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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-21

ポエル・ラウルの名を耳にした途端、同席の二人はサッと顔色を変えた。もっともそれぞれ理由は違っていたのだが。二人の間に素早く視線が交わされ、レイサが口火を切った。


「あのポエルですか」


「ポエル・ラウル公だ。狭いとはいえパルワ領の領主だぞ」


「存じております。が、やつのせいで父上は王より叱責を受け、中将へと降格なすったのです。お忘れではありますまい」


「その確証は。ポエル公が原因であったという確証があるまい」


「全ての状況が、それ以外の可能性を否定しているのです。ないのは物的な証拠だけです」


「だからこそ、罪には問えまい」


レイサは胸の息を抜いて、前がかりとなっていた姿勢を正す。それを見るオービルの目には暖かい温もりが宿っていた。それには気づかぬ素ぶりでミナルは


「ポアナ殿は閣下に何を」


「うむ、昨夜部屋に使者が現れてな、白の賢者よ。森のものがこれほど文明社会に介入してくるのは珍しかろう。お前は聞いたことがあったか、相変わらずの美声でな。その少年、ピウィといったか、核の存在の一つとなった。が、ある人物にとっては不確定要素となったようでな。レイサが、まぁわしもそうなのだが、懸念する人物がその子の命を狙うであろうと言ってな。その子を守ることはわしらの利となる、とまあこう伝えられたのよ。多方面からの事情が絡まって、その子は今拘束されている場所からわしらの用意する安全な場所に動かせない。拘束の指示の出元は黒翼城の大巫女あたりであろう」


思案顔のミナルが口を開いた。


「情報局局長ノーラ・アルトロ」


「あらかじめ伝えられていた今回の流れは、ほぼ正解だった。このことによって最終の課題となっておったやつの情報解析の力は立証された。少将への道が開かれたと考えたほうがよさそうね。ザムデン・ロカイヨ中将の勢力が増し、新たな均衡を作り出す。舞台へ上がる役者が揃ってきたわね。黒翼城マプ・ゴパル、黄爪城パナスタ・レヴィア。そしてカロヌーク公国のバングナード大公」


カロヌークの名を聞いてガトを思い出したミナルはフッと顔を上げた。


「話は変わりますが、大王蜂が突然消え失せた事に関して、何か知っておられますか」


「災害ともいえる脅威を退けた原因だ、知っておいて損はあるまい。わしもちと気になったし、知りたがりの娘にも良い手土産なると考えてな、森からの使者に聞いてみたのよ」


「それは個人的にも気になります。狂乱化した大王蜂。あの時私たちとしては自分たちのいるホテルのフロアーを守ることを最優先に考え、住民の安全など考慮できずにいましたからね。それを鎮静化してしまった何か。何なのです」


「うむ、わしの問いかけに白の賢者はこう答えた。『森の王のお妃は思いのほかに難産でおられました。森の者は古亀の精霊をお招きいたしました』とな。何といったか・・・そうそうヤックヨックの精霊だ。年老いた亀の背に乗る精霊だったか」


ミナルが膝を打つ。


「それならば得心いたしました。大王蜂は何を差し置いても駆けつけ、精霊の行くところ、その先払いと警護を務めなければならない。決して破ることの出来ない太古よりの契約、と聞いています。何と言っても女王蜂の産卵の際には欠かせぬ大切なお方ですから」


眉をひそめてレイサがこう後を続ける。


「それは果たして偶然の産物でしょうか。読んでいたのはアルウィードや情報局だけではありますまい」


空のスプリンター、跳びシイラの香油漬けを平らげ口を拭いつつオービルが口を開いた。


「神のみぞ知る、だ。お前たち、わしの代わりに大転移式典に参加するのだぞ。よく目と耳を開いてな」






眼下にきらめく海がある。双水眼は、左右の眼袋に貯えた水が光を屈折させ、像を結び、明瞭な視界を認識できる大きな浮きホテイ草の一種である。根の一部が延び、まるで手を引くように水先案内しているのは、高さ100ロピテ(約105m)を超える雄大なる三頭蓮である。


 毎年この時期に始まる、三頭蓮の大群の霧裂崖超えだ。10組ほどの双水眼と三頭蓮のカップルが先陣を切って霧裂崖を越えようとしている。今、先頭の1組が上昇を開始した。


その一群の向かう先、霧裂崖の上に高さより幅が広い円柱の構造物が立っている。上面の南側が大きく瓦解した円柱だ。崩れたのは随分と古い時代であったのか、その後は修復されることもなかったようで、そのままであれば緑の草原と化していたであろう。しかし、誰が考え付いたか、今は塔上部の北側の高台に平屋建ての見事な屋敷風の宿泊棟が軒を連ね、南になだらかに下り広がる庭園には転々と配された東屋、清らかな水を湛える池では魚が跳ね、田園の風景が再現されていた。


緑塔市。精巧に切り出された巨岩から小石までが複雑に絡み合う塔である。20を超えるフロアを積み重ねたこの円筒形の建造物は、直径の方が高さより長く、これを塔を呼ぶべきか疑問が残るところだが、古くから塔と呼ばれる。


崩壊を免れている北側の上面には、まさにこれから飛鯨船が着港しようとしているのが見える。これから飛鯨船港としての活動がピークを迎えようとしている。予報通り、今夜から始まるとされるサクラアゲハの渡りを見ようと、パロミラル領だけでなく、近隣各国からの観光客が大挙して押し寄せている。飛鯨船から下船した乗客は、高くそびえる塀で南斜面の名高き空中庭園を見ることは叶わない。がしかし、お目当はその下のサクラホールだ。豪華絢爛たるホールは今や遅しと来場者を待ち構える贅沢な料理で満たされている。


それ以上にその場を満たしているのが、きらびやかに着飾ったさまざまな種族の紳士、名士、淑女、貴族、軍人であった。そしていまや最大の関心事は、これから繰り広げられるであろう生命の大スペクタクルであった。




「見えますか?飛び始めましたよ」


高く澄んだ声がハルハの耳に心地よい。


「ええ、見えます。とても美しい。夢のようです」


力無いが、はっきりした声が答えた。陽の光に夕暮れの色が混ざり始めているが、まだ空ははっきりと青い。その空にヒラヒラとサクラ色の蝶が舞い上がる。1つ、2つ。サクラアゲハの大群が大橙の大木を薄くピンクに染めている。そのすべてが旅立ちに備え、羽をフルフルと細かく震わせる。ガラス越しにもザワザワという音が聞こえ、なにか大きな始まりの予感が高まる。


「パミラ様、こんなつまらない話はお耳汚しと思いますが、聞いていただきたく思います」


ハルハはためらいを少し見せたが、話し始めた。


「村が襲撃された夜、私が処罰を受けていたことはお話しいたしました。その原因は・・私があの巨人暗殺に失敗したからなのです。村があの巨人に襲われたのはそれが、私が招いた結果なのだと思っていました。出口のない、長く暗いトンネルでした。でも私はそれで満足でした。自分が苦しむこと、それがいつしか家族への、村への償いだと思うようになっていたのです」


ハルハは窓へ向けていた視線をパミラの瞳へと変えた。


「今、私は光の中にいます。あなたが手を引いて抜け出させてくれました。人はこんな気持ちになれるのですね」


それにパミラは真顔で答えた。


「引いたのは手ではなく足でしたけどね。それに私一人ではありませんでしたよ」


ハルハはクスリと笑うと


「パミラ様、私は真面目に言っているのですよ」


二人は何の陰りもなく高らかに笑った。が、しばらくするとハルハは次第に失速していった。


「村への襲撃を招いたのは私ではなかった。でも、私のしてきたことは意味のないどころか、敵に利することを必死にやってきていたのですね。あなたはあの時それに気づいてくれました」


それは自分が意図しての事ではなかった、とはパミラは言わなかった。ハルハに今必要なのは、生きる事の意味、生への執着である。


「私はあなたとこうして笑いたかった。今、それができてとても幸せです」


手を取り合い微笑む二人の背後が桃色に染まった。


「パミラ様、始まりました」


「ええ」


見上げれば、窓の上に堂々たる三頭蓮がその威容を現していた。サクラアゲハの乱舞は渦を巻き、天へ登って行く。山を越え、海を越え、豊かな地へ渡る船、三頭蓮。その船に美しい桃色の乗船客が次々と乗り込んで行く。いつしかパミラの右手は左肩にしがみつく小さなチョッキリ兵のフサフサした毛並みを撫でていた。その手を止めると、襟からネックレスを引き出し、ペンダントヘッドの金属片を見つめる。水晶座の下から見つかった、深い紫色をした菱形。それをぐっと握りしめ、音にならない声で


『ピウィ』


とつぶやいた。パミラの見る先は蝶達が描く生命輝く舞台を通り越し、その向こう側にあるどこか遠くのようであった。


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