001 プロローグ
「読み終わった……」
夕方の図書館で、天音はそう小さくつぶやいた。
普段なら図書館で声を出したりはしないのだが、今日は仕方がないだろう。なんていったって、お気に入りのシリーズの最終巻を読み終わったのだから。
満足感に浸りながら物語に想いを馳せた。
幸福、快楽、あるいは情報酔いとでもいうのだろうか。すべてがないまぜになった感情に身を任せ、目を瞑る。天音はこの時間に一番幸福を感じられる。何もかも忘れて、遥か遠くの人々が身近になるから。その人々は、天音を裏切らないから。
本を抱え、立ち並ぶ書架のなかを進んでいく。
周りを見回すと、並べられた本の背表紙が目に入った。
天音がよく読むジャンルはライトノベルだ。カバーからも感じられるポップさが魅力の一つで、隅々まで読者を楽しませてくれる。イラストだけでなく、考え抜かれた装丁を眺めるのも好きだ。
次は何を読もうかな。そう考えるだけでわくわくする。
――この本、読みたい。あ、この本も。
図書館は出会いにあふれている。読んだことがない本や、知らないジャンルとの出会いに。
記憶の糸をたどりながら、本の定位置を探す。視界の隅に映り込むタイトルに心惹かれ手を伸ばしかけるが、ぐっと堪える。今から課題を終わらせなければいけないからだ。
――どこ?
見回す限り、本を戻すべき場所が見当たらない。天音のような重度の方向音痴にとっては死活問題である。
天音の住む地域はそれほど都会というわけではないが、生涯学習には力を入れている。そのおかげで大都市レベルの蔵書量を誇る図書館を利用できるのだ。まぁ、今はその広さ故に彷徨っているのだが。
しばらく探し回ると、シリーズの他の巻が見えた。それなりに離れた場所からの目視だが、見間違えることはないだろう。何度も見てきたデザインなのだ。
吸い寄せられるように本棚に向かい、本を隙間に差し込んだ、その瞬間。
「きゃっ!?」
辺り一面は白い光に包まれ、浮遊感が全身を襲う。
天音は反射的に目を覆い、何処かに落ちていく感覚に再び悲鳴をあげた。
明日も更新予定です。




