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第十九話 盲目

 スピネルの指輪。解呪のまじないの魔道具。拾った当時、なんとなく鑑定のスキルを持っていたリシェにも見せなかった。と言うかパーティのメンバーはこの指輪の存在を知らないだろう。


 これがあれば牢にかかっているまじないが解けるかもしれない。しかし彼らを逃したところで逃げられる場所なぞこの城にも王都にもあるか不明である。


 それでも、やらなければならない。仲間たちを解放する手立てが自身の手の内にあるのだから。


 夜中になるまで布団の中で考え事をしていた。胸の上で眠るわたあめを撫でているとトクトクと人間よりも早い鼓動が手に伝わってくる。生の暖かさも滑らかな肌触りも触っていると落ち着いてくる。


 夜半に起き出してわたあめを枕元に移動させるが、わたあめは寝ぼけたように、ぴ、と鳴き私の肩に留まった。私は窓を開け放ちバルコニーに出た。月夜は明るく、穏やかな風が身を包んだ。


 ここは二階ほどの高さがある。扉の外には警備の者が居るだろうから、部屋を抜け出すためにはここから降りるしかない。


「……あれをするか」


 よく創作物で出てくる、シーツやカーテンを結びロープ代わりに使うあれだ。まさか自分がそんなものを作ることになるとは思わなかった。音を立てぬようにシーツとカーテンを取り、何枚か結び合わせる。それなりの長さになったものをバルコニーの柵に結んで垂らしてみると、多少浮いてはいたが許容範囲内だ。


 服を旅をしていた時のものに着替え、バルコニーからロープ代わりの布を伝って地面まで降りる。やってみて分かったが私には腕力が無いために、降りた頃には息が上がり腕が震えた。わたあめは飛んで降りたので飛べるとは楽なものである。


 わたあめを抱き、城の外から牢獄を目指す。警備の者の目が薄いだろう以前茶会をした薔薇の庭園を通り抜け、牢獄の入り口までやってきた。ひとりだけ警備員が入り口にいる。そこらにあった石を音の出るだろう石畳みの道の端へと投げた。からん。と音の鳴った場所を確認に向かった警備員を潜り抜け牢獄の入り口を開けて入り込んだ。


 おい! との声がしたのでバレたはずだ。ここからは時間との勝負だ。牢屋の並ぶ通路を走り抜けてパーティの牢を目指す。後ろから声が複数聞こえてきた。


 牢に辿り着けば四人とも寝入っている。がんがんと音を出せばフェロメナが起きた。


「ハヤチ……?」

「ここから出す。だから皆を起こして」


 私の言葉を飲み込んだフェロメナが他三人を起こしにかかる。腰のポケットから指輪を取り出して牢の鉄格子に当てると、ばちん、と音を立てて牢の一部が崩れ去った。これでまじないは消えたはずだ。同時に指輪も石が砕けた。一度限りの魔道具なのだろう。


「フェロメナ!」

「ええ!」


 フェロメナが魔法を唱えると鉄格子が砕け散った。距離を取ってはいたが頬を掠めた。恐らく血が出ているであろうが今は気にしていられない。


「出るぞ。ここから!」

「あなた、かなり強行策に出ましたね」

「そう言うのは後々!」


 パーティ揃い、外へと向けて駆け出した。途中で武器を取りに詰所を襲うと水戸場が言い、それに従う。得物が無ければ戦うにも戦えないだろう。それに私にも目的があった。


 看守たちをフェロメナが魔法で昏倒させてゆく。詰所に寄り武器を探して全員分を確認し、リシェに少々鑑定のスキルで探らせ、目的の素材の剣を見つけた。腰にその剣を差して、少々時間を消費し外へと向かう。


 外へと出たところで騎士たちが揃い出していた。私が壁を使って騎士たちの攻撃を防ぎつつ脱出することは可能であった。しかし、今はまだその時ではない。主役が訪れなければ。


 水戸場とイザークが剣を振るい騎士たちをいなす。フェロメナが魔法で、リシェは弓矢で各々抵抗をしていた。


 早く来い。と願いながら仲間たちの前を走り回り壁を展開し続けた。この壁、自分の前にしか出せないのが本当に面倒極まりない。と苛立ちが募った。肩に乗るわたあめは必死にしがみつき私からは離れなかった。


 ぼう、と黒い炎が騎士たちの間をぬい燃え上がった。騎士たちは距離を取り剣を納めた。


「やれやれ、お前はとんだじゃじゃ馬だ。ハヤチ」

「やっと来たかよ。アルベド王」


 炎の中からアルベドが現れた。黒衣に身を包み、月夜に照らされた白の髪が輝いている。成人の姿を今はしているようだったが、パーティに舐められないようにとの意地だろうか。白々とした肌は月の光を受けて更に白く見える。美しいかんばせには薄く笑みが乗っていたが、目は笑ってはいない。


「どういうつもりだ?」

「どうとは?」

「お前が僕の妃となるのを受け入れたのならば、その者たちは国へと返すつもりだった。随分と焦ったような行動に出たではないか」

「へえ、初耳だ。……その言葉を信じるほど、私はあなたをまだ信頼できてはいないんだよ」

「悲しいことだな」

「自分の行動を省みることをご存知でない?」


 パーティを捕まえてから、牢に入れ食事も与えず、私に存在も知らせなかったのだ。私が捕まっていることを知らなければ、彼らは飢えて死んでいたことだろう。アルベドにとって人間は路傍の石でしかない。私も、わたあめを連れて居なければ同じ目に遭っていただろう。


「この状況からどう逃れる? 仮に騎士を倒したとしても、僕からは逃れられないぞ」

「じゃあ騎士たちを倒す前にあなたを倒しましょうか?」

「……ふふ、はは、ふはははは! 僕を殺せると? 無力な人間の分際で!!!」


 わざと煽るような言葉を選べば、アルベドの逆鱗に触れたらしい。白い光が散ったと思うと、ぐぐ、と体が大きくなりだし、遂には大きな竜の姿へと変わった。


 騎士たちもどよめき、アルベドから逃げるように距離を取り出した。


「僕の炎で、貴様たちを消し炭にしてやろう!」


 があっ、と口を開けて喉が膨らんだのを見てパーティに声をかける。


「全員私の後ろに!」


 ごああ、と一面に黒い炎が広がった。手を前に押し出し私の聴き壁で炎を防ぐ。鉄すら溶かすとは聞いていたが、私の壁を貫通することはなかった。しかし熱は伝わってくるので手のひらが火傷をしそうなほど熱かった。


「ほう、僕の炎を防ぐか」

「どうするんですか早池さん! あなたわざと竜体を取らせましたね!?」

「ああ、竜退治と行こうと思いまして」

「はあ!? 無理を言わないでください! 牢で聞きましたが、竜は普通の金属の刃は通さぬ鱗を持っていると」

「水戸場」

「……なんですか」

「お前は救国の勇者になれるほどのステータスを持っている。イケるイケる」

「ノリが軽すぎるこいつ!」


 水戸場の敬語が取れたところで、再び炎が私たちを襲う。聴き壁は未だ健在ではあるが、竜の炎にどれだけ耐えることができるか。炎の隙を突いてリシェに探させた剣を引き抜いて水戸場に投げた。


「それなら鱗を貫通する!」

「な、なんですこれは」

「ミスリルの剣」

「なんでそんなものあるんですか!?」

「水戸場ァ! 行け! 急所は外せよ!」

「注文が多い!」


 私に炎を集中させ、クールタイムにアルベドは空へと翼を羽ばたかせ飛び上がった。広範囲に炎を吐くつもりなのだろう。


 水戸場が私の前へと躍り出る。剣を構え、隠し持っていたスキル、空を飛ぶことのできるそれを使い、宙へと舞い上がる。アルベドの頭上へと飛び上がり、上顎から下顎まで刺し穿った。アルベドは悲鳴を上げたが、刺さっているミスリルの剣によって口が開かずに炎は吐き出せない。


 地面に叩きつけられ暴れるアルベドは騎士たちを巻き込み始める。尾を振れば騎士が薙がれ、暴れれば踏み潰しそうになり、頭を振って剣を抜こうとしていた。


 私はゆっくりと歩きながらアルベドの元へと向かう。アルベドは私を見据え、私はアルベドに刺さる剣を引き抜いた。ばじゃ、と血を被ったが気には止めなかった。


「何故ミスリルの剣が」

「妖精の本で読んだ。ミスリルは妖精の弱点だ。どれだけ強い妖精でもミスリルには敵わない。有事の際に使えるように牢獄に用意されて居ても不思議ではない」


 それを見越した上で行動を起こしたのだ。正直、アガタに聞いただけの話だ。運任せなところもあったが、ここまで持ってきた。アルベドに告げた。


「話をしたい」

「……何故、僕はお前の仲間の仇だろう」

「それでも、話をしたい」


 アルベドは光を散らしながら人間体に戻った。表情は苦々しく顔に傷が這っていたが、フェロメナに頼んで治療をしてもらいながら語りかけた。


「アルベド、アルベドが人間を憎んでいるのはよく理解している。人間は愚かだ。でも、妖精も等しく愚かだ」

「妖精が愚かだと?」

「自分と相入れぬからと滅ぼしていいと? 古くに居た聖女は妖精との合いの子だった。それは妖精と人間が愛し合った結果だ。確かに、彼女は産まれてすぐ人間に取り上げられてしまった存在だった。けれど彼女も人間を愛した。妖精と人間は分かり合える」

「そんなわけがない! 母は父王を憎んでいた! だから僕を産んで、この城に縛り付け、僕を王位に就かせた! 憎んでいれば肉親だろうと僕は殺した!」

「自分がそうだから。それだけで人間を滅ぼしていいの」

「ああ、そうだ。人間は愚かで、卑しく、浅ましい!」

「けれどあなたも私を選ぼうとしている」

「それは神鳥が選んだから」

「……結局、人間を憎むことにも何にもお前の意思はそこにはねえんだよ。アルベド」


 アルベドは母を憐れんで父王を殺した。人間を国から排除しようとした。アルベドが幼い頃、妖精は母だけだった。妖精の全てが母だった。母が恨んでいたから人間は愚かなのだと、そう決めつけた。


「妖精たちは、妖精の国を喜んだ?」

「ああ、諸手をあげて喜んだ」

「妖精たちは、王を愛した?」

「愛してくれている」

「けれどこの場に居る妖精。妖精騎士たちは、どう思っているかな」


 アルベドが辺りを見渡す。妖精騎士たちはアルベドの視線にひ、と怯えた声を上げた。アルベドに突き刺さる視線は、怯えと畏怖と、恐怖だけだった。


「ちがう、違うっ、僕はっ」

「お前は間違っていたんだ。アルベド」

「……どこから、間違っていたと」

「最初から、この国の人間に滅びの呪いをかけた時から」

「僕は間違ってなぞ」

「思い込みが激しいな。だから人間に、取るに足らない路傍の石に足を掬われるんだ」

「……お前は僕を謀ったのか?」


 肩を竦めて首を振る。


「私はアルベド、お前の盲目をどうにかしたかっただけだよ」

「僕が盲目だと?」

「そうだよ。アガタはいつの日か私に頼んだ。王の御心を溶かし、お救いくださいと。お前のその妖精しか見えない、いや、自身しか見えていない盲目さ、異常なほどだ。まあそれが恨みというものなんだろうがな」

「……僕が、自身しか見えていない……?」

「お前の恨みはいつかの日、妖精たちにも向けられる日が来るだろう。自分以外は愚かな生き物でしかない。そう思う日が」


 アガタは王の異常性に気がついていた。アガタだけではないのだろう。城の者たちも、王都に住まう妖精たちも、きっと気がついている。王の機嫌を損ねることがないようにと、恐々と日々を暮らしている。


「自分の愚かさに気が付かなければ、お前は愚王だろうな」

「……僕は、僕はっ、ただ、妖精たちの幸いを願っただけでっ」

「願って、そのザマか。愚かで、卑しく、浅ましい。お前が言った人間とどこが違う?」

「……ハヤチ、お前は、僕の前から消えるのか」

「それは、お前の出す答えが決めることだ。アルベド」


 アルベドに背を向け、これ以上の話は無いと示した。アルベドはその後、救護の者に運ばれてゆき、アルベドの指示でパーティたちも解放され部屋を与えられるとのことだった。


 私は部屋へと戻され、アルベドの血を拭い取る。少々カピカピと血のかけらが残ったが疲労を回復するべくすぐにベッドに入ろうと思ったが、そういえばシーツなり何なりとロープ代わりにしたのを思い出し、回収してから適当に被ってベッドで寝入った。わたあめが顔に尻を向けて私よりも先に寝ていたが、ふわふわと暖かで気分のいい夢を見た気がした。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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