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第二話 桃色の騎士

「あなた、僕の下の名前、覚えていませんね?」

「うん」


 見慣れぬ食事を前に与えられた部屋で、別室からやって来た水戸場にそう問われ素直に返事を返した。水戸場はそれを聞くと端正な顔立ちを歪め、眼鏡の奥の涼しげだが目力の強い目が吊り上がった。


「その上、僕には下の名も名乗っていないと思うのですが」

「そうだっけ?」

「そうですよ。全く……、僕の名は」

「いーいー、聞かなくていい」

「はあ?」


 水戸場は眉を吊り上げて私を睨んでいたが、一旦口に入れたものを咀嚼してから再び話し出す。


「水戸場さん、別に仲良しこよしでやって行く必要もないでしょうよ」

「ある程度交流を深めた方が、お互い考えの齟齬も発生せず柔軟に交流できますよ」

「それ、名前知って居てもそうでなくとも出来ますよね?」


 目を細めて私を見下すような冷めた感情を瞳から感じたが、別にこいつにどう思われようが構わない。と言うのが私の考えだ。


「早池さん、あなた、これから他三人を加えた五人で旅をせねばならないのですよ。今からそんな単独行動を取られても困ります」

「別に意識が単独行動して居たところで、私はあんたらの壁役でしかないんだし良くねえか?」

「僕はリーダーにならねばならないのですよ」

「リーダーには有無を言わず従えと?」

「そんな言い方」


 なんとなく考えて居たのだが、こいつ勇者パーティをまとめる役よりも悪役令嬢の方が似合いそうな見目をしている。男ではあるが。


「水戸場さん。我々はこちらの勝手な理由で勝手に召喚された訳ですよ。素直に従うんですね。あなたは」

「我々は立場が危ういんですよ。元に、あなたは殺されかけたじゃないか」

「まあ、その上この国だか世界にとっては忌色の黒ですしねえ」

「分かっているのなら何故」

「人って従いたくないなって場面ありますでしょう。あなたと違って私は本来必要ない存在です。そう彼らも判断したから殺されかけた。そいつらに従ってやる義理なんてないんですよ。私には」


 は。と手を払いながらそう言えば、水戸場は憤慨しそうな程怒気を孕んだ表情を浮かべた。可哀想な勇者だ。本来最初の仲間になるであろう私は反抗心たっぷりで、彼のこれからが思いやられるものである。


 食事に意識を戻し、水戸場の話をもう聞く気はないと態度で明らかにすれば、水戸場は何も言わずに部屋を出て行った。


 彼は頭が良いのだろう。多少は血の気は多そうではあるが、見目も良いしほか三人からは慕われるのではと思う腰の低さもある。わざわざ私なんぞの為に時間を作ってここにやってきた。その意思を汲んで名前を教えてやっても良かった。水戸場とはそう険悪な仲になる必要性も見当たらなかった。


 ただ殺されかけた。それだけだ。それだけの憎しみや恐怖だけで、彼の善意を払いのけたのだ。我ながら馬鹿ではある。


 だが彼も私を無碍には出来ないだろう。勇者パーティのタンク役。他のメンツの能力は知らないが、彼には私が居なければならない。まあ、その必要もそのうち無くなることであろうが。


 側仕えの人に食べ終えた食器を下げて貰っている間、私は外に出る用意をしていた。聴き壁の能力は話を聞くことで貯めることができる。だったら多く人が居る場に行った方がいい。と考え深くローブを被って騎士の修練場にでも行こうと思っていた。あそこは神殿の中では一番無駄話多い。旅立つまでしばらくあるとは言え、時間は無駄には出来ない。貯めるだけ貯めておこう。と部屋を出ようとすると扉の前に人が立っていた。


「早池さん」

「うわっ、何だ水戸場さんか」

「僕も行きます」

「は?」

「あなたいつも騎士たちの会話を耳にする為に修練場に行っているでしょう。僕も訓練がありますから」

「だったらひとりで良いのでは」

「あなたの能力の足しくらいにはなるでしょう。僕の無駄話でも、ね」


 先程の怒気を含んで表情は何処へやら。水戸場はそれは美しい笑みを浮かべていた。それに呆れつつも断る理由もない。と否定はせずに部屋を出て歩き出した。


「水戸場さん」

「さんは結構です。以前のように呼び捨てで」

「はあ……、水戸場は、今訓練を?」

「ええ、僕は運動は然程な人間でしたが、何がどうなったのか体がよく動きます」

「へえ。魔法も使えるんだっけ?」

「可哀想に、黒を持っているのにあなたは使えませんものねえ」

「その代わりが聴き壁なんだろうが」


 聴き壁の能力は神殿の者を立ち合わせて昨日試した。剣撃も魔法もどちらも通すことのない無敵の盾。と言って良いだろう。水戸場は立ち会わなかったものの話は聞いていたらしい。


「これ以上の無敵の盾に仕上げるには話を聞かねばならない。だったら人が多い場所へ。単純な考えですねえ」

「さっきのこと気にしてんのか」

「いいえ」


 にっこりと美しい笑みを浮かべる男だ。こいつ何を考えているのだろうか。正直読めなくなってきた。


「今、聞いた話の種類で何か変わるのかどうか。を試していらっしゃるのでしたね?」

「……側仕え、随分と口が軽いものですね」

「ふふ、彼らを恨まないでくださいね。僕が聴きたいと頼み込んだのですから」

「本当……悪役令嬢みてえ」

「……何です? 悪役令嬢とは」


 急にきょとんとした表情になる水戸場に、こいつマジかと顔を押さえた。


 先日の召喚の際にゲーム脳だのラノベ脳だのと謗ったが、成程彼にはあまり通じて居なかったらしい。そう言う知識がないのだ。それを受け入れると自分が何だか汚れているような気がしてくる。ネットの海で散々汚れを摂取してきたのもあり。


 何だってこいつ、この顔でそう言う知識がないのであろうか。いや、この顔だから良いところのお坊ちゃんだったのかもしれない。


「水戸場さんって、良いところの坊ちゃん?」

「流石の僕でもそれは馬鹿にしていると分かりますよ」

「ネットスラング疎いんだね」

「ネットスラング、ですか。情報収集以外に使いませんからねえ、ネットは」

「情報収集でネットスラングに当たらないのすごいな」


 一体何を調べて居たのやら。まあ彼は二十そこそこの若者に見える。自分よりも歳下というのもあり多少歳が違えば齟齬もあるだろうと自分に言い聞かせた。


「修練場って指導してくれる方が待ってるの」

「ええ、副騎士団長を務めている方が。その方、僕らの旅に同行する方のひとりだそうですよ」

「じゃあ顔合わせさせようと思って着いてきてるわけ?」

「まあそれもありますが。他の二人もこの神殿にいらっしゃるそうで、近々顔合わせがあるそうですよ」

「旅まで無きゃあ困りますよ」


 神殿の廊下にかつかつと靴音が響く。白白としたこの廊下は、白を尊ぶ文化を踏まえて出来たものなのかもしれないと考える。確かに色と言うのは元の世界でも度々重要視されることはあった。結婚式には花嫁よりも地味な色を、や、葬式には黒を。なんて人生の節目には重要視される場面もあった。


 色を尊ぶと言うのも、言われれば分かるかもしれない。と感じる話ではあった。


「何をお考えで?」

「いや、色を尊ぶってのも、言われれば分かるかもなと。日本にも昔あったでしょう。色によって階級が違う役職とか」

「冠位十二階ですね。確かに分からない話ではありませんよね」

「まあ、私たちの世界では人が持つ色は限られて居ましたけれど、だったら流行らなかったのも分からんでもない」

「この国の方は色鮮やかですからねえ」


 今まで側仕えや神殿の人間を見て居て考えたが、確かに色鮮やかだ。赤であったり緑であったりと。面白いものだとは思うが、自分の持つ色で勝手に色階を決められると言うのも中々に嫌な文化に思える。


「勝手にその人が持っている色で差別すると言う文化も中々にレイシズムですね」

「生まれながらの考えはそう簡単に変えられるものではありませんよ」


 彼らを不憫に思うように、彼らも我々を不憫と思って居ますよ。と水戸場は何の色も感じない目で呟いた。


 しばらく歩けば遠くから木剣の交わる音が聞こえてきた。かんかんかん、と絶えず音が溢れ出し、人の掛け声だったりと喧騒も混じり出す。


「早池さん」

「……何」

「話を聞いても数値の増え方と言うのは分からないものなのですね」

「そうだねえ。今のところは」

「近々、あなたの能力をもう少し試してみましょうか。何か分かればそれだけで御の字です」


 修練場に入る。水戸場があるひとりを認めてそちらに行く。振り返って私を呼ぶので渋々行けば、赤……というか桃色のような髪色の強面の騎士が手を胸に当てて礼をした。


「ハヤチさん。初めまして。旅を共にするイザーク・トルドーと申します」

「ああ、早池です。初めまして」

「先程言ったように、イザークさんはこの国の聖騎士団の副騎士団長を務めていらっしゃる方です。強さに関しては折り紙付きと言って良いでしょう」

「私はそう強い人間でもありませんよ」

「何をおっしゃいますか」


 二人でおべっかを言い始めた辺りで意識を周りに向ける。やはり私と水戸場の色について話している言葉が聞こえてくる。あまり気持ちの良いものでもないが、聞かぬよりはマシ、の気持ちで聞いていると、水戸場に話しかけられた。


「やはりこの国の文化を知る上でも、街に出向く必要があるとは思いませんか?」

「え? 街に行くの?」

「嫌なのですか? 街なんて噂話の宝庫でしょう。あなたの聴き壁の糧になりますよ」

「なんのかなあ」


 呆れつつも、近く街に出向こうと言う話を二人はしている。と言うか、水戸場のやつ、私に勇者パーティに協力する件で振られた癖に意に返していない。結構肝が据わっているやつである。


 一方で私としても勇者パーティへの協力は嫌ではあるが、別にそれ以外だとこいつを拒否する理由もないのだ。が、これが遠回しに協力してやっていることになるのだろうかと、考えるのが面倒になってきた。


「ハヤチさん」

「あ、はい」

「……やはり、お二人の黒は見惚れますね」


 にこ……、と点描でも飛んでいそうな邪気のない笑みに、中々こいつも強かなやつなのやもしれない。と考える。


 国や世界で古くから忌むべき色とされてきた文化に抗い、黒を美しいと思うと言うのは皮肉で言っているか、異常者のどちらかに思える。最も、彼が新しい文化を厭わない心が清い者である可能性もありはしたが、その線は薄いと思えた。


 その後は水戸場とイザークの立ち合いをベンチに座って見ながら、修練場の喧騒に耳を傾けた。

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