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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-16

左右に大きく開いた二振の短刀は、瞬時に元の場から消え失せ交差した形でミナルの頭上に現れ、振り下ろされるキューバルの脚と激突した。両者のレイワールが激突した瞬間、雷鳴の足元は広く陥没し、2刀と脚がぶつかり合った空間では光は爆発し、大音響が四方の通路へと鳴り渡る。広場は明滅する閃光に照らし出され、拡大された2つの影が囲む建物にゆらめく。振り下ろされたキューバルの右脚は振り下ろされた勢いのまま弾き返され、攻撃の描いた軌道を逆回転し地面に着地すると、その勢いを借りて、すかさず後方へ大きく飛びすさった。


「くっくっくっくっ・・・ふっふっふっふっあっはっはっはっはっは・・・・」


哄笑がガトの口から吹き上がった。押さえきれぬ愉悦が腹の底から湧き上がる。


「いいなぁミナル。貴公は良いぞ。我が隕脚いんきゃく、これほど見事に返された事はかつてない。滅多に出会えぬ好敵手。ミナル、貴公の全てを堪能する気になったぞ」


「淫らな気を押し付けるな、この戦闘狂め。貴公の奇癖と付き合ってるほど暇ではない」


「ほう、つれない事をいう。これほど青巫女が気にかかるか。しかし、貴公が駆け付けた所で何も変わりはせん。あの巨人・・アルウィード様の持つ鋼の意志に青巫女は貫かれる、それが落ちよ。後は蜂どもを相手に右往左往するが良かろう。それにな、ミナル、我輩を相手に気移りできるか確かめてみるがよい」


突然、空が陰った。パステルに彩られた明るい街並みの明度がみるみる下がって行く。ブーンという重低音が幾重にも重なりワンワンと唸りを上げる。音圧が街を軋ませる。ロンドローは大王蜂という不気味な雲に覆われた。


その中央部がこんもりと垂れ下がり、溜まりに溜まった水が一気に抜けるよう、黒い天井から細い渦が地上へ伸びる。大王蜂の渦が地上へと降り注ぐ。と同時に白牛車が大きく傾ぐ。床を激しく踏み鳴らす音。悲鳴が混じったどよめき。


「もうしばらく楽しみたかったが、もはやこれまで。青巫女は終わりだ。決して助け出そうなどとおもわないことだ。貴公に死なれては吾輩の楽しみが無くなる」


大きく飛び跳ねるとキューバルは目に見えぬ何かに掴まれ天高く釣り上げられた。ミナルが振り向けば、銀色のチョッキリ兵をはじめ牛車を取り囲んでいたチョッキリ兵が次々と上空へその姿を消してゆく。


さらに眼を転ずれば、四方八方の道という道から黒とオレンジの絨毯が石畳すれすれを押し寄せてくるのが視界に入った。アロータのロワーリンを振り返ると視線が合う。一つ頷くと共に牛車へ駆け出した。小さく見える6つの機体へ共振膜通信で呼びかける。


「ミナルだ、状況を」


「ユリナス以下3名、損傷軽微、行動可能」


「イフィヨラです。ルイテモン衛士団も同じく・・


ここでミナルを始め全機がピクッ動いた。


「伏せろ」「伏せて」 


ミナル、アロータの指示が同時に飛んだ。


さすがは手練れのエメルテ、メルテである、回避の指示には考えずに従い行動に移っていた。レイワールの異常な高まりが牛車内からこちらへ向けられるのを感知したミナルのオーグが時をおかず雷鳴を動かした。


ミナルの頭がこれまであった空間を小さな物体が超高速で通過したかと感じられた後、それは広場を一瞬にして一周したようだ。白牛車を牽いていたいたアルヘカント種の巨馬の動きが止まる。危険回避を想定して巨牛ではなくわざわざ巨馬に引かせていたのに、その力を発揮する間もなく、目玉をグルリと回すと大きな馬頭はグルンと体から転げ落ち、暫くしてドウと体が崩れ落ちる。


 上下に分断された牛車の壁がずれ始め、土台から転げ落ちそうになったとき、大音響とともにそれは高々と上空へ吹き飛ばされ、広場の中ほどに落ちた。堅固な造りの屋根はそのままに姿でしばらくぐるりぐるりと回り続けた。牛車はその美しかった装飾屋根を失い、大きな荷車と化していた。


 まるで舞台に立つ演者のごとく、巨人は仁王立ちの姿を陽光の中に晒した。巨大な剣斧の切先は不気味なエメルタインを貫いたまま、巨人は左の片手でそれを軽々と保持していた。


「モセナさん」


誰の叫びなのか、絞りだすような絶叫。


片手でエメルタインを宙吊りにするその圧倒的な力。戦神のごとく神々しさを放つその立ち姿。


ミナルはエメルタインごと鷲掴みにされ全身をグラグラと揺すぶられる感覚を味わった。刃に貫かれたエメルタインへ“雷鳴”のズームを向けた。見慣れない機体。護衛機ではない。


「その命、ミュウィルドが霊へと導こう。女、真の名を申せ」


「・・・・モ・・セナ、・・・前の名は・・お前に殺された」


エメルタイン“ズルーキ”は弛緩したように各装甲板の隙間が開き切り、両の足先から血が滴り落ちていた。眠ったかのように目を閉じたモセナだったが、再びしっかりと開いた。口元に微笑みを浮かべて。


「目的は・・達せられた・・・はぁはぁ・んぐっ・・はうっ・・・・逃れられんぞ・・ズルーキが・・・お前のオーグをと、捕らえた・・・わたしと・と・に地獄へ・へぇへぇ・はぁ・・・」


巨人の斧が突き刺さるズルーキの機体。その破損部周辺に黒点が数カ所浮き出し、そこから猛烈な勢いで直線が延びる。それは明確な標的を持った線の動きであった。黒線は戦斧の広い表面に直線と直角を繰り返し描き、一瞬にして巨人の手に達した。


この異常な事態を目の当たりにしながら、怯むどころか、むしろ興味深げに眺めるアルウィード。


その時、パミラは悟った。先ほどより感じていた、心の奥底から湧き上がる不安の正体を。パミラの霊視が捉えたのは、アルウィードが纏う二重のオーグ。その巨人のオーグが二極化を始めたのだ。二重のオーグの混在。それは二重のヨルトを備えることを意味しており、通常であればそれは死を意味するはずなのに。


一度は衝撃を受けたものの意思の力で抑える。すると見えなかったものが見えてきた。それまで莫大な熱量を放出するマグマのような巨人のオーグに眩まされ見えていなかったが、アルウィードのオーグは歪な塊をあちらこちらに有していた。それが今、斧を握る手元から綺麗に透析され始め、美しい輝きを放ち始めている。


この少年にこの場で期待できるものなどないと分かっていたのに、パミラはいつのまにかピウィに声をかけていた。


「いけない。ピウィ、モセナさんを巨人から引き離さないと?」


「わかった」


この無謀ともいえるパミラの願いに、少年は驚くことも躊躇もなく、大きく頷くとウィーラを取り出した。端を椅子の太い手すりに結ぶ。


「このウィーラをモセナという人の脚に掛ける。でも僕のワールじゃあの巨人に結び付いてる力に対抗できない。けど」


パミラは既に回復し水晶の椅子近くに集まっていた精霊院の従者たちを振り返り、頷き合った。


「大丈夫、私たちが全員ついてる、負けないわ」


ピウィがその少ないワールをいつも通り導き出そうとヨルトに意識をつなげた。


そのとき、久しく感じなかった感覚がピウィに訪れた。これまでマノン(霊門)と信じていたその一段と奥、二つの存在がこの状況を息を潜めじっと観察している、その存在感。曖昧な感覚ではない、もはやこれは実感だ。一つは荒々しい親しみを、一つは悲しみの混じった優しさを漂わせている。少年がそちらへ意識を向けようとする前に、ウィーラはピウィの意志にかかわらず強烈な勢いで打ち出されていた。


ウィーラは刃に貫かれたエメルタインの脚に絡むと同時、ピウィはいつの間にかパミラの手を握っている。パミラはこの場に控える全員のオーグと繋がりワールを一つに束ね待っていた。青巫女の力無くしてはできない力の結合。パミラはさらにピウィのワールをも利用し、それらを自らウィーラへ流しこもうといていた。が、ピウィのオーグを繋がった途端、この少年から発するワールの激流に巻き込まれ、束ねたワールは吸い込まれた。


 ワールの奔流はウィーラを伝い、エメルタイン、ズルーキに新たな力を与えた。


巨人の拳から全身に回り始めていた黒線は、ズルーキとの接点を強引に引きちぎられ、エメルタインは狂暴な力で宙へと舞い上がったのだが、ピウィの意識は現実世界から切り離され、その光景を目にする事は無かった。


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