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第二十二話 別れの餞別

「この書状を託す。イルガル国に伝えてくれ。瘴気は消え去り、人間が狂うことは無くなった。再び友として歩んでいけることを願っていると」

「確かに、拝受いたしました」


 王の間で、王座に座るアルベドがそう告げ、イザークが片膝を着いて頭を垂れながら書状を受け取る。そうして再びアルベドが口を開いた。


「この度の無礼、どうか許してくれ。僕は人間を憎むべき者だと思い込んでいた。しかし、それが間違いであったことに気が付いた。貴殿らの働きかけのおかげだ。礼を言わせてもらう」

「我々は何もしてはおりません。……ハヤチ殿があなた様に、アルベド王、あなた様の御心に触れたのです。我々はただ、見ていただけでした」

「……いや、貴殿らの働きもあってのことだ。……ありがとう。やっと視界の靄が晴れた」


 そうして、メルクト国は開国へと進んでいくこととなった。妖精国となった今、どれほど国を興せるかはアルベドの手腕にかかっているだろう。この開国を機に人間が流入して来たとして、この国がどうなるか今は分からない。悪意ある者も立ち入ることとなるかもしれない。それでもアルベドは国を守ってゆくだろう。人間を愛せるかは、まだ分からないが。


 数日後、王都を発つと言う四人に別れを告げるために城の入り口まで私はアガタを連れてやって来ていた。私がこの国に残留するのは既に伝え、祝福の言葉ももらっていた。


「いやー、良かったね。国に良い知らせを持って帰れるようで」

「そうですな。これからこの国は様変わりするでしょうが、今の王ならばきっと心配は要らぬでしょう」

「ハヤチ、わたあめ、元気でねえ」

「いつかまた、会える時を願っていますわ」


 わたあめは私の肩できゃん! とひと鳴きする。リシェとフェロメナとハグをする。頬に口付けをもらって離れ、元気でと言葉をかける。


「ミトバは何か言っておくことないの?」


 リシェが水戸場に言葉を急かすが、私から話を切り出した。


「ねえ、水戸場、この国に残らない?」

「僕が、ですか?」


 元々もっと早くに伝えようと思っていたのだが、どうにも忙しそうで話を切り出すタイミングを見失っていたのだ。水戸場は既に旅装束だし、この国を去るつもりだったのだろう。私の提案に目を丸くしていた。


「正直ね。水戸場がイルガル国に戻っても、色階の強いイルガルでは風当たりが強いんじゃあないかと思うんだよ。その分、この国では黒は白と同様に尊ばれる。この国の方が生活しやすいと思うんだ」

「……しかし」

「確かに、褒美を与えられたとしても、今現在でも黒は生きにくい国です。……ミトバさん、この案に乗っても、我らは引き止めません」


 イザークの言葉に水戸場の瞳が揺らいだのを見た。例え水戸場が強い人間であっても、脆い部分はどこかしろあるものだ。水戸場は気丈に振る舞うだろうが傷付くことだってあるはずだ。


「元の世界にも帰れない。私を殺そうとした国だよ? あの国で生きるくらいなら、その人生、この国で生きてみない?」

「……この国での処遇は?」

「私のもうひとりの騎士になってもらう。元々妃になるなら増員されるはずだったんだ。だから水戸場ひとり増えても構わない。なんならアンタは勇者様なんだしさ」


 水戸場のスキルはこの世界の人間の中では飛び抜けているだろう。一騎当千の力はあるはずだ。人間であっても水戸場は黒だ。この城の妖精が水戸場を雑に扱うことはない。


「……わかりました」

「いいのか?」

「ええ、イルガル国に帰って褒美を貰えたとしても些細なものでしょう。あの国、少々ケチくさい気がするので。だったら未来の王妃に仕える騎士になった方が格好がつく」

「ははっ、……ありがとう。水戸場」


 水戸場は私の元へと近づき、私が差し出した手を取り握手を交わした。


「頼みますよ。主様。それに、アガタさんに騎士としての教えをご教授頂いても?」

「ああ、構わん」

「ありがとうございます」


 水戸場は私の隣に並んで、三人となった仲間の見送りをする。言葉を交わし、この別れを惜しむように、強く握手を交わした。

 その中でイザークは、私の手を取って口付けを落とした。少しばかりの悲しみをその目に滲ませて、お元気で。と囁いた。……私はイザークの想いには応えてやれなかった。ありがとう。と強く手を握って額に押し付け、笑みを浮かべて、また。と呟いた。

 そうして気丈な笑みを浮かべて三人は並び立ち別れを告げた。


「それでは、我々はこれで」

「あ、最後の餞別」

「何かしら?」

「私たちの本当の名前を教えてあげる」

「ええ!? ミトバとハヤチって本名じゃなかったの!?」


 リシェの驚きに、水戸場と顔を見合わせて笑った。これはお互い苗字なのだと言うと、先に言って欲しかったとリシェはむくれた。


「私の名前は誠、早池誠」

「僕の名は水戸場翼です」

「マコトさんに、ツバサさんですか……」

「良い名前ね」

「これは、最後に良い餞別を貰ったね」


 三人で顔を見合わせてくすくすと笑っている。三人は私たちに向き直ると、手を振って別れを告げた。


「マコト! ツバサ! また会おうね!」

「お二人ともお元気で!」

「家出したくなったら神殿にでもいらっしゃい」

「またね! 皆!」

「再び会える日を夢見ています。また」


 三人の背がどんどん離れてゆく。時たま振り返って手を振り、振り返し、遠く遠くに消えて行った。


「……戻ろうか」

「ええ」


 水戸場とアガタを連れ、城の中へと戻る。自室を目指すが、その道すがらで水戸場と会話を交わす。


「まさか本当に残ってくれるとはね」

「黒が住みよい国の方が僕も住みたいですからね」

「……やはり、人間は色階にうるさいものなのですか」

「イルガル国から出るまでは、フードを深く被ったり、こそこそ移動していましたよ」


 アガタの問いに水戸場が答える。あれは面倒だった。と水戸場が言うのが意外であった。やはりそれなりに思うところは多かったらしい。


「彼ら、国境までの馬車を断って歩きで帰りましたが、良かったんですかねえ」

「多分、立ち寄って来た街が気になるんだと思うよ。隠れ住んでいた人間の人たちのこと」

「彼らも案外お人好しだ。……既に獣となった者は戻ることはないでしょうが、それでもこれから産まれてくる子供に、幸いがあれば良いですね」

「……そうだね」


 もうこの国では人間から獣が産まれることはない。しかし、今残ってる人間の数では、人間が再び妖精たちを上回る人口になるにはかなりの年数がかかるだろう。何世代も経て、人間たちは再びこの地に立つ。街の妖精たちの中に人間が混じり、妖精と語らい、妖精と結ばれる。そんな日が訪れることを願っている。


 人間が妖精王と結ばれるのだから、そんな未来を夢想したって、良いではないか。


「人間と結ばれる妖精王、これは良い吟遊詩人でも呼んで歌を作らせるべきではありませんか?」

「吟遊詩人?」

「吟遊詩人の力はそれなりに必要かと思いますよ。例え夢物語のような語りであっても、彼らは情報通ですからね。その情報通の歌を聴いて人々は現実を物語と錯覚し、なんて素敵なのだろう。と心を躍らせるものです」

「そんなもんかねえ」

「きっと若い娘には人気が出ますよ」


 水戸場の話に、アガタにそう言うものなのかと聞くと、そう言う側面も確かにあるのだそうだ。吟遊詩人と聞くと歌ってばかりのチャランポランというイメージが強かったが、認識を改めた方がいいな。と考えた。


 自室に帰り着いて、水戸場とアガタを招く。水戸場だけ招くと嫁入り前の女が、と言われかねない。面倒な立場を受け入れてしまったものだな。


 ソファにわたあめを下ろすと床に降りてベッドの方へと駆けて行った。枕の上で丸くなったのを見て、水戸場と向かい合ってソファに座った。


「そういえば、アルベド王には僕の話は通していたんですか?」

「うん。引き止めたい奴がいるって」

「ならばいいのですが……ですが仮にも僕は王に凶刃を向けた人間ですよ。恨まれていたらあなたに損害賠償でも請求しますからね」

「そこまで心狭え妖精じゃあねえよアルベドは」

「百年もこの地の人間を呪っていたのに心が広いわけないじゃないですか」

「言うねえ〜水戸場くん」


 がっはっは、と笑っていると、扉をノックする音が聞こえて来た。どうぞ、と声をかけると噂をすれば影、アルベドの登場であった。子供の姿で白い髪を靡かせながら部屋へと入ってきた。


「おお、戻っていたか」

「どうかした?」

「いや、ミトバを引き止められたのかと思ってな。ミトバ、よく残ってくれた」

「……アルベド王。この場を借り、謝罪をいたします。王に凶刃を向けたこと、大変申し訳ありませんでした」

「気にしてはいない。あれはハヤチの言うパーティーだったのだからな」


 困ったような笑みを浮かべるアルベドに、この分だったら水戸場との確執もないだろうと安心をした。一方水戸場は意外にも気まずそうな顔をしていた。お前にも気まずいと言う感情はあるのだな。と私は不遜な笑みを浮かべた。


「……早池さん、なんですか、その笑みは」

「え? べっつにー?」

「まあまあ、ハヤチにも気心の知れた者がいた方がいいと思っていたのだ。ミトバ、しばらくは騎士の心構えを学んで、ハヤチの騎士となってくれるか?」

「ええ、構いません」


 水戸場の隣にアルベドが座る。アルベドはじろじろと水戸場を見て、ふむ、と何かを考えているようだった。


「悪役令嬢お兄さんと聞いていたが、悪役がどうこうは分からぬが、美しい見目をしているな」

「どうも……」

「騎士として前に出るのには、見目の力も有効だ。そう言う時はその顔で相手を絶対零度の目で睨みつけてやれ、顔が整っている者のそれは効くぞ」

「はあ……そうですかね」

「ぶふう!」


 水戸場なりに申し訳ないと思っているだろうために、いつもの嫌味な部分が顔を隠している。噴き出すと水戸場に睨まれた。


「そうそう、そう言う目をするといい」

「あの、アルベド王。未来の伴侶を睨む輩を許していいのですか?」

「……実を言うとな」

「はい」

「ひと目見た時から思っていたのだが、お前の顔立ちは母に良く似ているのだ。だからなんと言うか、懐かしい気分になってくる」


 困ったような笑みを浮かべるアルベドにそう言われ、水戸場は、はあ。と納得が言っていないようであった。


「母君の肖像画などあるのですか?」

「見に行くか? 廊下の一角に飾ってあるぞ」

「あ、見たいなそれ。どれほど似ているのか」


 と言うことで四人揃って部屋を出て肖像画の飾ってあると言う廊下を目指す。

 目的の廊下には、王と王の伴侶である妃の肖像画が向かい合わせで並んでいた。歴代の王を見るに白が多いが、白以外の髪色の王も時たま見てとれた。そうしてアルベドの父王とアルベドの母の肖像画の前に来て、私は吹き出した。


「なっはっはっは! 水戸場! 水戸場ダァ!」

「……正直、恐ろしいくらい僕に似ていますね」


 黒く長い髪に、涼しげだが美しい顔をしたアルベドの母。水戸場にそっくりであった。父王の方を見るとイケメンではあったが、アルベドはどちらかと言うと父王に似ているらしいと分かる。


「なんと言うか、こうも似ているとハヤチの騎士ではなく、僕の騎士にしたくなってくるな」

「駄目だよアルベド。こんなおもしろ悪役令嬢お兄さんは私の騎士だよ」

「……失礼ながら、王。ここは王と妃の肖像を飾る廊下。王の母君は妾だったと聞き及んでいるのですが」

「王妃の肖像なぞ、僕が王位に着いた際に焼いてしまった。代わりにこれを描かせたのだ」


 私がひいひいと笑っているうちに話は進んでいたが、でも、と口を出す。


「父王を憎んでいた割には焼かなかったんだね。肖像画」

「……本当はここの全ての肖像を焼いても良かった」


 アルベドは父王の肖像画を見上げながら話し出す。


「血の力とは強いものだ。幾年過ぎようが、似た顔が産まれてくることもある。僕は母よりも父に似た。男だからと言うのもあるだろうが、この顔を憎らしいと思った時もあった。……だがもし、僕が伴侶を得た時、子が産まれその子が大きくなった時、一族の肖像がないのは寂しいものかも知れぬと思ってな。……そんな気まぐれで残していただけなのだ」


 しみじみと言うようにそう語るアルベドに、水戸場は、僕も、と話を切り出した。


「……僕にも、その気持ちは分かるかも知れません。僕は父にも母にも似ずに産まれたので、母の不貞を父が疑ったそうです。しかし古い写真……肖像を探して僕に似た顔の女性が一族におりました。祖母の妹だったそうです。自分のルーツを知りたいと思う時は、誰にでもあり得ることですからね」


 あなたは良い判断をしたと思いますよ。と水戸場はアルベドに告げた。そうか、とアルベドが呟いて父王の肖像画を見上げていた。


「燃さずに良かったなと、ミトバの話を聞いて思ったよ」

「……ええ」


 これからここにアルベドと私の肖像画が飾られることとなるのだろうか。それを思うとなんだか不思議であったが、私も誰かに血を繋いでいく。ずっとずっと、未来までアルベドの血が残ればいいと、そんなことを考えた。


「そういえば」

「ん? なんだミトバ」

「僕の本名、伝えておいた方がよろしいですか?」

「ほんみょう」

「……その反応だと、ハヤチさんも下の名前言っていないんですね」

「忘れてた」

「ハヤチが名前では無かったのか!?」

「ファミリーネームです。水戸場も早池も」


 水戸場がそう告げるとショックを受けたような表情をアルベドはしていた。


「そんな、未来を誓い合った仲なのに……」

「言うから言うから! 早池誠です!」

「水戸場翼です」

「うう……、マコト……ツバサ……、! もしや僕よりも前にあの三人に伝えたのではないだろうな!」


 あの三人、恐らくイザークたちのことであろう。伝えちゃったと言うと、アルベドは地団駄を踏んだ。今の見目には相応の反応であったが、成人姿でも見たさが湧き上がった。


「狡いぞ!」

「まあ、今名前知れて良かったんじゃないですか? 早池さん、多分一生忘れて言わない可能性ありましたし」

「そこまで馬鹿じゃねえよ! 水戸場ァ!」

「いや、あなた馬鹿でしょう」

「喧嘩買うぞオラ」


 水戸場と喧嘩が勃発しようとしていたが、アルベドに仲裁され拳は戻した。握ったままではあるしガンをつけまくっていたが。


「ま、まあ、僕もこれからはマコトと呼ぼう。いいか?」

「いいよー」

「その軽さなんとかしてくださいよ。あなた王妃になるんですから」

「はっはっは」


 四人で部屋へと戻ろうと肖像画の並ぶ廊下を後にした。向かい合わせの肖像画は、永遠にあなただけを見つめている。と言うことなのかもな。とぼんやりと考える。それを思うと父王の目の前に母親の肖像画飾るアルベド結構鬼畜だな? などと失礼なことを考えていた。

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