008 ポーション
調合室につくと、中には先客がいた。可憐な少女が、手元に視線を注いでいる。手は忙しなく動いていた。パリッとした白衣を着ているのは、一種の研究職だからだろうか。
「ステフ、聖女様だ」
公爵に呼びかけられた少女はふりかえり、天音を見ると顔を綻ばせた。
「わぁ、聖女さま!お目にかかれて嬉しいですわ!」
ふわりと舞う、紺色の後ろ髪。研究職にしては――というと失礼だが、「研究職は研究に没頭していて自らのことは二の次」という思い込みとは正反対に、彼女は清潔で、美しかった。
微笑みを向けられた天音は、ぎこちない笑みを返した。
「彼女はステファニア。学園でポーションづくりの研究をしている。これから加護の授与が終わり次第、調合室で調合をするように」
どうやらこれからは読書の時間が削られる一方のようだ。天音はバレないよう、小さくため息を吐いた。
「聖女さま、まずはこちらの白衣をお召くださいませ」
ステフがそう言い、天音に真っ白な白衣を差し出した。素直に受け取り、身につける。
「そんなに緊張しないでくださいませ。わたくし、楽しみにしていたのですよ」
ステフの調合教室は、まず薬草をみじん切りにするところから始まった。
並べられた薬草を見回した天音は、見覚えのあるものに気がつく。
「この薬草って、なんていう名前なんですか?」
「それは、ルコリンですわね」
天音が指さしたのは、あきらかにナズナのような見た目をした薬草だ。それでも、ステフが答えた名称は異なるものだった。
置かれていたナイフを手に取り、ルコリンに刃を入れる。
「聖女さま、ナイフの使い方がお上手ですわね」
「ありがとうございます」
天音はそれなりに料理をするし、包丁も使える。そのおかげで褒められるレベルにはみじん切りも得意だった。
適度に全ての薬草が小さく切られたのを見ると、ステフはおもむろに椅子から立ち上がった。棚から鍋を取り出し、机の上に慎重に置く。
「こういうのは、ゆっくりやるのですわ。急いては事を仕損じる、とよく言うでしょう?」
ステフはそう言いながら、手際よく薬草を鍋に投げ入れていく。
「そういえば、ここで作られたポーションって、どんなところで使われるんですか?」
鍋をかき混ぜる間の雑談として、ポーションの話を振ってみる。すると、ステフは目を瞬かせた。
「……?公爵から聞いてないのですか?」
「はい、全く」
「全くもう、あの方は……」
ステフはため息を吐くと、ポーションについて語り始めた。
「ポーションは、主に体力・魔力の回復に役立ちますわ。瓶に詰められたポーションを戦場に持ち込んで飲みますの。戦場の他にも訓練や医療の現場で使われますわ。
瓶に液体状のものを詰めるものが主流ですけれど液体をさらに乾燥させて丸薬にすることで遅効性の回復剤にすることもできますのよ」
急に熱く語り始めたステフに、天音は気圧される。相当コアなポーションオタクだった。そもそも好きじゃなければ研究しないか、と天音は納得する。
「ポーションの材料にする薬草にはあらかじめ自分の魔力でマーキングしておきますのよ。芽の頃から見守ってきた薬草をこうしてポーションに調合しますの」
ステフのポーション談義を聞きながら、天音はずっと鍋をかき混ぜていた。ステフの話には難しい用語もたくさんあったが、その都度解説が挟まれるのでずっと聞いていられる。
「完成ですわ!」
ぐつぐつ煮えてきたところで、ステフが少量をとってプレートに載せた。なにやら眺めていたが、すぐに完成を宣言する。
「あとは、瓶にいれるだけでしてよ」
そう言い、ステフが並べられた瓶へとポーションを注いでいく。
ポーションが詰められた瓶は、箱に整頓して並べられていく。そのうちの一つをステフが手に取り、天音の手に握らせた。
「あ、え?大丈夫ですよ。いただけません」
「いいんですわ。明日からも作るんですもの。……それに、いつか必要になるでしょうし」
ステフは譲らず、天音はそれを鞄に入れた。
ステフに別れを告げ、廊下を歩く。後ろにはエリアスも一緒だ。
何気なく、もらった瓶を手に取る。
なみなみと注がれたポーション。その緑がかった透明の液体が揺れるごとに、天音の心も癒やされていく。
明日はどんな話が聞けるかな。知らず知らずのうちに、楽しみにしている自分がいることに気がついた。
次の更新は12/27(土)です。




