十二月
月イチ更新。この世界のどこかにこういう人がいたら面白いのにという気持ち。
「…………」
「いや、なんか喋れや。大丈夫のひと言もないんかい」
「大丈夫?」
「大丈夫に見えるなら、お前の目玉は腐っとるぞ」
ゴミ捨て場に積まれた家庭ごみの袋の山を、ソファと勘違いしてるのかと思うくらいリラックスした状態で収まっている男は、ゆっくりと煙草をふかしながら、目の前に突っ立っている背の高いサンタクロースに悪態をつく。
「あ〜クッソまずい。血の味しかせぇへんやんけ。シロ、お前サンタクロースなんやったら気の利いたもんでも寄越せよ」
男の言葉を聞いて、シロと呼ばれたサンタクロースは手に持っていた大きめの白いビニール袋から何かを取りだし、そっと手渡した。
「寂しい貴方を癒したい、ちょっぴりエッチなサンタから特別なプレゼント! 性夜限定オールタイム1000円OFF……ってピンサロの広告ティッシュやないかい!」
広告を丁寧に読み上げたあと、男は手渡されたポケットティッシュを素早く投げ捨てた。が、ツッコミのノリで捨てただけだったので、おもむろに拾いあげて、己の顔面にこびりついた鼻血を拭うのに使う。
シロは、男が手を差し出す度にポケットティッシュを渡してやる。口の中も切れていたらしく、唾とともに口内の不快感の元凶を吐き出すと、白い欠片が地面に落ちる。また彼の奥歯が欠けた。
必要分のティッシュを渡し終わると、シロは手に持っていたビニール袋を中身ごとゴミ捨て場に捨て、幾分かマシな顔面になった男に尋ねる。
「アカ、メシどうする?」
「……内容による」
「アオ特製ちゃんこ」
「よし、帰る」
二人は何事もなかったかのように繁華街の路地裏を後にして、家路についた。店先から流れるクリスマスソングを背に、忘年会帰りの人並みを縫うように進む。シロはサンタクロースの衣装を着たままだ。またバイトをクビになることだろう。
「アオー! ただいまー!!」
築70年の格安ボロアパートの壁は薄い。アカの上がったテンションそのままの声量は、隣どころか階下まで筒抜けである。
「うるっさいよアカ! この前大家さんから、次に迷惑かけたら出てってもらうって言われたばっかりだろ!」
「追ん出されたら追ん出されたで、そん時考えりゃいい。そんなことよりよぉ、今日はちゃんこ鍋が食べられるって聞いたんだけど?」
「アカとシロはいいんだろうけど、僕は追い出されたら困るの! 夜ご飯食べたいなら静かにして……って、何その顔!? シロもなんでサンタクロースのかっこうしてんの!? しかも破れてるし!」
アオが驚くのも無理はない。普段のアカはいわゆるイケメンの部類なのだが、今、彼の顔面にその名残は見当たらない。殴られてから時間が経ったことで、見事なまでに腫れあがっている。
一方シロはといえば、バイト先で支給された上下共に丈の足らない安物のサンタクロース衣装のいたる所がほつれている。更に膝などに至っては派手に破れていた。二人共、見るも無惨と表現するに値する外見をしている。
「俺らのことは気にせんでええて、いつものことやろ? そんなに心配すんな。シロはとっとと着替えろよ。俺、風呂入ってくるわ」
ヒラヒラと手を泳がせ、小さな正方形の浴槽の待つ風呂場に消えていくアカを見送り、アオはシロに向き直る。無言で見つめあっているが、アオがシロに説明を求めている時はいつもこうだ。
「……今日も女を寝盗られたと、チンピラに絡まれてた」
「またか……。で、シロのコスプレの説明は?」
「ティッシュが捌けなくて、困ってたらアカを見つけた。全部配り終わるまで戻ってくるなと言われたから、戻らずに帰った。服が破れてるのは……俺が着たからだ」
はぁ〜と特大のため息をつきながら、アオは頭を抱える。最初からサイズの合わないものを強制的に着させたのなら、コスプレ衣装の弁償云々と詰められることはないだろう。しかし、バイト代はもらえなさそうだ。
大方、しょっちゅうバイトをクビになる問題児のシロに斡旋できるバイト先がなくなって、誰でもできる雑な仕事を振ったのだろう。これくらいならと予想されていたはずだが、シロは案の定、それすらもまともにこなせなかったんだなと、アオは察した。
「明日でいいから、バイト先に連絡だけはするように」
「はい」
サンタクロースの帽子と衣装を脱いで、可燃ごみの袋に詰めるシロを横目に、アオはカセットコンロを用意する。そろそろアカが風呂から戻ってくるタイミングだからだ。これ以上、玄関先でうだうだとしていても仕方がないし、鍋はすでにできあがっている。
夕食の準備を終えたタイミングに合わせるように、アカが風呂から出てきて、いつものジャージがないと騒ぐ。げんなりするアオを制し、シロが畳まれずに放置されているアカの洗濯物の中から、くたびれたジャージの上下を発掘し、手渡す。それを受け取りながら、Tシャツを強引に引っ張ることで襟から飛び出したアカの顔は、すっかり元の造形に戻っていた。
「なぁ、今日ってクリスマスイブだろ? アオはプレゼント、なにお願いしたんだよ」
「アカ……何度も言ってるけど、うちにサンタさんは来ないよ。あ、アカにもシロにも、サンタさんは来ないからね!」
コタツを囲み、鍋を仲良くつつきながらテレビを見ていたアカが、突然目を輝かせて聞いてきた内容に、アオの箸が止まる。毎年のことなのに、アカは学習しないのだ。
「え〜? 今年こそ来るかもしんないじゃん。俺とシロはともかく、アオはいい子だろう?」
「そ、れは……確かに僕はいい子だけどさ、サンタさんがプレゼントを届けるのは子供だけなんだよ。僕はもう大人だから来ないの!」
予想外にアカから「いい子」という評価をもらい、照れてしまうアオだったが、彼は現実主義者なので、当然サンタクロースの正体を知っている。そして、今も昔もアオの元にサンタクロースが訪れたことはない。
今どき珍しい橋の下の捨て子として、アカとシロに拾われたアオ。当時の二人が正しくクリスマスを知っていれば、彼の幼少期にもサンタクロースはプレゼントを持ってきてくれていたことだろう。だが、アカがクリスマスを知ったのはここ数年以内のことだった。
過ぎ去った日々を少し残念に思いながら、それでも、アオは今の現実を受け入れている。ここまで生きられただけで十分だ。プレゼントなんてなくったって構わない。欲しかったら自分で買えばいいのだと。
「だいたい、クリスマスもサンタクロースも海外の神様由来の習慣なんだよ? アカたちはそういうのお祝いして平気なの?」
「なんら問題ない」
「あぁ、別になんの影響も受けねぇよ」
アカもシロも、あっけらかんと答える。アカがクリスマスだ、サンタクロースだと騒ぐ度、アオは疑問だった。なぜなら、彼らは人ではないからだ。
「鬼なのに? なんかないの? まぁ、弱ったり死んだりするのは嫌だから、ないほうがいいんだけどさ……」
「鬼つったって、別に特別なんかあるわけでもねぇしな。死なないとか、怪我が治りやすいとかはあるけど。なぁ?」
「あぁ、アニメみたいに灰になったりはしない」
節分の豆くらいなら、もしかしたら効くかもな? とからかうアカと、ありえないと真面目にツッコミを入れるシロに毒気を抜かれ、アオは安心する。それは、これからも、彼らはアオのそばにいてくれるという約束をしたようなものだから。
テレビには、相変わらずクリスマスの特別番組が映っている。シロが着ていた衣装とは違う、しっかりとした生地のコスプレ衣装を着たアイドルが、ファンの元へ突撃してゲリラ的にプレゼントを渡す内容のものだ。
アオは思う。アカとシロがいて、三人で食卓を囲む、この何の変哲もない毎日が、自分にとってのプレゼントなんだと。……アカが調子に乗るので口に出すことはないが。
「なぁ! サンタさんは来ないとして、明日は日曜だからどっか行こうぜ! 今日、店に財布が来たから俺の売上良かったんだよ。代表がボーナスつって万札くれたんだ〜」
「財布って……またそんな言い方するから恨まれて刺されたりするんだよ。せめて太客? って言えばいいのに。いい加減、ホストやめて真面目に働けば?」
「え〜? 今更俺が真面目に働けるわけねぇじゃん。だって鬼だぜ? 人間社会に馴染めないって」
「こういう時ばっかり鬼って言うんだから! それ、別に万能じゃないからね?」
コタツを挟んで繰り広げられるアカとアオの言い合いをもろともせず、粛々と鍋を食べ進めるシロ。彼のお目当ては、このあとに用意されている締めの雑炊だ。早く鍋の具材を空にして、米と卵と、その上に散らすネギのことだけを考えている。
「ね、シロもそう思うよね? って、もう具がほとんど残ってないじゃん!」
「美味かったぞ」
「てめぇ、シロ! 俺の鶏団子、全部食ってんじゃねぇ!」
「アオ、雑炊」
「ダメ! その前に具材足すから、罰としてシロは運ぶの手伝ってよね! 雑炊はお預け!」
窓の外に初雪がチラつく。コタツと古いテレビと折り畳まれた三人分の布団。この小さな家の中にも、ありふれた日常がある。しかし、普通とは違う青年三人が織り成す毎日は、世間一般とは少しズレているかもしれない。それでも、こうして続いていくのだった。
では、また来月。




