇は細く長い手足を持ち、これまた細く長い指の先をフルフルとしばらく震わせていたかと思うと、ドサリと地へ延びた。ねっとりと輝く蛇腹にはベットリと血糊が付着していた。ガウフの右眼は、眼球をまたぐように赤黒い刀傷が斜めに走っていた。


 ガウフの巻き起こした衝撃はグレイズを奮い立たせた。今この時落ち込むなど許される状況ではない。未知の相手がもたらした千載一遇の機会を逃すまい。 若者はそう思った時にはもう目の前に口を開けている暗闇に駆け出していた。心の中で小さく抗う声がする。が、今はそうするのがよい、とどこか曖昧な思考に従った。ガウフと決別する時がきたのだ。なにかずれていた己とオーグ、アストムが初めて動きを一つとした。マノンからワールがあふれ、オーグの隅々まで力が行き渡る。この暗闇の中、驚くべき俊敏さと反射神経を発揮して木々をすり抜け、ノエルタインは2つの生物の死闘から一直線に遠ざかった。


 動かない異形の蛇に、ガウフはとどめを刺そうとはせずいっこうに近づかない。気絶の擬態を見抜かれるほど間の抜けたものはない。指先の震えをピタリと止めると、極短の身体はみるみると伸び始め、同時に極太の胴回りはあっという間に痩せ細った。尾先の球体はゴツゴリゴツゴリと形を崩し、細く伸びた尾に小球の形を浮かび上がらせ収まった。


 ―久々の邂逅―  悦びに体内の震えが止まらない。体をうねらせ自身の腹を 顔に近づける。ガウフから片目を離さないまま、ゆっくりと口から先の割れた舌を伸ばす。

べろり。

ひと舐めしてはガウフへ睨む両眼を向ける。

べろり。


―東のアハゲヤー タマラの森でその名を知らぬ者のない、タマラの森東区域における食物連鎖の頂点の一角を占める縄文ナーグ蛇であった。 

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