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第四話 救世主にはなれない

 水戸場と雑談に興じていると扉をノックする音が聞こえた。水戸場が応えるとイザークと二人の女性が部屋へと入ってきた。


「イザークさん、フェロメナさん、リシェさん、ようこそおいでくださいました」

「ミトバさん、お招きいただき感謝する」


 水戸場が立ち上がったのを見て私もソファから立ち上がり礼をする。


「おかけになってください。ああ、早池さんは僕の隣に」

「ああ」


 水戸場の隣へと移動し、三人を向かいのソファに招いた。大きなソファなので三人掛けてもまだ余裕がある。


「この度は早池さんを含めて顔合わせをと思いましてね」

「初めまして、早池と申します」

「改めて、イザーク・トルドーです」

「わたくしはフェロメナ・ミトルドンと」

「アタシはリシェ・イルミナ。よろしくね」


 フェロメナは銀に水色がかった髪色に、少々眠たげそうな水色の瞳の垂れ目の穏やかそうな女性であった。胸も大きく、体のラインが分かりにくい服でも胸が主張していた。


 リシェは黄緑色の鮮やかな髪色に、つり目気味だが涼やかなクール系の顔立ちをしていた。二人とも美人の部類に入るだろう。


 イザークはにこにこと笑みを浮かべているが、何を考えているのか。少々腹の底が分からない恐怖が私の中に存在していた。


「あ、これお近づきの印にどうぞ」

「これは?」

「棒付きキャンディ」


 先ほどの水戸場の話で出てきたキャンディを三人に差し出すと不思議そうにしながらもそれぞれ受け取ってくれた。


「イザークさんのはソーダ味で、フェロメナさんのはストロベリー、リシェさんのはプリン味です」

「不思議な味のキャンディなのねえ」


 この世界ではあまり一般的ではない味だろう。食べてみるといい。と言えば三人で包装を破って口に入れた。今食うのかよ。


「これはっ」

「美味しい……甘酸っぱさもありつついちごの味もしっかりとある」

「このプリン味とか言うのも面白い! プディングとはちょっと違うのかな」


 三人でからころと口に含んでいるのを見て、なんだか餌付けでもしている気分になってきた。イザークが口を開く。


「自分、子供の時以来ですが、初めてこんなキャンディを食べました。不思議な味ですが、とてもうまい」

「元の世界のものなんですが……あ、たまたま着ていた服に入っていたもので……」

「まあ、飴は置いておいて、これからのことの話でもいたしましょう」


 水戸場が場を仕切る。顔合わせ以外にもやるべきことはあるだろう。


「我々はここより北に位置する瘴気が舞う未踏の地へと行かねばならないわけですが、この場に居る我々は瘴気に耐えうることのできる者たちです。僕とイザークさん、早池さんは前衛で、フェロメナさんとリシェさんは後衛を担っていただくこととなります」

「確か、早池さんは壁のようなものを使えるのでしたね」

「……おや、ご存知でしたか。ええ、今のところは無敵の壁と言ってもいいでしょう。が、不測の事態に陥る場合もありますから、過信はしすぎぬようお願いします」


 まだ話すべきではないと水戸場と話してはいたが向こうは知っていたらしい。司祭のリーバルから聞いた……と言うかもしかすればの以前の話し合いの場にイザークは居合わせていたのかもしれない。騎士たちの顔は兜で見えなかったから、実際居たかは不明だが。


「わたくしとリシェは魔法と弓矢でお手伝いをさせていただきます。それ以外にもリシェには斥候役を担っていただくこととなるでしょう」


 この四人には戦う術があるわけだが、私はほぼ置物のようなものだ。なんとなく居心地が悪い。まあ、食い物が無くなる事態があれば食物を出せるのは強いと思うが、そんな事態にならないことを今から祈る。


「あの、聞いておきたいことが」

「何ですか早池さん」

「開国を頼みに行くとは言いますが、向こうの王様ってどんな方なんですか?」

「それがわたくし共にも分かっていないのです」


 フェロメナが困ったように眉を下げながらそう言う。向こうの国の全貌は未だ分かってはいないらしい。にしても何年も前からそうなのかと聞けば、その通りなのだと答えが返ってくる。


「妖精王とは名ばかりで、一体どんな王なのか、どんな国なのか。分かってはいないのです。瘴気に耐えうる人間が調査に向かっても一向に帰ってくることもなく、今の今まで謎なままなのです」

「瘴気が南下して来ているという報告もあり、なりふり構って居られなくなった我が国がアンタらを呼んだんだよ」


 この国は北の国と一番近くに位置している。瘴気によって村から人が追われる場所も出て来ているらしい。それは確かに早急にどうにかしたほうがいいのだろう。


「分からない尽くしともなると、旅も難航して来そうですね」

「国境までは馬車で向かいますが、近くになったら乗り捨てます。馬が瘴気に耐えられないのです」

「少人数にはなりますが、瘴気に耐えうることの出来る人間は稀です。お二方もどうかご助力願います」


 イザークが頭を下げる。水戸場と顔を見合わせてから、お願いしますと告げる。


「僕と早池さんも、タダ飯食らいでいたいわけではありませんからねえ。まあ、後々無事に帰って来た際には、一生困らないだけの生活の保証はしていただけるようですので、働ける分は働きます」

「初耳なんだが」

「交渉の際、あなたどこぞを彷徨いて居ましたからねえ」


 水戸場の交渉は兎も角とし、一週間後にここから旅立つそうだ。早いなとは思ったが拒否出来る立場でもない。防具や武器などは数日中に支給されるとのことで、残りの日数どうするか。と考える。


「そうだ、今から街へと行きませんか?」

「そう言えばそんな話上がってましたねえ」


 イザークの提案に水戸場と私は乗ることとし、部屋に戻って髪隠しのローブなどを持って来ると早速行ってみようとの話になった。


 まあこの五人でこれから行動をするのならば、各々の性格や癖なの分かっていいかもしれない。


 神殿を出ると眼下に広く大きな街が広がっている。結構な高台にあるらしい。こりゃあ帰りは息も絶え絶えだ。今からそれを想像してげんなりしてきた。


「行きますよ。早池さん」

「へいへい」


 先をゆく四人に駆けて追いつく。しばらく林の中の道を進んでいくと、大きな門が見えて来た。イザークが門番に何やら説明すると門が開いてゆく。再び歩みを再開し、舗装された道を進んでゆくと街に出た。


 街並みは近世ヨーロッパとでも言うか。レンガ造りの家々の並ぶ街並みに舗装された道。人々は活気にあふれ、これから妖精王何某の元へと旅立つテンションだだ下がりの私とは正反対であった。


「ハヤチさん」

「何ですか? イザークさん」

「何か菓子でもどうですか? 飴の礼です」


 隣にやって来たイザークの頭は随分と高い位置にある。日本人女性平均身長であった私からすると、フェロメナもリシェも身長は高めだと思っていたが、イザークも相当高い。水戸場も高めだと思ったが、イザークほどではないだろう。


「おすすめありますか?」

「揚げたてのドーナツなどどうでしょうか」

「おお、そりゃあ魅力的な」


 待っていてくれ。とイザークは水戸場たちに声をかけてから菓子店らしき店の方へと向かっていった。


「イザークさんどうなさったんです?」

「飴の礼にドーナツでもどう? って」

「揚げ物ですか……まあいいでしょう。その土地の名産品を知るのは面白いですからね」

「あの店、有名店だよ。美味しいんだから」


 リシェが私の隣でにこりと笑みを浮かべた。隣に立つとわかるが、恐らく百七十ほど身長がありそうだ。フェロメナはもっとありそうなので百七十五ほどか。


 なんて思っているとイザークが駆けて戻って来た。各々に紙袋から出したドーナツを渡し、私にもくれる。


 包み紙の上からでも揚げたてだと分かる熱さが伝わって来る。ひと口頬張ると小麦と砂糖の甘さが口の中に広がった。


「美味しい」

「よかった。自分も好きなんです。あそこのドーナツ」

「いい小麦を使っているのですね。小麦粉の風味が鼻を抜けます」


 カロリー爆弾なのは今は目を瞑ろう。そもそも神殿では果物以外にあまり甘いものは出なかったのもあり、久々の甘味に舌が喜んでいる。


「広場に行きませんか? 平和を願う鐘があるのですよ」


 フェロメナがドーナツを頬張りながら提案をして来た。拒否する理由もないので広場の向かうことになった。


 フェロメナが歩きながら説明をしてくれた。


 古くに大戦があった際、人々を導いたひとりの救世の乙女がいたのだそうだ。その乙女は鐘の付いた不思議な錫杖のようなものを持っており、その音をひとたび聞くと人々は争いを辞めたらしい。それを模した鐘が広場にあるらしく、観光名所となっているのだとか。


 ほへ〜と呑気に話を聞いていると、水戸場に小突かれた。


「そんな気の抜けた顔をしないでください。僕も呑気だと思われるでしょう」

「思われないだろ」

「はあ、あなたは僕と同郷なのですよ。同じ括りなんですから思う人間も居ます」

「あはは、そんなことはありませんよ。ミトバさん」


 少なくとも自分たちはね。とイザークが助け舟を出してくれたが、水戸場は納得がいってなさそうな顔をしている。


 そうこうしているうちに広場に到着した。広場の真ん中には一メートルくらいの大きさの鐘が安置されている。どうやら誰でも鳴らしていいらしく、鐘の音がごーんと響いている。


「あの鐘を鳴らすと幸福が訪れると言われているのですよ」

「水戸場〜鳴らしてこようぜ!」

「何でそんなにはしゃいでいるんですか?」


 そんなもん、人間なんだから未知のもののはわくわくするものだろう。と言えば水戸場は首を捻っていた。水戸場は行く気がないらしく、代わりにイザークがついて来てくれた。


 鐘の下に行き垂らされた縄を引こうとすると非力すぎてあまり動かない。見兼ねたイザークが私と共に縄を引っ張ってくれた。


 ゴーン、ゴーン、と鐘が鳴り、音のデカさに笑っているとリシェも駆けてやって来て一緒に鳴らしてくれた。


 水戸場たちの元へと戻ると呆れた表情の水戸場が私を見た。


「あなた、周りの人間に田舎者と思われていることでしょうね」

「神殿の服着てるし箱入り程度だろ」

「……平和の鐘、ですか」


 今現在、ここは平和なのだろう。しかしそれが今少しずつ脅かされようとしている。この街から人が消える可能性も少なからずあるのだ。別に、使命感を感じている訳ではない。何だったら面倒だなくらいに考えている。けれど、人の笑みが消えるのは簡単なもので。今誰かが動かなければその簡単なことが起こりうる。


 救世主になりたいわけじゃない。囃し立てられたいわけでもない。でも、自分にしか出来ないと言うのならば、やったほうがいいよなあ。と。仕方ないからと言う考えではあった。


 選ばれたのが私でなく水戸場でも、まあ同郷だし着いていってやるか。くらいの情はある。


 救世の乙女にはなれない。ただの人間なのだし。でも両の手に入る人間くらいは救ってやりたい。こぼれ落ちる人々は救えなくても、大切かもしれない。と思える人たちくらいは。


 フェロメナとリシェが鐘を鳴らしている。それを見ながら、この平穏を目に焼き付けておこうと見つめ続けた。


「次、どこ行く?」

「そうですね。商店が並ぶ通りはありますか? イザークさん」

「ええ、ご案内します」


 その後夕方まで街を彷徨いて、神殿までの坂にひいひい言いながら神殿に帰り着くのだった。帰り着いてからは部屋に戻って夕食を摂ってから泥のように眠った。

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