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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-14

巨人は振り向くことなく背後へ手を伸ばす。


光差し込む牛車の入り口はきらめく触手で埋もれた。溢れる光を遮って、無数の触手は包み込んでいた長大な塊を吐き出す。巨人は塊から伸びる柄をむんずと掴むと、引き出されたのは深い輝きを持つ戦斧であった。


極厚重ねの刃を持つ斧の中央から太い柄が伸びる。その刃の下端はその長い柄を隠さんばかりに広大で、先端は長く伸び、側面には優雅に踊る異界の文字が彫られていた。モセナの視線はその戦斧の切っ先一点に注がれた。


“ドグン”


エメルテの生体情報を一切受け付けないようヨルトを改変した。が心臓が大きく一度鼓動したことをオーグは知った。


「揺れるな。この私に敵意を向けたのだ、報いを受けさせる甲斐が失せる」


巨人の言葉に、モセナのたぎる血が冷めた。こちらの動揺を読まれるとはなんという屈辱。そうだ、ここからが正念場。臆するな、怯むな、踏み込め。成さねばならぬことを一心に、モセナは湧き上がる感情を脱ぎ捨てた。


(まずひとつ、あの化け物に私を認めさせた。封印されたお前を蘇らせたのだ、ズルーキ。今こそ呪われた力を私に寄越せ)


モセナは流れ出るワールの出口マノンを一瞬にして閉じ、己のヨルトとズルーキに組み込まれたヨルトとを繋ぐ。禁忌のエメルタイン“ズルーキ”は肩から胸、背を通して尾にかけて吸気音を響かせ体積を爆発的に膨張させると一瞬にして元の細身の体型に戻った。


鋭い鉤爪が手指、足指から伸びる。足の鉤爪を尾先とともに床に突き立て、再び弾性力の塊と化す。ズルーキのヨルトがモセナのオーグに干渉し始めた。


狂気の鎧師により生み出された呪われたエメルタイン”ズルーキ”。永年封じられた怨みを晴らすかのように、それはモセナのマノンに膨大なワールを要求し始めた。無理やり開かれるマノン。荒れ狂うワールの奔流を己のマノンで必死に制御する。頭の奥が激しく脈打つ。脳内の圧力で爆発しそうだ。“ズキン”、(まだだ)アルウィードは力を抜いた姿勢で戦斧を下げている。(これは誘いだ)巨人は流れるような動作で構えを変えた。右肩を前に斜の構えを取り、すっと前へ、すっと右へ、軽やかな動きで躊躇なく近づいてくる。このままでは打ち込まれる、と感じたモセナは全身のバネを解放した。太く縮んだ尾は強烈に伸び、エメルタインは空気を切り裂き巨人に襲いかかった。




バンッ!パメキッ!


甲虫兵の分厚くしなやかな装甲外皮が破れ弾けた。胸部に深々と突き立った白い槍は、大型のチョッキリ兵を高々と持ち上げそのまま新手のチョッキリ兵へ弧を描いて投げ飛ばす。銀の毛並みをなびかせる見慣れぬ甲虫兵は、両の腕を胸の前で交差させてから地を払うように両脇へ振る。


と、腕に仕込まれた豪刀が大きく伸びる。カチッ!地から擦り上げる口吻剣は、投げ飛ばされ宙を舞う灰色チョッキリを胴から真っ二つに切り分けた。と、その切り分けられた虫兵を両手の鉤爪で引っかかると“ブンッ”アロータをすり抜け両脇の僚機に向かって一直線に投げ返した。警報念信を咄嗟に送る。


(間に合わないっ)


右へ飛んだ下半身はイフィヨラなら対処する、と信じ左のオトネ機に飛ぶ半身に槍を振り下ろす。が、すんでのところで届かない。アロータのロワーリンが迫り来る銀色を捉えた。アロータは瞬時に槍を引き戻す。歴戦のアロータの意のままにロワーリンを動かした。槍を引くと同時に左足にテンセイルを展開、ロワーリンに点在するコラン石にオルグ網を通し運動指示を伝える。流れ出るワールの一部をレイワールに変換し、銀チョッキリを突く瞬間石突に集中させ一気に突いた。


 オトネは飛んでくる物体に気づいたが、自身の相手にする灰色チョッキリが手を離させない。 するとオトネ機を相手にしていたチョッキリ兵が突然に吹き飛ばされた。視界に飛び込んで来た黒いエメルタイン。突如現れた黒いエメルタインは瞬時に飛来する虫甲兵の上半身を真っ二つに切り離し、アロータ機に向かう。


 カーーーン!甲高く辺りを響かせる轟音を発し、アロータのレイワールと銀虫兵左腕の小盾に展開されたコルワールが激突した。双方が後方へ弾き返される。ロワーリンは広い範囲の石畳を引き剥がし止まる。背をむけ右へ翻って追撃をかけようとするも、正面を向く相手がひと拍子速い。 背面へコルワールを張り巡らせ、衝撃に備えた。


ダガーン!という音とともに後方へ吹き飛んだのは、相手の銀チョッキリだった。


銀チョッキリは突如現れた黒いエメルタインに激しく突っ込まれ、2体はもつれ合ったまま地を震わせながら転がった。


雷の如く現れた機体の正体を、アロータは即座に見抜いた。ミナル・シバイカの搭乗するエメルタイン“雷鳴“であろう。


すると広場につながる小路の奥に、新手のエメルタインが現れたのをオーグが感知した。するとオーグ視界とは別に、生体視界の右側が赤く点滅している。エメルタインの眼晶体が捉える視界に集中するため、乗り手であるエメルテは生体視界を締め出すため遮光眼帯を装着する。予め決められた周波数で送られる念信を機体が受け取ると、遮光眼帯に仕込まれた発光石が、エメルテに知らせる仕組みだ。アロータはエメルタインに装備されている指向性アンテナを銀チョッキリと組み合っているミナル機に向けた。共振膜が震える。


「向こうに現れたヤツは私の相手だ。アロータ殿はこの銀虫を頼む」


「承知した、ミナル殿」


“雷鳴”が銀チョッキリの中脚をつかんだ。左脚を軸に跳ね上がる雷鳴の右脚。銀チョッキリは新手のエメルタインとは逆方向へ投げ飛ばされた。雷鳴左足のテンセイルが捕らえていた石畳が豪快に浮き上がる。ミナルは素早く回転すると、その余勢を駆って更に対甲手裏剣を甲虫兵へ打つ。そのまま雷鳴は小径に現れた新手のエメルタイン目指して走った。


そう見るとアロータは槍を背中に収納するのと入れ替えるように、右手は背にある長い棒状の物を引き抜いた。投げ飛ばされた銀色の甲虫は帆船が帆を開くごとく一気に広い羽を広げ軌道を変える。ミナルの対甲手裏剣は通りを抜け、突き当たりの建物の壁を突き破った。


空で急反転すると、銀色チョッキリは投げた相手を追う。この反転の瞬間、アロータは棒状の物、投槍器を袈裟懸けに斜め下、そこから斜め上へと2度振り抜いた。カチリ、カチリと引き金を引く小さな音。エメルタインの剛腕で投槍器から発射された極小の槍“弾槍”は大砲に匹敵する威力を秘めていた。その避け得ないスピードの飛翔体を複眼で見たのか、広い前肢の小盾に角度を付け、これを弾いた。が、槍の慣性力はそれを許さず、腕を押し除けチョッキリ兵の首の装甲を削り取った。


(虫よ、やる気になったか)


追おうとした相手を忘れ、甲虫兵はアロータを新たな標的とみなしたようだ。すでに投槍器を幾度も使っている。投槍器内の残弾を把握していたアロータの身体はリロード作業を自動的に行っていた。左手に握った弾槍クリップを、“く”の字に曲がった投槍器に突き立てると、左手でそれを叩き込む。クリップ上の弾槍は“ジャキッ”と小気味良い連続音とともに投槍器に飲み込まれた。飛び出るクリップ板を投げ捨て、投槍器を振る。筒の中を弾槍は次々と滑り降りると装填は完了した。相手との距離を測る。投槍器を背に収めると再び槍を構えた。


ロンドローの街のあちらこちらから小さな煙が立ち上り始めた。小径という小径、大通り、通りに面した建物の外壁に開いた穴から白灰色の煙が大気に広がって行く。


これまでにない大軍の大王蜂へのせめてもの抵抗がどこまでも街に広がって行く。大橙の熟しきった芳香に狂う大王蜂にどこまで効果があるのかだれにもわからない。通りを漂う煙は灰色のエメルタインの姿を隠してはまた露わにする。


ミナルは歩みを止め相手の挙動を見る。良い歩みだ。力みなくバランスが良い。これは出来る相手だ。雷鳴の眼晶体が画角を望遠側に寄せる。頭部を覆う兜にある無数の穴は音操兵であることをはっきりと示している。あの穴の数は相当な熟練兵だ。あの銀チョッキリの操り手だろう。早く牛車に入りたいが、それは許してくれまい。ユリナス、オグスト、コルナ、3機が駆けつけるのを待つより手はない。


煙と建物の影を抜け、明灰色のエメルタインが広場に足を踏み入れた。メルタインではない。音操兵はメルタインのみで構成されている訳ではないようだ。明灰色はカラーリングではなく、隠密行動に良く使用される外套皮膜だ。外部音声が広場に響く。


「シバイカ家に縁の方とお見受けする。グワルパ七国と事を構える所存は毛頭ない。我らの行動には非介入で願いたい。事が済むまで静観していただければ、互いに無駄な消耗をしなくてすむというもの」


「私物のエメルタインまで駆り出してここにいる意味がわかってないようだな。それにだ、そう言っている割に、戦いたがっている気配が隠しきれてないぞ」


「誇りある軍人なれば無辜の民を見殺しにはできまい。当然我々以外の者は大王蜂の標的となり、取り掴まれて身動きができなくなる。あなた方は自身を守るか、住民を守るか、我々を相手にする暇はなくなります。あなた方に我らを止める術はない」


「そうか、とは言っても何もしないのは性に合わない。少し付き合ってもらうぞ。それに俺の行動は、私的なものだからな、グワルパ七国へ配慮はいらない」


両腕を交差させると、紫雷、黒雷を抜刀した。音操兵はエメルタイン用の片手定寸だが幅広の剣を右手、左手には背から取り出した楕円盾を装着した。その時、背景を歪ませる何かが小径の奥から飛来し音操兵に降りかかった。

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