002 転移
とすっ、と地面に着地したような気がした。足からの着地なら格好いいのだが、生憎背中から地面についたような感触がした。だが覚悟していたような痛みはなく、毛布の上に優しく寝転ばされているような心地である。
ここはどこだろうか。状況に頭が追いつかない。一つわかるのは、自分が自分であるということだ。――いや、そうではないかもしれない。
思考が哲学に染まり切ったあたりで、天音は考えるのをやめた。今はそんな場合ではないのだ。
「……異界の者よ!……ものよ……ものよ……」
誰かの喋っている声がこだまする。知らない男性の声だ。どこか威厳があって、従わなければ、と思わせるような声質をしている。
天音は移動による酔いで痛む頭を押さえながら目を開いた。
おもわず息を呑む。視界に広がったのは、まるで体育館のように高い天井だった。だが体育館のように無骨ではなく、大きなシャンデリアが浮かんでいる。ところどころに取り付けられたステンドグラスからはあたたかな光が差し込み、天音を照らしていた。
……もしかしなくても、ものすごく場違いではないか。
身を起こすと、赤と金を基調とした豪勢な椅子が目に入った。そこに一人、銀髪の男性が腰掛けている。青年というには少し経験が豊富そうである。老けている、とも言うが。
「異界のものよ、よくぞ参った」
男性が口を開き、先程と同じ威厳のある声で語りかける。周りを見回すと、その声が天音に向けたものであることに気づいた。
広い部屋にいるのは、天音と男性の二人だけ。まず間違いなく天音に向けたものだろう。
「突然呼び出して申し訳ない。まだ、混乱しているだろう」
その言葉に、天音は小さく頷いた。本当は首を縦に大きくぶんぶんと振りたい気持ちだったが、男性の威圧感に負けたのだから仕方がない。
未だ整理のつかない頭の中で、天音は必死に考える。
ここはどこなのか。何故ここにいるのか。発言の中にあった、「異界」とは?……わからないことだらけである。
一つずつ疑問を解消しようと思い、天音は勇気を出して口を開き――
「あ、あのっ!」「貴殿を呼び出したのは他でもない」
――被った。
天音は視線を床に落とす。己の間の悪さを恨んだ。
「フフッ……」
おそるおそる顔を上げると、男性は口元を手で覆い、肩を震わせていた。それと同時に、男性の纏っていた威圧感が少し和らぐ。
……よ、よかったあ。
男性が怒っていないことに安堵して、天音は息を吐いた。
「コホン。それで、貴殿を呼び出した理由についてだ。――身勝手な願いだとは分かっている。だが、どうか聞き入れてはくれないだろうか」
男性は咳払いをして、話を軌道修正した。――少し肩が震えていたけれど。
天音は思わず目を瞬いた。こんな着飾った人が一般ピーポーにお願いするようなことなんて、何も思いつかない。
「あの……私に何をお願い、するんですか?」
天音の言葉を聞いた男性は、椅子から立ち上がり、天音の正面に跪いた。そして視線を合わせると、意を決したように口を開く。
「お願いだ。この国を――救ってくれないか」
明日も更新します。




