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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-19


西にカロヌーク公国、更にその西にはカロヌーク王国、東にグワルパ七国を隣国とし、パロミラル湖、そしてタマラの森を中央に抱えたこの地。旧パロミラル伯王(統合の象徴としての選出王)領と呼ばれている。


南方の大陸との間には広大なアルサ海。伯王領は美しい海に臨んでいながらも、そこに行くことはできない。大断層“霧裂崖”が横たわっているからだ。パロミラル湖から地下へと向かって流れ出す“パロム河”は霧裂崖の下から海へと注ぎ込む冥界の大河と呼ばれる。地表を流れる川はこの崖で滝となるが、落ちる水は地面に辿り着くことはない。あまりの高度差ゆえ、その途中で霧と化してしまうからだ。


この霧裂崖沿いは大橙おおだいだいの群生地として近隣に知られている。特にパロムージュ環道最南端、緑塔市近辺はよほどに条件が良いでのであろうか、大橙の巨木が連なっていた。今しもこの大橙の太い太い棘の陰で、さなぎの形をした生命たちが変化の兆しを見せていた。


ロンドロー市と緑塔市をつなぐパロムージュ環道に沿って穏やかな平原が続く。ポピート川はその平原の中程を静かに流れ、遠く大橙の森が下流の先に霞んでいる。その森の上、緑塔市の空港へ着地しようと一つの飛鯨船が高度を落としつつあった。これをじっと見つめながら川べりを静々と滑るように進む一機のダフルドがある。天蓋を開け頭がヒョコッと現れる。黒地の丈夫な布に銀色の鋲が打ってある服装は地精族独特のものだが、典型的なのっぺりした兜を被っていない。


この地精族の前を、ヒョロヒョロと風に靡くような足取りでありながら、素早く進む生物がいる。こじんまりとした濃緑色の小さな胴体と不釣り合いなほどに長く細い脚が10本。タマラの森に生息する 脚長グモだ。その小さな胴体にまたがる、小さな人影。アードラ族のようだ。釣竿にしては短い棒を振り振り、歌を口ずさみながらダフルドから顔をのぞかせる少年を従者のように引き連れている。


「おばさん、オレをどこまで連れて行く」


「ルパール」


「なぬっ」


「おばさんではない、導師ルパール、ルパール師と呼ぶがいい、小僧殿」


「なんだと、ばあさん、小僧じゃない、バロワだ。バロワ・オグル」


ルパールと名乗った女性の右手にあった竿がヒュンッ、と振られた。先端の小片はそれを払おうとするバロワの右手を鮮やかに避け、クイッ回り込むと少年の右耳の縁に噛み付いた。いや、掴んだ。金属製の小さな右手がバロワの耳を握りしめていた。


「いーたたたたたたっ、痛い痛い痛い」


「ばあさんでもない」


振り返りもしない女性の落ち着いた声が少年に届いた。


「はい、はい、ルパール師です。いたい」


「地精族の英傑、ガログ ・オグルの末裔ともあろうお前さんだ。相手を観て、言葉遣いには気をつけるがいい」


少年の耳を握りしめていた小さな手は、一瞬で巻き取られた糸とともに老人の元に戻った。


「ちぇっ、狂った、って言われてるのに賢者だけのことはあるんだな。ルパール師はつまらないことを知ってる」


バロワは耳をさすりながら


「正しくは英傑になりそこないの末裔。お陰で損ばかりしている。そのガログとかいう名は出さないでくれ」


「ほうっ、そうかい」


大戦の英雄、パウド・ラウェルーンの腹心とも呼ばれたガログ・オグル。このバロワという少年が先祖ガログの足跡を綿密に探っているのを、パルワ砦の中でも知っている者は少ないであろう。


「ルパール師は砦の奴らには一言入れてもらえたのでしょうか」


「ほほ、急に改まったね」


「いや、もしかして師は砦の中で力があったりするのかもとか。早々に警備そっちのけで来ちまったもんだから、言い訳ぐらいしておいて欲しかったなぁ」


「勘違いも甚だしいの。お前さんの立場はよう知っとるよ。心配無用じゃ


連れて行く先は、ほい、すぐそこよ」


深い草原を透かして、埋もれそうになっている岩の舞台があった。その上に人族の男女が1組みえる。緑塔市の役人であろう、低い筒状の帽子を後頭部へずらし被っている。手にした書類が風に煽られひらめいていた。岩舞台に到着したルパール師は、杖先に戻った小さな手で脚長グモの横腹をペンペンと叩く。クモは縮こまるように小さくなると、ルパールと名乗った女性はストンとその背から滑り降りた。人族の2人が片膝をつきうやうやしく師に頭を下げる。(おや)バロワは違和感を持った。背の低い人種を見下す傾向のある人族がこんなことをするのは異例だ。(背の高低で接し方を変える意味がわからないが)


ルパールは一定の尊厳を勝ち得ていることをバロワは確信した。浅黒い肌の面長の男が師に何事か耳打ちしている。ルパール師の顔色が変わった。急いで岩に手を当てる。岩に刻まれた幾重もの円の中心に手の平を当てたまましばらくする。とルパールの顔が険しくなった。


「バロワ、役に立ってもらいますよ。このままではお前の友、ピウィが危うい」


「ピウィ、なんでピウィがここで」


「今、説明している暇がないからね。ここに立って。ここ、ん、よしよし。次は、お前の、正に腕の見せ所だよ。伝来の腕を出しなさい」


「な、なんの事を言って・」


「時がないと言ったでしょ、ゴンガの腕のことだよ」


「ルパール師はそれを誰から聞いて・・・」


「いいから、さっさと動きな」


ダフルドの手脚を展開させて固定すると、バロワは頭を一度ひっこめて荷物を左手につかむと天辺から滑り降りる。


怪訝そうな顔をしながらも、バロワは手にした円筒の木箱を降ろした。箱の蓋の中央には円形の金属板がはまっている。バロワの右手にある幅広く厚い腕輪を金属板に近付けると、少年の目はワールを使う者の光を宿した。円盤はクルリと回るとパカリと開いた。


ビュッ、という音とともに木箱の中から飛び出した物が2つ。それはバロワの前方でぴたピタリと宙に停止した。それを機にバロワの右手はダラリと力なく体側にぶら下がった。金属の球体が少年の肩の装甲と同じ高さに、その球体に連なるように断面をこちらに向けた太い金属の腕が、微動だにせず2ロピテ先に浮く。


「まぁまぁ、いーじゃない。もうすぐ空からピウィが落ちてくるからね。バロワ、お前は腕を展開してできる限り上空でピウィを受け止めて。が、あの子は今、ものすごい霊気をまとってしまってるからね、そうなると莫大な質量を相手にすることになる。バロワ、お前は全力を出さなきゃダメよ。受け止め始めはやんわりとね」


バロワは意味がわからなかった。ピウィは森へ狩りに行っているはず。が、考えるのは後にしようと思った。


バロワは岩盤にオーグによる足場“テンセリ”を広げた。自分の足の平がグッと広く岩を掴むのが感じられる。すると足裏から立ち昇る、ワールとは違う何か霊的な、全身の細胞が温かい流れを受け取っていた。ゴンガの腕を上空へ飛ばす。肩の装具にはめ込まれたコラン石が輝きを増す。


「来よった」


ルパール師の声が後ろから聞こえた。同時に、腕を展開する。ゴンガの腕は長方形の金属板をぎっしりと重ねた積層構造であった。密集していた金属板たちは、バロワのワールによりグワッと展開し、広大な手の平を開いた。



槍を胸に抱いたピウィの姿が落下してくる。自由落下ではない。高速で垂直落下してくる。こうなった経緯を推測できる間もなくゴンガの腕に衝撃が走った。噴火による火山弾を弾いた衝撃、その記憶がバロワの頭にひらめいた。テンセリを展開していた舞台岩全体がズーンと響き渡り、大橙に羽を休めていた鳥、浮魚たちがたちまちギャーギャーを飛び立つ。想定していた重量とのあまりの違いに、バロワはしかし急がず慌てずマノンからワールを引き出しこれに対抗する。落下速度は急速に減少しつつも、ぐったいとしたピウィはぐんぐんと地表へ近付く。バロワの額に大量の汗が湧き出し、眉間のシワを流れ落ちる。この重量じゃ速度を殺しきれない、と必死に考えるバロワの体を、先ほどとは逆に上から下へ“何か”が流れ過ぎた。妙に実体感のある、生命を感じさせる何か。その途端、ずっしりとした重量感は抜け落ち、その反動でピウィを再び宙へと放り投げ上げてしまった。打って変わって軽くなったピウィを今度はやんわりと包み込むように受け止めた。バロワは腕を収縮させながらルパール師の前に友達をゆっくりと降ろした。導師は両の手の平をピウィのこめかみに当てると、目を閉じた


「大丈夫なようだね。別状なし」


そう言うと、緑塔市の役人2人へ頷く。女性の方がピウィに近づくと、アードラ族の細い手首に赤い8の字型の拘束具をはめた。


「なんで・・」


バロワの問いを最後まで聴かず、男性が答えた。


「この少年には、緑塔市市長より直々に拘束令が出されています」






ロンドロー市の明け方の空に赤紫色の雲が広がる。それを待っていたのか、市庁舎の屋上では祝砲が放たれた。高低の建物たちが乱反射させ、隅々まで音を運ぶ。


ホテル・ロンターノ最上階。北面を除き、3面を大窓に囲まれた寝室に横たわる大きな寝台。それを覆う上質な雲布団は淡く白く2人の体を包む。朝の強い日差しが、布団の中の空間を白銀の世界に変えている。いつの間に布団の中に潜り込んでしまったのか、目の前に形の良いヘソが見える。頭をのけぞらせて見る。山頂を桃色に染める見事な形の2つの連山をミナルは眺めていた。


「春雷のミナルは何をお考えかしら」


涼しげな声が心地よい。


「おはよう。今、白く輝く連山を鑑賞中だ。帰国後は雪中行軍を検討してみよう」


白い光に包まれた視界から、艶やかな身体が消えた。雲布団を通して


「その雪中行軍が私のせいだと知ったら、兵士達に睨まれないかしら」


「うちの部隊は女性を敬う紳士ぞろいだからな、女性の胸を登らせて頂いでるんだ、と言い聞かせれば喜んで山頂まで競い合うだろう」



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