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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-15

『撃錐』と呼ばれるそれは、オーグに感知させることなく灰色のエメルタインに襲いかかった。レイワールには過敏に反応できるオーグだが、セヌワールに覆われた撃錐を感知できる者はほぼ存在しない。


ミナル率いる小隊の中で唯一のメルタインながら、この感知できぬ円錐台を駆使するグロウプ級メルタイン『タイダス』は、熟練のメルテであるオグストにより一つ上のダワース級エメルタイン同等の実力を持つ。


エメルタイン雷鳴の頭部内では、しばらく前から近付きつつある撃錐の存在を共振膜が伝えていた。セヌワールに覆われた物体の表面は、まるで肉食魚ガナのような鏡面になり視覚的にも捉えにくい上、気流を乱さず移動するため気配を覚らせない。撃錐は対象に激突するとその中心から杭が打ち出される。打撃を受けた相手への追撃態勢を想定したオグスト機は猛然とダッシュした。しかし灰色の敵機は手練れであった。感知されぬ円錐台が飛来し押しのける僅かな大気の揺らぎをオーグが察知したのか、通路の出口から建物の影へ体をかわし、飛翔する円錐の射線から逃れる。


撃錐は上空から敵機へ突き刺さる軌道を描いていたが、敵の動きにいち早く反応し水平軌道へ移行すると、揃って空気を切り裂き追撃する。衝撃音とともに2つの円錐は通り横切りを反対へ横切り飛ばされる。同時にそれを追う灰色のエメルタイン。ミナルはすでに動いていた。撃錐を引き戻そうとワイル鋼線にワールを送り込むと同時に引っ張るオグスト。その過度に張力のかかったワイル鋼を灰色のエメルタインの剣が狙っているとミナルは見た。


そうはさせじと敵機の頭部と足を同時に狙い対甲手裏剣を打つ雷鳴は、背後のチョッキリから気が放たれるのを感じ取るとぺたりと地面へ身を伏せた。銀チョッキリの投げ矢がミナルのいた空間を突き抜け、そのままオグストの方まで飛んで行く。


敵のエメルテはなかなかの策士だ。己の側面に隙を見せ、背後からチョッキリ兵に狙わせたのだ。当の敵機は前方宙転をしつつ盾で手裏剣の一つを弾くと、その回転の勢いで剣を振り下ろした。甲高い金属音が鳴り渡る。剣はワイル鋼線を逸れ、撃錐そのものを打ったのだった。重量のある金属塊を打ったのだ、通常なら剣先は折れ飛ぶはずが、逆に撃錐は地面に叩きつけられていた。間髪入れずそれを回収しようとするオグスト。残心をとる灰色のエメルタインにミナルは賞賛の視線を送った。


オグストの後方からユリナス、コルナがこちらへ向かっている。標的を味方3機に向けさせるわけには行かない。敵機に肉迫する雷鳴。いつ持ち替えたのか、敵機右手の盾が目前に突きつけられ視界を奪う。紫雷、黒雷は短刀である。がそれを使う雷鳴は長い腕で間合いを埋めることができる。盾を回り込み両刀を左右から斜に切りつける。その寸前、その剣先をミナルはなぜか立てた。敵機は盾を保持しているはずなのに、なぜかその両側から敵の斬撃が襲って来たのだ。


それをミナルの研ぎ澄まされた感覚が見抜き両刀で受け止めた。ミナルは己の勢いを活かし、両足を揃え地を蹴ると、敵のエメルタインを盾ごと蹴り付け吹っ飛ばし、反動を利用して後方宙返りで間合いをとる。たまらず姿勢を崩し、背後の建物に激突する灰色機。。


盾の両側から斬撃が襲ってきた理由が見えた。右手で保持していたはずの盾は中央に、両の手に握られた片刃の直刀の2剣がその左右に浮かんでいた。2剣を盾の下を回し1つに合わせると、チャキッという音とともに幅広の片手剣へ姿を変えた。中央に浮かんだ盾は、胸の中央から伸びる第三の腕から左手に受け渡され、第三の腕は胸に格納された。


「オグスト、ここは俺の持ち場となったようだ。お前たち3機は、市街を回り込んで白牛車の敵を挟み打て」


「了解」


ミナルは外部音声に切り替えると


「その機体、カロヌークの名機、“三手みつでのキューバル”であろう。ガト・ギュネイン公。カロヌークは異界の巨人と何を企む」


「3機を追わせぬためのおしゃべりか。よしよし、貴公に付き合ってしんぜよう。久々にキューバル本来の力を出させそうな相手。ちょうど良い。シバイカ家のミナルであろう。エメルタインは雷鳴か。春雷はどうした、質にでも出したのか。落ちぶれ貴族」


「カロヌークまで噂が飛ぶとは、俺の名も捨てたものではないようだな」


「一兵卒まで降格したと聞いたが、早くも従下佐か。まあよい。貴公の返り咲きもここまでよ。蔵出しの埃を被ったようなエメルタインといえど、かつてはその名を馳せた銘ある機体だ。エメルテがミナルならば、両方込みで倒す価値も少しは上がろうというもの。第三国の大転移を貴公は棺の中から祝うがよい」


「お心遣い痛み入るが、よく喋る。バングナード王弟陛下の尻拭いばかりで鬱屈が溜まったか」


「その尊い名をその口にするな」


盾を前面に押し出し、猛然とキューバルは切りかかってきた。


迫り来る盾が視界を埋め始める。


奇術師ガトは盾の裏でどんな策を弄してくるか。守り、攻め、奇襲、熟練の戦士は切れ目なくそれらを繋げてくるであろう。ミナルは己の機体にコルワールを薄く行き渡らせる。待つでもなく、斬りかかるでもなく、その中間に心持ちを保つ。


セイフドワーフ系では10傑作に数えられる雷鳴。決して蔵で埃を被っていたわけではない。オーグに対する追従性、可動域の広さ、円滑性などに注目したミナルが、対外的な戦闘に出さないようにしただけである。自然と国外ではその“雷鳴”の名を耳にしなくなった。


それと反比例して国内ではそれこそその雷名を鳴り響かせていた。国内とは言ったが実際には違法な地下闘技場で、であるが。焦げ付くようなギリギリの感覚はミナルの身体に染み付いている。この感覚に鈍くなった者は、この世という舞台から去らなくてはならない。怖れを忘れはしないが、決して臆さない、決然と踏み込む胆力を磨いてきた。


キューバルが右下方に向けていた剣を後ろへ回した。雷鳴は外へ向けた双刀を、下段から中段を通り越し、胸の前で交差させる。ミナルは後方の気配をオーグで探る。投げ矢を打つ隙を与えたことをアロータは悔やんでいることであろう。ロワーリンはいよいよ本領を発揮し、嵐のような槍の突きが始まったようだ、激しく切り結ぶ音が聞こえる。有難い。目の前の敵に集中できる。右後方へ僅かに移る。盾で己の前面を防いでいるにも関わらず、キューバルはこの動きを感知しえるようで、機敏に追従してくる。と、動いた。キューバルの巨体が持つ重量を乗せた盾の衝撃が来る。雷鳴の弱点、非力さを知りつつあえてそれを右肩と頭で受けた。キューバルが右へ回したはずの剣は、左から襲いかかってきた。


やはり奇術師だ。幻惑の剣を振るってくる。これを予想したわけではないが、雷鳴は交差させた双刀で受ける。続けざま右手からもう一撃。引き抜いた左の黒雷でこれを受けると、一度引っ込んだ盾が再び雷鳴に衝突した。たまらずミナルは跳ね飛ばされる。よろめくミナルに空かさずガトの追撃が襲いかかる。


ミナルの眼前にある盾を越え、振り下ろされてきたのは踵に装着された斧。ダークオレンジに輝くレイワールが雷鳴の頭に直撃するその直前、小さな稲光が黒雷、紫雷から走った。

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