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第八話 瘴気の呪い

「……さん、早池さん、交代ですよ」

「んあ」


 ゆさゆさと体が揺さぶられる。ぴょ、と毛布の中からわたあめが射出された。寝ぼけながらもきゃるきゃると水戸場に文句を言っているようだった。


「わたあめ起きちゃったじゃん。ふああ」

「仕方ないでしょう。あなたの毛布の中に居たんですから。あなたが起きればどの道文句を言われますよ」


 毛布を退けてきゃるると怒っているわたあめの元へとゆく。両手に抱えるとちみちみと肌をちねられ地味に痛い。わたあめを水戸場に差し出すと水戸場は戸惑った表情をした。


「なんですか」

「わたあめと寝といて。あー、私が不寝番しなくて良いならわたあめと寝とくけど」

「……分かりましたよ。わたあめ、来なさい」

「きゃるるるる!」

「嫌だって」

「じゃあ渡すな!」


 うねうねと首を蛇のように動かしながらわたあめは水戸場を威嚇している。何か嫌われるようなことでもしたのだろうか。まあなんにせよわたあめの睡眠時間を削る訳にもいかないので結局水戸場に押し付けて火の元へと向かった。


 後ろから水戸場がわたあめと格闘している声が聞こえてきたが、欠伸が出るし頭はぼやぼやするしであまり気にも留めなかった。


 焚き火の炎を見ていると段々と穏やかな気持ちになってくる。まあ眠気はそこそこあるのだが。


 時間を潰すにしても何もやることもない。スマホでもあればSNS徘徊でもしていただろうが、そんな便利なものはこの世界にはまだ存在していない。夜空を見上げるが、焚き火で星は見えにくいが多少は見える。


 この星々の並びも星座も元の世界とは全く別物なのだろう。月は見えなかったので、木々の陰に隠れたか、新月なのかもしれない。


「ふーん……ふんふふん……」


 鼻歌を歌いながら焚き木を折って火に投げ入れる。一度火の元を離れて自分の荷物を漁って手帳と鉛筆、ナイフを取り出した。火の元に戻って手帳を開き、鉛筆で落書きをする。


 辺り響く音は火のはぜる音と鉛筆が紙を撫ぜる音、時折鉛筆をナイフで削る音だけだった。


 一時間ほど経った辺りで後ろに気配がした。振り返ると寝癖をつけた眠たげなイザークが立っていた。


「どうかした?」

「いや、……少し喉が渇いて」

「そこに水袋あるよ」


 荷物が纏められた場所を指差し、イザークが水を飲む姿を見て手帳に視線を戻した。


 ざり、と近づく足音に意識を向けると、隣にイザークが座った。


「寝ないの」

「少し、話でも」


 こちらを向いて微笑むイザークに、顔がいいと得だなと考えた。心を掴むのに見目がいいとこうも心象がいいものなのかと。


「イザークは、家族は?」

「父と兄がひとり。母は自分を産んですぐに亡くなりました」

「ふうん。うちは両親と兄貴が二人いるよ」

「さぞ、愛されて育ったのでしょう」

「なんで?」

「細かな所作が丁寧です。躾けられたものだと分かりますから」


 あまり気にしたことはなかったが、父は少々礼儀や所作に口うるさい人間だったと思い出す。耳にタコが出来るのではと思うほど言われてきたが、知らぬ間に身についているものなのだな。


「自分の家は牧羊をやっていましたが、父に騎士団に入れられて十にもなる前から見習いをやっていました」

「副騎士団長にもなるんだから、才能も実力もあったんだね」

「どうでしょうか……正直、騎士になる以外の道は考えたこともなかったので、違う生き方をしていたら何をしていたのだろうかと考えることもありました」

「私の家は、父が大工でね。兄貴たちは継ぐのは嫌だって都会に出て行ったよ。まあ、私も特にやりたいこともなかったから、地元の服屋に就職した感じかな」


 服飾科の出だったこともあり服は好きだった。好きなものに囲まれる仕事は良さそうだと思い単純な思考で就職したものだ。召喚される前まで続いていたのだし、性に合っていたのだろう。


「服がお好きなのですか?」

「人並みには。でもこの世界の流行りは分からないから、無事に帰れたら店でも巡って勉強してみようかな」

「……その時は、お供しても?」


 焚き火を見つめるイザークは、手すさびをしながら私にそう言った。自分の年齢を棚に上げて若いなあと考える。副騎士団長と言っても、まだまだ若造に入る年齢だろう。しかし、この世界からしたら結構年嵩が行っている判定なのかもしれない。茶化すのはやめておこうと言葉は飲み込んだ。


「案内してくれるのなら」

「……ありがとうございます」


 ふわりと赤銅色の目を細めて柔らかく笑う。こりゃあ女性ファンが多かったのではなかろうか、と浮かれそうになる自分を律する。


 黒が好きと言うこの世界的には特殊性癖男なわけだから他にも何か隠していても不思議ではない。と失礼なことを考える。


「何かお書きになられていたのですか?」

「わたあめを」

「ああ、可愛らしいですからね。あの子は」

「なんで私に懐いているのか謎ですけどね」

「ふふ、何故でしょうね」


 何か思惑を含んだような笑い方をするイザークだったが、そろそろ寝るとのことで寝床に戻って行った。

 私は空を見上げ、まだ朝日のきざはしは見えないな。とため息を吐いた。







 翌日、私たちは街と思しき場所にたどり着いた。街であると言うより、街だったと言うべき場所に。


「随分と荒れているな……住人は居るのでしょうか?」

「この分だと食料の調達は難しいやもしれませんね」


 石畳の隙間からは雑草が茂り放題だ。街路樹も手入れはされていないようで暴れ放題。街中を散策するが、人気は感じられない。


「遠目に領主の屋敷は見えますが、どうしますか? 尋ねてみますか?」

「いや、この分だと辺境伯すら存在しているか怪しいでしょうな。……今日はどこぞの空き家に泊まりましょう」


 水戸場とイザークが話し合っているのを聴きながら街並みを眺める。白い壁が印象的な建物が多いが、蔦が張っている建物が多い。手入れもされていないのを見るに本当に無人である可能性が高いのだろう。


 ぴ、とローブのフードの中に居たわたあめが鳴いたと思うと地面へと降り立った。ちょこちょこと早歩きでどこぞに行こうとしているので追いかける。


「ごめん! わたあめ追いかける!」

「はあ? ちょ、待ちなさい、早池さん!」


 水戸場の声を背にわたあめを追いかける。結構なすばしっこさで走るものだから追いつくに追いつけない。しばらく路地を進むとどこからか食欲をそそる香りが漂ってきた。


 わたあめが一軒の家の前で止まると、匂いの元はこの家かららしい。後ろから他の四人の足音が聞こえてきたが、わたあめを抱き上げ、気になって戸を叩いた。


 がたん! と大きな音がしたと思えば静かになる。誰ぞ在宅中なのは分かったので勝手に戸を開ける。


「失礼しま〜す……」


 ぎい、と音を立てて戸は開いた。中にはひとりの老爺がこちらを丸い目で見ていた。私を見ると、ひい! と声を上げた。


「こ、黒色! 来るなあ!」

「あ、やべ」


 頭髪を隠すのを忘れていた。今更取り繕ったところでなのでそのまま話しをする。


「あの」

「出て行ってくれ!」

「いや」

「ああ不吉だ。久々の客が黒色だなんて!」

「おい、ジジイ!!!」

「ひ!」


 老爺はかたかたと小さく震え出した。後ろから他の四人も追いついて何事かと家の中を覗き込んできた。


「あ、住人がいらっしゃったのですね」

「ひい! 黒色が二人!?」

「あ、やべ」


 水戸場も頭髪を隠しそびれたらしく、うっかりしていたとでも言いそうな顔をした。一瞬五人で話し合い、イザークが代表して話をすることになった。落ち着きもあるし、桃色の髪だし、この世界の人間にとっては馴染みのある色ではあるだろう。


「ご老人、我々はイルガル国の者です。どうか話を聞いてくださりませんか?」

「い、イルガルの者が何用でここに来たと?」

「メルクト国に流れる瘴気の正体を探りに参った次第です」

「……そう、なのですか。ああ、も、申し訳ありません。尋ね人など久しぶりの上、黒色の者と会うのも久々だったもので、無礼を働きました」


 老爺はイザークの穏やかな口調で落ち着きを取り戻し始めた。戸口ではなんだからと家の中へと招いてくれた。


「自分の名はイザークと。イルガルの騎士です」

「わしはガイウスと申します」

「ご老人、この街に何があったのですか? 街に人の姿が全く見えず、初めて見つけたのがあなた様なのです」

「……呪いでございます」

「呪い?」

「この国は、呪われているのですよ。瘴気もその呪いのひとつなのでございます」


 老爺、ガイウスが言うには、古くに王が国全体に呪いをかけたのだと言う。瘴気に耐えきれず、発狂した者が多かったのかと聞けば、違うのだと言う。


「この瘴気に耐性のない者は、子を産むと、産まれる子は皆魔物の姿で産まれてくるのです」

「ま、魔物の姿で?」

「理性もなく、親の腹を食い破って産まれる子もおりました。結果、人として産まれる者は少なく、魔物として産まれた子は森に放つしかなかったのです。この街も高齢化が進み、無事人間として産まれた若者は数えるほどで、数軒にまとまって住っているくらいなもので」

「……森の、魔物」


 リシェがかたかたと震え出した。肩を抱いてやったが、顔も青ざめ始めた。


「ああ、あなた方、森の魔物を喰ろうたのですね。……それは恐らく、本来人間として産まれるはずだった者でしょうな」

「う、うう」

「リシェ、大丈夫か」


 口元を押さえながらリシェがえづき出す。昨日食ったレッドボアは、元々人間として産まれるはずだった、人間、と言っていいのだろうか。あの味を思い出す。今まで食べてきた肉とは少しばかり違った味で、不味いわけではないが、不思議な味だと思っていた。……人間の、味だったのだろう。


「ご、ごめんなさい。アタシ、外の空気吸ってくる……」

「……リシェ」


 リシェを引き留め、腕にわたあめを抱かせる。


「その子を撫でてあげて。きっと落ち着いてくるから」

「……ありがとう」


 パニック状態に陥った時は、飴などを舐めたり、別のことへと意識を集中させると落ち着くと聞く。わたあめの存在でリシェが落ち着いてくれることを願って外へと送り出した。


「……何故、黒色の方と旅を?」

「この国の瘴気に耐えうることのできる方々だからです。我々もですが」

「……王に謁見をなさるのか?」

「そう考えております」

「王は白の方、百年の時を経ても見目も変わらぬと聴きます。そうすぐに会えるかどうか……王都の様子も分かりませぬ故、申し訳ない、お力になれず」

「良いのです。良いのですよ、ガイウス殿」


 ばさささ、どかどか、と頭上から私の頭を経由して跳ねて食材が降ってきた。痛えよ。今の話が聴き壁に反応したらしい。ガイウスは驚いてはいたが、小麦粉やキャベツやかぼちゃなどなど新鮮な野菜などが多く、それには喜び笑みを浮かべてくれた。


 ガイウスは今日はこの家に泊まるといい、と私たちの滞在を許してくれた。黒に忌避感を持っているのだろうに、それでも他の者と変わらぬ扱いを私や水戸場にしてくれた。


 それほど外部の者に会うのが嬉しかったのかもしれない。


 しばらくして戻ってきたリシェは、表情こそ暗いが、顔色は良くなっていた。リシェに大丈夫かと聞き、食欲はないという彼女を今日は早めに休ませた。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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