010 お菓子作り
「牛乳はある、砂糖はあまるほどある、はちみつもある、ないのは、卵……?」
作ると決めたはいいものの、最初から壁にぶつかった。
まず、この世界の小麦粉は粗い。それは朝食に出てきたパンなんかからも用意に想像できたことだった。
ゆえに、天音はどうにか小麦粉を使わないレシピを脳内検索して、しぼりだしたのだ。
しかし、よく考えたら卵料理も食べた覚えがない。
「あの、エリアス。卵って、しらないですか?」
「……ウラムの卵なら」
「ウラム、ってなんですか?」
「ご存じないですか? このくらいの大きさの鳥です」
エリアスは手のひらを大きく広げ、なにかを抱えるような仕草をした。
うずらみたいなものか、と天音は納得する。
「……もしかして、高級ですか?」
「いいえ、庶民の食べ物です」
天音は小さく頷いた。だから公爵家の食事には出てこなかったのか。
「では、ウラムの卵を入手することはできますか?」
天音の問いかけに、エリアスは難しい顔をした。
「庶民の食べ物を貴族が食べるなど……」
「いえ、卵の美味しさを知らないだけですよ。使いましょう」
美味しいお菓子のためになら、天音はどこまでも走ることができる。
◇ ◇ ◇
とはいえ、公爵家に卵の在庫など無い。いや、正確にはあるらしいが、使用人の今日の食事用だそうだ。さすがにそれを使うのは、ということである。
「じゃあ、私が街に出ます」
「駄目です」「やめてください」
天音の宣言に、エリアスと側にいたメイドが同時に反応した。
「下働きに取りに行かせますので、今日はゆっくりしていてください」
あきらかに意気消沈した様子に、メイドが声を掛ける。天音は「ゆっくりするためにお菓子を作ろうとしてるのに」と思いながらも、神妙な顔を作って頷いた。
やることがなくなった天音は、早い時間に布団に入り眠りについた。
次に目を開けたときには、夜明けを告げる鳥がメロディーを奏でていた。
「今日こそ、お菓子作りができますか?」
ウキウキした様子で厨房に立った天音に、メイドが落ち着いた声で返事をする。
「もちろんです。卵も用意できていますよ」
エプロン一つとっても豪華な服に身を包み、天音はお菓子作りを始めた。
ウラムの卵は、たしかにうずらのような小さい卵だった。
6つほど割り入れ、木べらで混ぜる。電動の機械など、ない。
「そんなに使うのですか」
エリアスが嫌そうな顔をした。庶民の食べ物ということにこだわりすぎだ、と天音は思う。
牛乳もボウルに入れ、ゆっくりと混ぜる。本当は濾したいところだが、濾し器の目は粗い。濾したとて、変わらないだろう。
ココットに流し入れ、水を張った鍋に並べる。
「ココットが耐熱か、わかりますか?」
同席したメイドが首を振った。エリアスは、端から自分に関係ないというように真顔だ。
ガスコンロもない。かまどの火に鍋をかける。火の調節はエリアスが得意だと言ったので、任せることにした。
「そろそろいいと思います」
天音はココットを鍋から取り出し、トレイにおいてメイドに渡した。
「氷室にお入れしますね」
メイドの言葉に頷く。夏は過ぎたが、そのまま置いておくには不安だ。
「冷やしたほうが美味しいですから」
数時間が過ぎ、天音は本を読みながら冷却されるのを待っていた。
「できましたよ」
ココットとはちみつをもったメイド、ずっと後ろに立っていたエリアスを椅子に座らせた。
「プリン、おいしい……」
「プリン、というのがこの菓子の名前ですか?」
呟いた天音に、エリアスが問いかける。
「はい。ぜひたべてください」
エリアスは真面目な顔で一口含み、やがて笑顔を見せた。
初めて見たエリアスの表情に、天音もつられて破顔した。




