第五話 菓子の出どころ
旅立つ日がやって来た。神殿の者たちに見送られ街を出る。
水戸場とイザークは馬車の御者席へと座り、女性陣は後ろの荷台へと乗り込んだ。街が遠くなるのを眺めながら、そう言えばと思い出す。
「この国って王政ですよね?」
「そうよ~。ああ、王様には会わなかったから気になっているの?」
「勇者だろうが簡単に王にお目通叶うわけないって」
異世界転移ものの定番では王から旅立つのだ! と言われそうなものだと思っていたのもあり意外だったが、リシェの言う通りではあるかと納得する。異世界から召喚したとしても素直にこの世界の者に従うとは限らないだろう。従わなかった場合王に刃向かう可能性だって多大にあるのだ。危険を犯してまで会う必要もないだろう。
馬車ががたがたと揺れる。この馬車、行商人でも使いそうな乗り合い馬車なので、御者席にも話は聞こえているだろう。水戸場の黒髪とイザークの桃色の髪が風に揺れている。
「北の国、名前なんですっけ」
「メルクトよ」
「何だって瘴気が溢れているんですかね。原因やはりわからないものなんですかね」
「国境で調査は行ってはいるのだけれどね。アタシも参加していたんだ」
「そうなんですか?」
「一応耐性ある人間が派遣されているんだ。体内に蓄積され続けると、耐性の弱い人間は発狂しちゃう。だから強行手段には出れない。ここに居るアタシたちはかなり耐性があるから無事に首都までは行けるはずだけれど、行くにしても、古い地図頼りだからどうなるか」
「少なくとも百年前から瘴気は存在していたそうよ」
リシェとフェロメナは互いに顔を見合わせた。リシェは国境付近までは行ったことがあるのか。
「向こうの国からこちらに来た方も居るんですよね」
「そうだね。でも皆何も話そうとしない。いや、覚えていないみたいなんだ」
覚えていない。瘴気の影響もあるのかもしれないが、それでも不自然に思える。一体何が起こっているのだろう。まあそれもこの国の者たちが必死に調べているところなのであろうが。
素人が何を考えたところで分かる問題でもないだろう。フェロメナとリシェの話に耳を傾けつつ、外の様子を眺めた。
馬車から見える風景は、長閑な牧草地だった。羊たちが草を喰み駆け回り、のんびりとした時間が流れている。
「ここいらは紡績が盛んなのですか?」
「そうねえ。この辺りの羊毛は質が良いと言われていて名産品なの。肉も勿論食べるけれど、紡績の方が盛んね。わたくしの生家も紡績を生業としているのよ」
「にしてはアンタ、結構言葉遣いが丁寧だよね」
「幼い頃に魔法の才覚が判明して神殿に入れられたから、それで。実家に帰れるのは数年に一度ほどだから、あまり馴染みもないのだけれどね」
でも、とフェロメナが呟く。
「もし神殿に入れられてなければ、私も糸紡ぎをしていたのかしら」
フェロメナの目は何か遠く、あり得はしなかったもしもを見ているようだった。彼女なりに自分の出自や立場に思うところがあるのだろう。
ぽこん、と頭に何かが降って来た。床に落ちたそれを拾ってみるとラムネ菓子の袋だった。今の話でフェロメナの過去に触れ、特殊な話を聴いた判定になったらしい。包装を破ってパックを開ける。手のひらにころころとラムネ菓子を出してフェロメナとリシェに差し出した。
「なんか降って来たけど、それなに?」
「お菓子だよ。食べてみ」
フェロメナとリシェにラムネを渡してから、御者席に居る水戸場とイザークの元へとゆく。菓子を手のひらに出して差し出す。
「ラムネだ。食え」
「何ですか急に。まあ食べますが」
「ありがとう。いただくよ」
元座っていた場所に戻るとラムネを口にした二人が笑みを浮かべていた。
「もっと食べる?」
「食べるう」
リシェとフェロメナに袋を渡して好きに食べてもらう。私は再び外に視線を向けた。
「ハヤチとミトバはどんな世界から来たの?」
「んー……」
「あ、話したくないのならいいのだけれど」
「別に話したくないわけじゃあ無いんだけれど、なんと説明したらいいか。……後で水戸場に聞いてみなよ」
水戸場に説明を丸投げすると水戸場から抗議の声が聞こえて来たが無視をした。私の能力は聴き壁なのだから、自分で語るよりは同郷の水戸場に語らせた方が身にはなるだろう。
「次の街まで後どれほどかかるの?」
「そうだねえ。今日中には無理だから野営を挟むことになるけれど、明日には着くよ」
「やっぱり髪は隠した方がいいよね」
「そうね。心苦しいけれども、隠した方がいいわ」
視界に入る風に揺れる黒髪はこの世界では忌避される色。神様は何故水戸場と私を選んだのだろうか。スキルを前もって付与するのならば、白人種でもよかっただろうに。まあ過ぎたことを言っても仕方がないことではあるが。
馬車は緩やかに予定通り進み、日が傾き始めた頃、野営をしようと馬車は止まる。
ハミを外した馬に飼葉をやり、近場で汲んできた水も置いてやる。近場で焚き木を集め火をつける。夜の帳が下り、辺りには木々の揺れる音が漂っていた。イザークが鍋でスープを作り、干し肉と共に椀を渡された。
五人で食事を囲みながら話をする。
「国境まで馬車を使って一週間ほどかかりますが、途中何地点か街や村に立ち寄って食料の調達を行います。その際は、ミトバさんとハヤチさんには申し訳ありませんが待機をお願いします」
「まあ、色が色ですからね。仕方ないでしょう」
「観光しているわけでもなしだしな。そう言うのは帰って来てからやるよ」
干し肉と格闘しながらそう言うと、イザークは眉尻を下げて申し訳なさそうにする。彼の中では黒を持って生まれると言うことは憐れみの対象らしい。少々腹立たしいとは思うが、この世界では憐れみか、蔑みか。大きく分けてそのどちらかなのだろう。文化なのだから仕方がないことだ。ガキでもないのだから余計な突っ込みなぞ私も水戸場もしなかった。
「この世界って魔物居る?」
「居ますよ。ここいらは平和なものですがね」
「なんか色々跋扈しているのかと思っていたからちょっと拍子抜けだな」
「その分、メルクトは未知の国ですからね。何が出てもおかしくはありません」
この国の中では魔物に遭遇する確率は低いらしい。居る場所には居るとのことだから、森の奥まった場所にさえ行かなければ遭遇しないだろう。その点はホッとした。が、魔物が居ないイコールタダ飯食らいなのは確かなので何かしら来て欲しい気持ちは少々あった。
まあ現状水戸場も同類だからいいか。と水戸場を見て鼻で笑うと、水戸場に睨まれた。
「何か言いたいことが?」
「いや、現状私も水戸場もタダ飯食らいだなって」
「本領を発揮する場に今から行こうと言うのですから仕方ないことです」
「私は今日ラムネ出した」
「ラムネ菓子くらいで自慢げにしないでください」
へへ! と笑ってやると水戸場が益々顔を歪めた。お綺麗なその顔を歪ませるのが楽しくなって来やがった。
「そういえば、どうしてお菓子が出たの?」
「私たまに菓子生産できるんだ」
「随分雑なことを言いますね」
「黙っておけって言ったのお前だろうが」
「……別にいいですよ。話しても」
「ころころ意見変えやがって」
「生産するところ見られたのですからもう隠しておく意味もないでしょう」
水戸場が三人に私の能力は無敵の壁以外に、聴いた話によって食物が出てくると説明をした。三人は頭に疑問符を浮かべていたので試しに水戸場に何か話させることとした。
「水戸場、なんか話せ」
「あなた何様なんですか」
「早池様」
「……あなたと会話をしていると頭が痛くなりそうですよ」
「なんか話せ」
「く……。ぼ、僕は、……高校の卒業式の祝辞の後、トイレに間に合わずゲロを吐きました……」
「うはははははは!!!」
ぽこん、ばらららら、と私の頭の上に菓子やら野菜やらが落ちて来た。ポテチにチョコ菓子に、ほうれん草にじゃがいも。……かぼちゃでも出て来たら首が折れるのではなかろうか。
それを見ていた三人は、驚きの表情を浮かべていた。
「あなたに話すの屈辱的ですね」
「でも食い物に困ったときは皆の話聞いて分散させればがっぽがっぽだよ」
「すごい能力ですのね。……わたくしどももいずれ話さなければならない時が来るのかしら。恥ずかしい話」
フェロメナは頬に手を当てて物憂げな表情をしていた。
「その通り、話し手が恥ずかしければ恥ずかしいほど恐らく色々出る。だから下手に過去話さないでね。反応しちゃうから、ラムネみたいに」
「ああ、あれフェロメナの話に反応して出たんだ。ラムネとか言うお菓子」
各々に話す内容とタイミングはよく考えるように、と釘を刺しておく。あまり日持ちしないものが出ても扱いに困るし、ネタ切れなんて最も避けねばならない。
「なんか過去を話したくなったら水戸場にどうぞ」
「僕はなんでも相談室じゃあないんですがね」
「まあ菓子出るくらいの軽いやつならいいけど。このポテチとチョコ明日のおやつね」
落ちて来た菓子と野菜を食物袋に突っ込んでから食事に戻る。
四人で食事を終えて食器を洗って片付けて、寝支度を整えて不寝番となったイザーク以外眠りにつこうとしていた。
がさ、と草を掻き分ける音が聞こえそちらを見ると、猪のような何かがいた。
「水戸場ァ!!!」
「何ですかうるさい」
「あああああれれれれ」
指さすと同時に猪のような何かが突進して来た。水戸場が私を前へと押し出し、猪と触れるかというところでばちい、と衝撃が走った。私の壁で防いだと分かったと同時に、イザークが剣を手に切り掛かってゆき、フェロメナが火の魔法を放ち、リシェが弓矢を番い放った。
猪のような何かは息絶えたのか地面に倒れ伏した。
「ほへえええ」
「……僕の出る幕もなかったですね」
三人ともよく連携が取れていた。組むのは初めてだろうにこれだとすると、三人とも相当な手練なのだろう。
「大丈夫ですか! ハヤチさん!」
「だ、大丈夫です」
イザークが心配そうに近づいて来た。夜で良かったと思う。返り血が顔や服に飛んでおり、若干刺激が強いと引いていた。
「怪我はない? ミトバ」
「ええ、早池さんが壁になってくださいましたから」
「無敵の壁ってどんなものかと思っていたのだけれど、あの突進も防ぐのねえ。すごいわ」
「へへ、ども……」
美女に褒められ心の中の陰キャが顔を覗かせていたが、後ろにいる水戸場の存在を思い出して振り返った。
「水戸場テメェ!!!」
「あなたの壁を信頼してですよ」
「それでもひと言あるだろうが」
「まあまあ! 落ち着いてハヤチさん! フェロメナ、近場に魔物が居ないか探知出来るか?」
「はい」
私が水戸場に食ってかかっている間に探知の術というものを試したらしく、冷静になってから近場に魔物は居ないから寝ろと言われ、水戸場に義憤を募らせながら眠りについた。
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