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棄てられた楽園 駆竜人ピウィ  作者: 青河 康士郎 (Ohga Kohshiroh)
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サクラアゲハの頃-13

「ノーラの予見した剛の男とはその者のようだな。戻ってきてほしくない者ほどよく戻る、とはよく言ったものだ。いよいよ滅びの船は戻ってくると考えてよさそうだな」


「一つ伝えておくことがあります。ミナル殿にもお伝えした方が良いかと」


「わかった、聞こう」


「これは、異界間を渡り歩いてきた竜人族が蓄積してきた情報に関わります。本来ならばこれを他族には漏らさぬようにとされておりますが、大恩あるお嬢様にはお伝えすべき事。


巨人アルウィードが本来の力を封印されている今なら、仕様もあるかと。ですが彼の者が力を取り戻す様が見られたなら、即座に退避願いたいのです。」


 ミール・タイナは神話上の存在かと思わざるを得ない人物の話をレイサから聞かされた。が、それを全く疑うことはしなかった。そもそもレイサの口から出た言葉をこれまで疑うことなどした事がない。


 スコープの中にミナルが装着する雷鳴が見えた。念達のヨルトに意識の焦点を合わせる。聞いた通りの変容がその巨人に現れれば、ミナルは大怪我をするか上手くすれば殉職するかもしれない。ん、今、上手くすれば、と思ったのか。殉職は困る。レイサ様が悲しむ姿はいたたまれない。複雑な思いを抱いたまま、ミールは銃の狙いを雷鳴に合わせ、正確無比なその腕前で伝える内容を射出した。


少年は巨人に掴まれ、浮遊樹より静かに舞い降りつつあった。まるで宙を歩いているかのようだ。マレルマルマと呼ばれるあのイカの輝く触手が、巨体を地上へと降ろしている。


遠方に空を暗くするほど何かが飛来している。何もせずとも聞こえる低く唸る轟音。耳を澄まし、聴覚感度を上げる。羽音が洪水のように押し寄せる。


大王蜂だ。


ピウィは本能に従い隠れ場所を探そうとしてしまった。これほどの来襲は目にしたことがないし、聞いたこともなかった。浮遊樹内で見かけた甘い刺激種の樽がフラッシュバックする。足下に見えるロンドローの街に、盛んに避難を促す警報が響く。


パロムージュ街道にはかなりの人々が建物に入れないでいる。首を回し、キッと巨人を睨む。下から見上げるその顔は、陰影を濃くし彫像のように無表情であった。少年は顔を反らすと再び街の様子を見る。街道では地上戦が広い範囲で繰り広げられていた。


数には劣る黒い甲虫兵だがその運動性能から、緑塔、4番塔、ロンドローから派兵されているダープ級メルタインのコンカース、ズバルクを完全に圧倒していた。


何ができるのか、この小さなアードラ族の僕に何ができるというのか、少年は無力感の大波に揉み潰されそうになる。


ぼんやりとした視界に神殿のような白い牛車が見えた。足元の大騒動を他所に、牛車を曳く2頭の巨牛の平然とした態度が現実感を失わせている。白い牛車は夢のように美しかった。が、その繊細な美しさで、この荒々しい巨人にどう立ち向かえるというのか。少年は胸を掻き毟られる思いを抱いた。



「皆、コルワールの展開を終えたか。」


白牛車の中は人でごった返したいた。先ほどまで行列の先頭を華やかに彩っていた舞い手、吟詩人、楽士で埋まっていた。その全てが目を閉じ、それぞれ壁、床に手を添えている。柔鋼木とワイル鋼を幾重にも重ね合わせて造られた牛車は、今ギシギシと音を立てながら巨岩の直撃をも弾き返す堅牢さを備えつつあった。


陣頭を指揮していたはずのモセナがいつの間にか姿を消していたことにパミラは気づいた。すると、パミラの座す右手後方の扉が開き、暗がりから操甲体が1機現れた。怪異な機体であるにもかかわらず、周りの者たちは承知していたのかその姿に驚いた様子はなかった。エメルタインと思しき機体はパミラの前に来ると片膝を付き、胸部の装甲を跳ね上げた。中のエメルテは巫女の衣装を脱ぎ捨て、体の線も顕となった黒い戦闘服を身につけたモセナであった。


左右の腕は2本ずつ。機体の後ろには、先端が槍と化した長い尾を持つ奇怪はエメルタイン。明らかに異国のものだ。


「モセナさん、あなたは」


「やはりこうなってしまいました。表向きパミラ様直属の巫女をさせて頂いておりましたが、私は元来精霊院の者ではありません。今、詳しい事をお話しする時間はありません。お互い無事に生き残れましたらお話しいたしましょう」


そう話したモセナの口元は冷たく笑った。その笑みにパミラは戦慄した。


「モセナさん、あなたは死ぬつもりですね。何故です」


『やはりこの子は聡い』


青巫女となった少女への認識を新たにすると、この女性は内心で暖かく微笑んだ。


パミラは続けて


「『モセナ』とは古代精霊院が公において使用を禁じた、青巫女の古いにしえの呼称です。あなたがそう名乗るのは奇遇などではありません」


『今やその名を知るものは、天巫女様とわたくし、そして今はあなただけとなりました』とは紅巫女様の言葉だったが、この子はそれをどこで知ったのか。モセナの心の内で呟いた。パミラの瞳に悲痛な色が見えた。


「そして今、この身に近づく巨大なワールを感知しています。貴女は何をするつもりですか」


「パミラ、今はそう呼ばさせていただきます。形の上とはいえ守るべき人があなたで良かった。私はあなたからそのように気遣われるほど価値のある人間じゃあありません。現に自分の目的のためにあなたを利用している。聡いあなたの事だ、勘付いているでしょう。これからやってくる化け物に私は用がある。あなたもそいつを引き寄せる餌の一つとして使わせてもらいました。あなたは水晶座から動いてはいけない。あなたが結陣で守られ無事でいると知れば、私はもとより、皆心置きなく働けるというものです。お見苦しいこの姿となりましたが、これは私の戦いです。見守っていてください」


モセナのエメルタインはパミラを両腕で抱えると、青水晶より削り出した青巫女の座の中央にちょこんと座らせた。二人の付き巫女が中央に背を向けて左右に立つ。空気分子の固定層、結陣が張られようとする。


そのとき離れ行くモセナの硬い甲冑の右手をパミラは両手で掴んだ。何か思いとどまらせる手立てを・・・と思うがモセナの瞳を見ると、もはやパミラの口からは何も言葉は出なかった。祈るようにパミラはモセナのエメルタインの手甲に額を押し付けた。モセナの心には暖い灯がついた。これは青巫女の力の一つなのであろうか。全てを投げ打って一人きりでの出陣と決めていたが、この気持ちだけは携えてゆこう。


「パミラ、悲しまないで。私は今、喜びに溢れています」


ドォォォーン、メキッ!ピシピシピシピシピシピシ!


柔剛なこの白牛車の扉に、ただの一撃で亀裂が走る。幾筋も走る。重厚な門扉は二撃目で大きく裂け、巨大な掌が亀裂に突き込まれた。ミシリ、という音とともに分厚い扉は軽々と引きちぎられ消え去った。牛車に光が差し込むと、防御に当たっていた者たちの意識を失った姿が黒々と浮かび上がる。巨人の放った衝撃は、ワイル鋼を逆走し、結界を張っていた内部の全てのオーグを打ちのめしていた。


朗々と巨人の声が空間を震わせる。


「モセナ」


芳しい大橙の香りが風と共に牛車に流れ込んだ。光を背負い黒々と浮かぶ大きな影が近付く。


『やはり、古語で呼びかけてきた』モセナの思惑通りだ。


「二人、揺れたか。小賢しい。一人たりとも逃れられぬというのに」


『よし、これで私の存在は無視できない』


内心でそう呟いたモセナの口は、今度は我知らず声を出して呟いていた。


「あなた、マト、私に力を」


四本の腕、両足、尾にバネの力を溜め込んだ姿勢を保ち、凍りついたように動かなかった鎧姿のモセナは、一瞬にしてその場から消えた。後を追うかのように牛車に衝撃が走る。巨人の真下に現れた異様な姿のエメルタインは4つの腕と尾で倒立し、両足で巨人の急所を思い切り蹴り上げた。


再び牛車は大きく揺れる。巨人アルウィードは後方へ弧を描いて舞い上がった。


と同時にその腕を振り、手から巫女の座に向かって何かを放り投げた。結陣を張る巫女はとっさに層の厚みを増す。床に当たって大きくバウンドしたそれは、宙でクルクルと回転すると片膝、両手を付いた姿勢で着地したが、そのままの勢いで防御陣にぶつかって止まった。その陰に隠れて小さな何かがスルスルと水晶座の下に潜り込んだ。小さな人らしき姿は転がったままパタリと動きを止めてしまった。


それがアードラ族の少年であると認めたパミラは、巨人の様子を素早く伺い、左右の結陣士に頷く。水晶の椅子から飛び降りると少年を引きずり戻る。脇の下に頭を入れ、抱えるように立ち上がるとそのまま座面に仰け反らせ、押し上げた。自分もよじ登りさらに奥へとひっぱる。下着の裾を引き裂き、水差しで湿らせると少年の額にあてた。うめき声と共に少年が薄眼を開ける。視界にはボンヤリと清らかな少女の姿がある。


「気を確かに。名を言えますか」


そう尋ねながらも少年の体に怪我の有無を探す。


「ぼくは、・・」


喉が張り付いて後が続かない。すかさず水を少し流し込まれた。瞳に光が宿る。


「ほくは、ピウィ」


「大丈夫なようね。・・・でも・・・あなたはワールの流れが少ない。この場にいては危険だわ」


「うん。いや、はい。わかってますパミラ様」


パミラはこの少年の声を聞き、突然、黄爪城の空中庭園を思い出した。


「あなたとは何処かで」


床に転がる自身の槍を見つけた少年は椅子から飛び降りながら


「ボクはパルワ砦ポエル・ラウルの子供です」


「あの黒翼城城主だった」


ピウィは対峙している巨人とエメルタインから目を逸らさず話しかける。


「貴女が青巫女なんだね。アイツは貴女の命を奪うつもりなんだ」


「今、あなたに出来ることはここから逃げること。隙を見つけて逃します」


弓を入念に調べ背に戻すと、槍を立てる。手の甲にあるプレート、その中央に嵌め込まれた石が輝くと、槍の鞘筒が下がり、輝く穂先が現れた。 ピウィのその手慣れた様子に、守られるだけの存在ではないことをパミラは覚えた。


「こんな時になんだと思うかもしれないけど、オウ・インという爺様が弓と槍を手放すなといったんだ。ボクはコイツらにとって相応しい持ち主じゃないかも知れないけど、アイツを許すことはしちゃいけない」


オウ・インという名がどういう意味を持っているかこの少年は知っているのだろうか、とパミラは思った。しかし、数多くの隠された意図がこの場に集結していることに確信が持てた。パミラの様子を気にすることなくピウィは続ける。


「たぶん冷静に考えればここにいない方がいいのはわかっているんだ。でもあいつを許すなって、心の声も叫んでる」


パミラはピウィをこの場から逃そうとする気が失せた。それに、よく見てみればこの男の子には見たことのない種類のワールの流れが外部から送られているようだ。そして微かにピウィからも外部へ変わったワールが流れ出ていた。


「わかったわ、ピウィ、ここにいて。私達は共にここで必要とされているみたい。今は青水晶のこの椅子が一番安全。一緒にモセナさんの闘いを見守っていて」


そして、声には出さなかったがモセナさんの闘い方が気になる。ワールの流れが異常なのだ。


「モセナって、あの変わった操甲体の」


「そう。でも何を意図しているのかわからない、何か巨人の目を自分から反らせないような意図が・・・そこに何か」


先ほどの別れを告げるようなモセナの言葉が瞬間パミラの脳裏に浮かび上がる。モセナさんは命を賭して何を成し遂げようとしているのか、まだ判断できない。何かが足りない。


モセナのエメルタインの猛攻は止まるところを知らず、巨人をほとんど防戦一方に追い込んでいた。エメルタインが有する四本腕の五指はピタリと合わさり、それぞれが一本の錐と化していた。


モセナは目まぐるしく天井、床、壁面を高速で移動しながら、二本ずつの錐が同時に攻撃を繰り出す。均整のとれた巨人の体は、その質量に関わらず、鳥の羽のように軽やかに舞い、しなやかな腕の一振りでモセナの鋭い突きを空振りに終わらせる。


しばらくはモセナの猛攻が続いていたのだが、巨人の防戦一方という状況は徐々に変わりつつあった。今も天井からの一撃をかわされたモセナが床に7肢を付け着地した隙を突き、巨大な拳が振り下ろされた。太く縮んだ尾が鋭くカウンターを仕掛ける。クルリと回る掌が尾を弾くと、左の拳が起き上がりかけたエメルタインを側面から襲う。片膝をついたモセナは、それを避けるどころか四本の腕を大きく開き、その拳を身体の正面から受けた。衝撃の音も振動も何も無い。恐ろしいほどの静けさ。巨人の瞳に怪訝な色が浮かぶ。


「金耳、貴様の拳では私は倒れはしない」


「人族の女、おまえは私を知っているような闘いを見せる。よかろう、我が戦斧ミュウィルドを知れ」

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