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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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うねりの胎動ー4

狼と行動を共にするグレイズの奇妙な旅がそこから始まった。グレイズがタマラの森に入ったのはグワルパ側国境、森の東だ。目指す黄爪城はパロミラル湖の北西にある。


 机上で論ずれば、パロムージュ環道内側“内タマラ”を抜け、パロミラル湖畔を左回りするルートが最も効率が良い、とは誰もが知っている。が、内タマラに入るなど、考えることさえ愚かなことだ。


 タマラの森は“獣王”の棲まう森。そして特に内タマラには霊格の高い聖獣、霊獣、魔獣、怪鳥、枚挙にいとまがないほど出会いたくない相手がいる。これらのタマラの獣と出会った者たちの経験は、長い歴史の中で文献や言い伝えに残っている。どれにしても共通しているのは、オーグがまともに展開できない、ワールが行き渡らない、気従器が働かない、といったことだ。ノエルタインといえど、オーグが働かない相手とは闘えない。


 出会いたくない存在はまだいる。出現パターンの読めぬ精霊。肉体を持たず、そして聖獣たちと同じく出会えばオーグに収束がつかないほどの混乱をもたらす。内タマラの領域は、何人も侵すことのできぬ聖域である。


 ではパロムージュ環道はどうかというと、各塔市がそれぞれの領道を所有している。通れば何処かで誰何される。また、環道で夜を過ごせば、今度は野盗を恐れなくてはならない。戦闘力に優れたノエルタインといえども、手間暇かけて仕掛けられた罠や駆け引きに取り込まれたら、そう易々と切り抜けることはできまい。


 やはり外タマラの中を進むしかない。それも人目のつかぬ夜を。そうしなければ一際大柄なノエルタインなどすぐに人目についてしまう。


遠く1番塔市がシルエットと化している。昼間の間、集光器に蓄熱石を設置し充分に熱を蓄めた。圧力器に掛けて溜めた熱を吐き出させ湯を沸かし、乾燥食を入れる。月明かりに照らされ浮かぶノエルタインを眺める。アストム、この機体にもかなり慣れた。ノエルタイン・・・メルタイン、エメルタインより二回り程大きな装甲体。


装甲体の両腕、両脚には通常、気従士の両腕、両脚が入りオーグとオムル網が一体となることで装甲体は動くことができる。気従士の身体をオーグが覆い、その動きを装甲体が具現化するわけだ。しかし、世間一般の人々が考えていることは違い、すべての動きを決定しているのはオーグだ。装鎧している間は自身の身体でさえオーグの動きに従っている。とはいえ、オーグが支障なく動けるのは、生体の神経系が健全であることが必要だ。オーグの動きは思考に従うため、オーグが速すぎる動きを取り続ければ、気従士の生身の身体には相応の負担がかかってしまう。戦闘中ともなれば特に腕は速い動きを要求されがちだ。そうなると気従士の腕は短時間の内に毛細血管はズタズタにされ、神経系が侵される。ワールは通らなくなり、オーグは活動を止める。


エメルタインは操作性に優れ可動域も広いためたやすく速い動きを取ることができてしまう。エメルテは動きの制御に腐心しなければならない。この弱点を超えたところにノエルタインはいる。どんなに速い動きを求められても、ノエルタインはその要求に答えらえるようにできている。なぜなら機体の腕にはノエルテ(装鎧者)の腕は入っていないからだ。




だからこそ、ノエルテは稀な存在なのだった。グワルパを七国合わせても十指に余る程度か。オーグの動きを肉体の動きと独立させる。そのために己の腕、足を使わずに生活を続ける。ノエルテとなるためにそのような事を進んで行うものは、そう多くは存在しない。グレイズは己の機構肢を眺める。生身の四肢は生きていること、そこにあることを伝えて来はするが、鋭敏な感覚は機構肢へとシフトしてしまっている。ここまでなるのにどれほどの心労、苦痛、労力を費やしてきたことか。


フッと顔を上げると狼ガウフがこちらを見守るように見ている。本当に心を見透かしているのだろうか。こちらを理解してくれているつもりなのか、と思うと微笑みが浮かぶ。こんな愚かしい事をやっている自分をこの方は助けてくれる。


ふふふっと声が漏れる。狼をこの方と呼ぶまでになった。いよいよおかしくなったのか。今度は狼ガウフとのこれまでの道程をグレイズは思い返す。蓄熱石で手を暖める。美味くはないが、温かい食事で内省的になったようだ。



旅の始めからよく小便をする狼だった。後々になってグレイズは思いついたのだが、この行動のお陰でたぶん様々なことから彼は守られていた。


この大胆で愚かな計画を立案し始めた当初から、プマーノ山までの行程、行動時間、装備品、そして森の中で対処すべき事態は調べ上げた。基本、行動は夜だ。が、底知れぬタマラの森の夜、昼と変わらず激烈な生存競争は続いている。ノエルタインを装鎧中であれば、森の者といえどもそうそう襲いかかってくる者はあるまい。が、それでも出会いたくない者は、図書館の本で見つけることができた。


芳香漂わせるブルガーの木。脳を痺れさせるほどの甘味な紫の実は、太く成熟した幹に直接成る。その香りにうっかり誘われこれに近寄る者は、ブルガーの擬態したブルガーノの餌食となる。実に仕込まれた鉤針は食したものを逃さず、縦に大きく裂ける幹は、内なる粘膜をさらけ出しそこへ取り込まれれば、消化液に浸されてしまう。柔軟にして強靭な分厚い筋肉の壁に締め付けられれば、ノエルタインの剛腕をもってしても逃れることは難しい。手間取っている間に呼吸口より消化液が侵入して溶かされてしまうであろう。


グレイズとしては考えたくもない死に様だ。再び本に目を向ける。原形をとどめぬほどに溶けてしまったこれはメルタインであろうか、挿絵が載っていた。まだまだ遭遇しそうな危険な相手はいる。当然のこととして、精獣(獣王と上位の獣者)と精霊は避けるべきだ。。。



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