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第九話 滅びに向かう国

 翌日、早朝。誰よりも早く目覚め、枕元で眠ってるわたあめはそのままに一階へ降りると台所にガイウスが立っていた。朝食の準備中らしく鍋の煮える音や包丁の音が響いていた。


「おはようございます。ガイウスさん」

「ああ、おはようございます。ハヤチさん」


 笑みを浮かべ、一旦手を止めて挨拶を返してくれた。


「何か手伝うことはありますか?」

「……ならこの老爺の話し相手になっていただけませんか?」

「構いませんが……」


 そちらにお座りください。と椅子を指差され、素直に座った。ガイウスの料理は手際が良く、ずっとひとりでやってきたのだろうと分かる。


「ずっとおひとりで?」

「……妻がおりましたが、呪いで魔物の子に腹を食い破られ、亡くなりました」

「……それは、申し訳ありません。聞くべきではありませんでしたね」

「いえ……、そういう身重の女はとても多かったのです。無事出産しても、異形の子も多かった。街全体が、悲しみに包まれたものです」


 なんてことがないようにガイウスは話していたが、横顔から見える目は悲しみを湛えてるように見えた。


「王は百年も前に呪いをかけたと言いますが、ずっと同じ王が治めているのですか?」

「恐らくそうだと思います。王位継承の儀が執り行われたという噂は聞きません。白の方で、魔力も世界でも指折りと聞き及んでおります。妖精の血を引くお方だ。寿命も長いのでしょうな」

「……何故王は、呪いを」

「それが分かれば苦労はしませんよ」


 ははは、と声を上げてガイウスは笑った。ブラックジョークのようなものだったのかもしれない。


「この街も、いずれ本当に誰も居なくなるでしょう。ここは本来美しい街並みを持った場所だったのですよ。今からは想像がつかないでしょうが」

「白い色の壁ばかりでしたね。白はやはり尊ばれるものなのですね」

「ええ、……あなた様は、きっと今まで苦労なされてきたのでしょうな。その色では」


 特別苦労はなかったが、彼からすれば色階のあるこの世界で産まれた人間だと思われているだろう。苦笑いを浮かべてそれなりに、と答えた。


 窓から差し込む光に目を映す。この国にはガラスが存在し流通している。イルガル国でこの国に入る直前で泊まった家にはガラスは存在していなかった。神殿にはガラスがあったが、立ち寄った街や村には無い家もあったと思い出す。


 それを思うと市井の人間の家にもガラスが流通する辺り、メルクト国は高い技術力があった国なのだろう。何故呪いが蔓延しているのか。やはり王都を目指す他、解決の糸口は無いだろう。


 王に会うにしても、イルガル国からの書状を持ってきたから会わせろと言うのも難しいやもしれない。まあ、国民を呪うような王なのだ。水戸場やイザークたちに任せて押し入るくらいしなければ会えないだろう。最終手段として考え、行わず謁見出来るのが一番だが。


「メルクト国は、何が有名だったのですか?」

「ここだと高い鍛治技術が有名でしたよ。ああ、この街はマクリールと言う名の街だったのですがね。他の地域だと養蚕や、綿業だったりですかね」

「ガラスも造られているのですね」

「ええ、古くはイルガル国にも流通させていたのですが、今はとんと」


 メルクト国は国全体が衰退しているのだろう。もう何か産業を起こす力は、この地に残った人間にはない、と見ていいだろう。


 それを知ったイルガル国が攻め入る。と言うシナリオも考えられる。しかもそれに怒った王がイルガル国すら呪うと言うシナリオも。


 下手を打つことは出来ないだろう。我々の働き次第でこの国に蔓延る呪いを解くことも可能かもしれない。


 ……ガイウスはこのままではきっと、ひとりで死んでいくのだろう。それを思うと、どうにかしてやれはしないかと考えてしまう。


「この国の呪いをもし解けたとしても……あなたはひとり死んでいくのですか」

「きっと、そうなるでしょうな」


 ガイウスに思わず問うてしまった。寂しげな横顔を見て、この国の王は人の心が分からないのかもしれないと考えた。


「おはようございます」

「ああ、おはようございます。イザークさん」


 イザークが起きてきたので話は終わる。他のメンツも少しずつ起きてきて、一階が賑やかになる。ガイウスを見ると嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「さあ、朝食が出来ました。運んでくれますかな?」

「ええ」


 椅子から立ち上がって椀によそわれたスープや焼きたてのパンなどを食卓に運ぶ。皆で食事を摂る。飛び交う会話にガイウスは終始笑顔を浮かべていた。本当に嬉しいのだろう。……たった一夜泊めてもらっただけの人間に肩入れするべきでは無いのは分かっている。しかし同情は禁じ得なかった。


 食事を終え、五人で出立の準備をする。家の外へと出てガイウスに礼を言う。


「ガイウス殿、此度は温情感謝いたします」

「いえいえ、わしも、久々の団欒は楽しゅうございました」

「ガイウスさん、この先、この国がどうなるかは分かりません。ですが僕らはあなた方のような方を救いたい。少なくとも、この思いは本物です」

「……ありがとうございます。ほんに、ありがとうございます」


 ガイウスは頭を下げる。目元を抑え、涙を堪えているようだった。


「家族と共にあった頃を思い出しました。この思い出を焚べて、まだ生きてゆけます」

「……それでは我々は」

「どうか、お気をつけて。皆様の旅路に幸多からんことを」


 ガイウスを背に歩みを進め、一度振り返るとガイウスが手を振ってくれた。それに振り返し、路地を出た。


 荒れた道を進み始め、フードに入っているわたあめに道端で引っこ抜いた猫じゃらしを渡すと種を食べ始めたようでぷちぷちと音がする。


「この街を見る限り、もうこの国には先住民だけで再興出来るほどの力はなさそうですね」

「だがイルガル国が介入すべき問題かは、王に謁見してから考えるべきでしょうな」

「これから出会う魔物、全部とは言えないだろうけれど、元人間かもしれないと考えるとやりづれーな」


 道端の猫じゃらしを再び引っこ抜いて振り回しながらそう言うと前を歩いていたリシェが少々項垂れたように見えた。


「まあ魔物はこれからも食うぞ」

「ええ!? そ、そこはハヤチの能力でなんか出してもらって……」

「でもハヤチに猥談話せるの?」

「聞くぞ。何をオカズにしているか」

「ぐ、うう」


 がっはっは! と笑いながら歩いていると隣に来たリシェに頰を引っ張られた。


「なんひゃあ」

「ハヤチだけずるい……恥を犠牲にしなくていいのが!」


 わたあめもそう思うよね〜! とリシェはわたあめに同意を求めたが、ぴ、とだけ鳴いて肯定なのか否定なのか分からない返事をしていた。頬からリシェの手を外し、あのねえと話を切り出す。


「人間、悲しかろうが辛かろうが、食える奴が生き残るんだよ。食えない奴は何やろうが上手くいかねーよ。食わなきゃ死ぬ。そんだけのことなんだよ。食ってのは人生の資本なんだからよ」


 リシェの背中をばん、と叩くと、う、と声を出し、でもお、と弱気だった。


「これをいい経験だと思いな。どんどん食おうぜ人間を!」

「すごいこと言いますね早池さん……」


 流石の水戸場も私の言葉に引き気味であったが、端的に言ってこの国で生きるにはそう言うことであろう。何も間違ったことは言っていない。と弁明したが、水戸場は眼鏡の橋を抑えてため息を吐いた。


「励ますにも言葉を選ぶとかあるでしょうに」

「嘘行ったところでどうにもなんねーもん」

「……まあ、素直なのは美徳と思うこととします」


 街を抜けて街道へと出る。リシェが地図を見て、北の方を指差した。王都への道を進んでいると早速魔物が出てきた。犬に角が生えており、なんと言うか狂犬病にでもかかっていそうな危ない感じがあった。


「はいはいはい! 仕事ですよ早池さん!」

「ぐあああ! 私を最前列に押し出すな!」

「あなた防御力と食料調達以外に役に立っていないじゃないですか!」

「いや結構それ役立ってね!?」

「ちょっと二人とも! 戯れてないで位置に着きなさいな!」


 フェロメナに怒られ私は最前衛へと押し出される。なんか狂犬っぽいし聴き壁があるにしろ咬まれる想像をしてしまい逃げ出したかったが、後ろの四人の目が怖いのでひいひい言いながら飛びかかってきた犬を防ぐ壁になったのだった。


 きゃいん! と鳴きながら私の壁にぶつかった犬はリシェの矢で射抜かれ、フェロメナの魔法で丸焼きになったのだった。


「焼肉の匂いするな。食うか?」

「変な病気を貰いそうで嫌ですねえ」

「こう言う時の鑑定だぞリシェ」

「ええ!? ……何もなかったら食べるの?」

「お昼ご飯にはなるんじゃないかしら」


 リシェに鑑定を頼んで丸焼き犬を鑑定してもらう。特に病気は持っていないとのことであったが、そう言えば、とついでに私の鑑定を頼んだ。


「聴き壁どれくらい溜まってるか見てや」

「いいけどお……」


 リシェが私に鑑定を使うと、聴き壁の数値は五十万ほどになってるらしい。ほぼほぼなんでも防げるのでは? とのことだった。


「なんか聴き壁の他に聴き壁(食物創造)ってスキルあるけれど、初めて見るなあ」

「初めて聞いたなあ」

「便利なんだか不便なんだか分からないスキルですね。相変わらず」

「うるせーやい」


 やはり食物が出てくるのは聴き壁に付随したスキルだったらしい。久々にスキルを見られてやっと正式名称が判明した。どの道話を聞けば防御力は上がるし食物は出てくるし、利益にしかならない能力なので旅においては役立つものだろう。


「この犬どうすんの」

「獣たちが食べるでしょう。進みましょう」

「味見しとかない?」

「……ハヤチさん、流石に悪食すぎるきらいがありますね」


 困り顔のイザークに咎められたが、犬とか食べたことがないので少々味が気になった。が、結局丸焼き犬っころは放置して先に進むこととなったのであった。


 王都まではまだまだ距離がある。これから先も魔物は出てくるだろうが、今までは逸れが出て来ていたが群れの場合もあるだろう。聴き壁の能力をもう少し応用的に使えないかと考えつつ、歩みを再開した。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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