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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-22

「おい!」


ピウィが眼覚める前はいつもそうだ。深い眠りの最深部から急速に浮かび上がろうとするから、目が覚めていても意識はしばらくぼんやりする。力がうまく伝わらず身体が動かない。


「おい!」


だれかが声をかけている、という認識がうっすらと生まれた。


「んんっ・・・・・・っぐっ」


「おい、ピウィ・・おきろ、起きろよ」


このダミ声はどこかで・・バロワか? バロワだ。 なんでお前が・・・・・


そのままでいると、意識が明確になってきた。


そうだ。


はっとなってうつ伏せになる。思い出した。ぼくはどうなった。ここは。


ガバっとピウィは起き上がり、バロワの両肩を掴んだ。


「バロワ、ボクはいったい・・・」


途端に世界は輪郭を失い、視界が暗くなる。横倒しになりかかるピウィを抱き抱えると、バロワはそっと寝かせた。


「このホシヨダケのアードラ族。やっと目覚めたか」


視界が少し戻ってきた。薄暗くてまわりがぼんやりする。声のするほうへ顔を向けると、あけっぴろげな笑顔が、ピウィの真横にあった。しかし、いつものように見えない。何か違う。フッとバロワは遠ざかったと思ったら、再び現れ、遠間から何かをピュンッと投げて寄越した。投げた瞬間は一つに見えていたが、空中で二つに分かれた。しかし受け取ったピウィの右手は1つが収まっていた。


「喰えよ。お前のためにとっておいてやったぞ」


それは柑桃だった。随分と小ぶりな果実。しとやかな皮を剥くと、六つに別れた桃の房が収まっているあの柑桃。これまで一度しか味わったことがない。


「早く喰えよ、それな、特別だぞ。すんごい甘いぞ」


果物好きなバロワが、それだけ特別なものをとっておいてくれたのが嬉しかった。皮を剥こうとするのだが、うまくできない。厚い手袋に手が収まっているような、身体をうまく制御できない。


周りに視線を向け、自分の置かれた状況を確認する。視界がよりはっきりしてきた。先ほどからなんとなく意識にはあったのだろうが、今ははっきりした。点々と灯りを漏らす蓄光石は、はるかに高い天井にあり、それが彼方まで続いている。地下なのだろうか、床は石畳、天井は随分丈夫そうな岩盤だった。太い柱が綺麗にならぶ光景は、さながら地下の宮殿にも思える。通路と思われる部分とは人族の太ももほどありそうな太い金属の柱で区切られている。それがズラリと並んでいる。アードラ族も地精族も通り抜けられないほどの柱の間隔の狭さ。ここは牢獄なのか。なぜバロワも僕もここに入れられているのか。


異様な牢獄だった。この広い空間の片隅に、東屋のように建てられた壁のない小屋。その屋根の下、簡素だが綺麗なベッドにピウィは寝ていた。


何かを感じ、すっとピウィは起き上がった。空間の向こうから、強い意思がピウィの心に訴えかけてきた。


『苦痛、歓喜、興奮』


言葉に現すことのできない感情が、ピウィの心を占めた。ひどく新鮮で、無性に懐かしい。


その源を確かめようと、無意識に起き上がり立ちあがろうとした。ところが未だ脚に力を込めることのできないピウィは、その場でくるりと反転し再びベッドに伏せてしまった。どうも調子がおかしい。身体の動かし方を知らぬ赤ん坊とはこんな感じだろうか、と思ったりした。


起き直りながら目にしたのは、小屋の横に見える立ちはだかる不思議な壁であった。天然石であろう一枚岩だ。これまでピウィが見たこともない種類の岩だ。どこかで光を放っている蓄光石が唯一の光源のようだが、それがかなり弱々しくすべてがはっきりと見えない。その中にあって、この岩が金属光沢を放っているのがピウィにははっきりとわかった。視線を下へ向けて行くと、この岩壁下端の中央部と石床との境がぽっかりと光を飲み込んでいた。穴だ。真の闇が口を開いていた。しばらく眺めていると、白い靄のような塊がその穴から漂い出て、ピウィの身体を吹き抜けようとする。手のひらをかざして待ち受けると、再びピウィは風を感じた。これは風ではない。それに身体が感じる風とはまた違った感覚が反応している。ピウィはここで気がついた。自分の手が極薄の膜に包まれているのを。蓄光石の光とは違うキラメキを伴う膜だ。いつの間に着替えさせてもらったのか、自分が身につけていたのとは違うシャツを着ていた。袖をまくってみると、腕も光の膜に包まれている。


「バロワ、ぼく変じゃないか」


「お前は前から変だよ」


隠していた柑桃を口へ放り投げながらバロワがいつもの調子で口を開いた。


「まぁオレに言われたくないだろうがな」


口の中のものを飲み込むと


「いつもと違うというなら、うん、まず、声がいつもと変わってるな。喉の調子でも悪いのか?あとな、まぁ気付いたと思うが、心なしかお前の身体がなんらかのワールに包まれているのを感じるな。うん。間違いない」


感覚がおかしいのはそのせいなのか、と内心で推察すると、じゃあこの光の膜はバロワには見えないんだ、とピウィは考えた。


「バロワ、ここはいったいどこなんだ」


「その質問を待ってたんだがな、やっと出てきたか。いいかよく聞け」


とは言われたが、耳には自信のあるピウィがこの時ばかりは聞き取れる自信がなかった。聴きたい音の輪郭を明瞭に把握できず、こもって歪んだバロワの声がピウィの耳に届くばかりだった。


「ここはなぁ、この時期の話題の中心地、あの緑塔市なんだよ。今頃この辺りの空は、サクラアゲハの大乱舞だろうよ。塔の上の方じゃあ、あちこちから集まった紳士やら淑女ってのがパーティでもやってるんだろう。オレはそこのご馳走しか関心がないけどな」


緑塔市!ロンドローからここまで


「どうやって」


言葉尻がピウィの口から漏れてしまっていた。


「空だよ。お前は空を飛んできた。しばらく会わないうちにお前も随分変わったな」


あれだ!巨人と戦ったとき、心と身体がもみくちゃにされたワールの乱流。すると、心に押し込められていた罪悪感の蓋が開いた。


「あっ・・パミラ!」


「なんだ、今度は女の名前か。いよいよ変わったな、ピウィ。好い気なもんだ」


「バロワ、お前・・」


ピウィの言葉を手で制し、バロワは


「言っておくがオレは何も知らないぞ。まったく、お前を助けたせいでこんなところに足止めされて、とんだことになっちまった」


「バロワ、ぼくを助けてくれたのか。ありがとう。なんだか困ったことになったようで、わるかったな」


「あーーまったく。お前って奴は。いいからその手の中のものを喰っちまえよ。そんで元気つけろ。喰わねぇんだったら、オレが食べてやってもいいぞ」


薄い柑桃の皮を鈍い感覚の手で苦労しながら剥く。粒の綺麗に揃ったその実から一つ摘んで口に入れる。


ほーっ!


口に入った粒はさわやかな香りを鼻へ、濃い甘みを舌から喉へと届けた。身体が軽くなるのをピウィは感じた。


コトリ!


意識の糸は切れ、ピウィは眠った。


「ゆっくり休め、ピウィ。今の内だ」


どこからともなく入ってきたサクラアゲハが一羽、ピウィの頬にとまった。

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