第十八話 指輪の石
「アルベドは竜になれるのですね」
「ああ、知らなかったか?」
翌日の夜、アルベドの部屋を訪ねた。アルベドにそう聞けば、言っていなかったか? とでも言うような意外そうな仕草をされた。
「知りませんでしたよ。母君も?」
「母は黒い鱗を持つそれは美しい竜だったと聞く。魔道具で封じられていたから、僕は見ることは叶わなかったがな」
やはり魔道具と言うものがどこぞにあるらしい。恐らく母を妖精の森へと帰す際に破壊なりしたのだろうが。現存している可能性は薄そうだ。
「昔、竜体になったことがおありだそうですね」
「数えるほどだが、何故そう思う?」
「イルガル国からこの国を訪ねた聖女と騎士たちの話を聴きまして」
「ああ、なるほど。囚人たちに聞いたのだな。お前が産まれるうんと前の話にはなるが、確かに僕に刃を向けた無礼者が居たな」
「戦いに?」
「寸でのところで止められてな。結局はならなかった」
それは何故なのだ? と聞くと、聖女と呼ばれた者は妖精の血を引く者だったからだそうだ。
「イルガル国に帰り着いたひとりの騎士は、あなたは狂い竜で、聖女と騎士が狂ったと言っていたそうですが……」
「まあ、昔話に尾ひれがつくことはままあるが、わざとそう言ったのやもしれないな」
「どういうことですか?」
アルベドは立ち上がって窓際へと向かった。胸に抱いていたわたあめが飛び上がりアルベドの肩へと留まる。アルベドはわたあめを撫でながら、話を始めた。
聖女がメルクト国へと向かうと言うのは国を出る口実だったのだと言う。本来の目的は、妖精の国となったメルクト国への亡命だったのだそうだ。妖精との混血は当時はそう多くは無かったらしい。強い魔力を持ち髪色は白。産まれてすぐに神殿へと召し上げられたらしい。出生後の処遇としてはフェロメナと同等か。
聖女とし国に尽くし、政をなしていたが、ある日ひとりの騎士と恋に落ちたのだと言う。だが二人の恋路を立場が許さなかった。聖女は国のモノ。誰かひとりのモノになるわけにはいかない。二人は悩んだ末に、メルクト国へと向かう決意をし、当時の王に救国のためだとうそぶき、恋する騎士と友の騎士と共にメルクト国を目指したのだと言う。
当時、瘴気については解明されては居なかった。瘴気で狂うかどうか、それは賭けだったのだそうだ。騎士たちが発狂するかもしれないという博打を打って、浄化を行いながら徐々に瘴気に慣らし、この国に辿り着いた彼女たちは賭けに勝ったのだ。
そうして王都を目指し、形だけでもとアルベドに謁見を求め、その時のアルベドは人間なぞ喰い殺してやると怒り心頭だったらしい。竜の姿を見せ、怯んだところを喰らおうとしたところ、聖女の魔法によって竜体を解かれ、渋々話を聞いたのだそうだ。で、聖女は恋仲の騎士と共に妖精の森へと住めるよう取り計らい、友人の騎士は国へと帰り、その噂を広めたのだろう。とのことだった。
「僕も混血の妖精だ。彼女に思うところが無かったわけでもない。立場に囚われている。と言うのも理解出来る話だった。僕自身王位についているが、慣れるまでは面倒極まりなかった」
「その聖女は、今は」
「今も妖精の森に住っているだろう。だが、騎士の方は既に没しているだろうな」
人間と妖精に流れる時間は違いすぎる。窓の外からソファに座る私を見てアルベドは言った。
「僕の妃になる気にはなったか?」
「あなたと共に生きたい理由も無いんですよね〜」
「小洒落たラブロマンスが必要か?」
「そう言うのも面倒と言うか」
「ふはは! お前はものぐさだなあ」
声をあげて笑うアルベドに、ここ笑うところか? と顎に指を添えて頭を捻る。アルベドが近づいてくる。なんだろうと顔を上げて見ると、唇に口付けが落ちてきた。思わずソファから飛び上がった。
「ぐあー! 事案事案事案!」
「なんだ。やはりこの見目は嫌なのか?」
「小さかろうがデカかろうが勝手にキスしないでくださいよ」
光を散らして成人した姿になったアルベドだが、二人でソファを挟んだ攻防戦を繰り広げる。
「大人しく捕まったらどうだ」
「ひいいいい」
長い腕がソファを飛び越して私の腕を掴んだ。長い脚がソファに上がって座り込んで私の背に腕を回され逃げられない。
「勘弁してくださいよ〜。私こういうの苦手なんですから」
「なら慣れるといい」
「ええ」
「お前は甘えるのも苦手だろう。僕で慣れるといい」
「ぎー」
私は以前彼氏が居た際に、彼氏が甘えん坊すぎてノイローゼになりかけた経験を持つ女。まあ、アルベドならば完全に自立した妖精だろうからそういう鬱陶しさも薄いのだろうが、しかし私には恋とか向いていないのは確かであった。察して不機嫌になるような妖精ではないだろうし、鬱陶しいだる絡みもしてはこないだろう。それは分かってはいたが一歩踏み出せない自身がいる。
心のどこかでまた失敗したらとでも思っているのだろうか。自己防衛の一種なのかもしれない。
「ん?」
アルベドが見上げてくる。なんだか可愛く思えてきたので、頭を掴んでわしゃわしゃと白の長い髪を乱す。
「お前の照れ隠しは子供のようだ」
「あんたよりは子供でしょうよ」
なんだか照れ臭くなってしまい、ふいと顔を逸らす。
「僕はお前を好いているが、信じられないか?」
「信じられないと言うか、どうして私なんか」
「なんかではないぞ。ハヤチ、お前だからだ」
にい、と牙を出して笑うアルベドは初めて見た。牙をまじまじと見ていると、こてんと首を傾げた。……なんと言うか、女慣れしているな。
「破廉恥破廉恥!」
「ははは、仲間に猥談をさせているのに自身は清廉だと思っているのか?」
「なんでその話知ってるんですか」
「アガタから聞いた」
お前は本当に面白い。とおもしれー女判定を頂いたところで、腰に回った腕から解放された。
「食事を出せるにしろ、お前はあのまま飼い殺しにしておくつもりもないのだろう?」
「ええ」
「ふふ、何を考えているのやら」
床を歩いていたわたあめを拾い上げて今日は自室に帰ると告げる。アルベドは素直にそうかと言って扉の外まで送ってくれた。
「また来るといい」
「ええ、また」
扉の外で待っていたアガタを連れて王の居室を後にした。まあ、然程離れても居ないのですぐ着くのだが。
「アガタ、ズリネタ発表会言ったな?」
「……何か困ることでも?」
「かーっ!」
威嚇をすると困惑したような表情をされる。そのまま自室に入りわたあめをソファに降ろしてやる。寝支度を整え、その日は眠りにつく。わたあめがいつも使う枕を占領していたので別の枕を使ったが、あ、こっちの方がいいかもしれん。などと考えながら寝付いた。
「はい、ズリネタ発表会の始まりです」
「うわああああああ」
牢の前で椅子に座り開幕の宣言をした。リシェの悲鳴が響き渡るが、私としては楽しいことこの上なかった。
「リシェ、君の番だよ……」
「ここは地獄だああああ」
うわあああと喚きながらリシェは床をばんばんと叩いて本気で泣きそうになっているらしかった。食料はまだあるものの、今日補給をしておかねば明日は飢えるだろう。とのことで訪れたのだった。
「リシェ、覚悟を決めなさい。パーティのために!」
「くううううう! ううううっ、ぐうっ」
「リシェ、しっかり!」
「何なんですかこの芝居は」
水戸場の突っ込みも意に返さず二人は寸劇をしている。まあ、焦らされた方がこちらとしても楽しい。と傍観を決め込んだ。
「あ、アタシは……」
「うんうん」
思わず前のめりになって笑みを浮かべてリシェの言葉を待った。
「……幼馴染のイケメンを監禁して、メ、メス堕ちさせる妄想を……しています」
私の頭上からばこばこと食物が降り注ぐ。もうこの痛みにも慣れてきたものである。
「意外な性癖やねえ、リシェさん……猥談ソムリエとしてこれは評価に値しますよ」
「何ですか猥談ソムリエって。勝手に変なソムリエ作らないでください」
「ひゃーはっはっは!!!」
水戸場に白けた目で見られようとも面白いものは面白いのだ。手を叩いて爆笑した。呆然としながら、リシェはつう、と一筋の涙を流していた。
「あなたに性根って結構腐り気味ですよね」
「言ってろ水戸場ァ!」
「僕の言葉を意に介さない辺りが腐っているんですよ」
それはそうだ。イザークなんか見てみろよ。顔真っ赤にして気娘みてえじゃあねえの。一方でフェロメナは興奮気味であった。聞くの怖いなこの人に。ダークホースだよ。
「一丁、フェロメナも行っておくか? 大体保存のきく食料出てきたし」
「あら、聞いちゃう?」
「ちょっと怖いね」
ズリネタ発表会に乗り気であったフェロメナは、頬に手を当てながら呟いた。
「……ハヤチを私にズブズブにさせて、もう私無しじゃ生きれない体に開発して、どろどろのまぐあいをするの」
「……待って。嘘だろ。私パーティの二名から劣情向けられてたの? こえーよ! 笑い死にしそうだ!!!」
ばこばこと頭上から食物が降り注ぐが、意外性はともかく恐怖が芽生えた。フェロメナに。一筋縄では行かないえっちなお姉さんだったらしい。私は恐怖と共に爆笑していた。
「神殿では禁欲の生活なの……。初めは同室の女の子と慰め合っていたけれど……、どろどろに溶けるようなまぐあいは楽しいものよ……?」
「怖い怖い怖い。いーひっひ!」
「藪を突いて蛇が出ましたね」
へ! と鼻で笑った水戸場であったが、気にしている場合ではない。こいつら解放したら報復が待ち受けているかもしれないのだ。……主に二名から。若干恐ろしくなってきた。妃になろうかなもう。
「水戸場のはまた今度な!」
「また遊ぼうな! のノリで言わないで欲しいのですが」
気疲れでもしたように水戸場はため息を吐く。足元に散らばった食物を鉄格子の隙間から水戸場たちに渡す。
「まあこれでまたしばらくは持ちますんで」
「早く何とかして欲しいものですね」
「今、妖精王の求婚を受けるか受けないかの瀬戸際なんだこっちは」
「妖精王、目腐ってるんじゃないですか?」
水戸場の言葉にアガタが不敬だとでも言いそうな表情をしていたが、囚人に言ったところでだ。今日は帰るよ〜と、牢を後にした。
「無礼な奴らだ」
「別に、王だからって全肯定出来るものでもないでしょうが」
「……だとしてもです。今日はもう居室に?」
「うん。あ、そういえば本返さなきゃ、一回部屋戻ってから書庫に行ってもいい?」
「ええ、構いません」
居室に戻り、書庫で借りた本をベッドサイドの机から持ち上げる。ころ、と何かが落ちた。
「何だこれ」
指輪だ。これは、確か白骨死体から拾ったものだったと思い出す。恐らくわたあめが何処ぞを漁って出てきたのだろう。以前着ていた服やバッグは部屋の隅に置いてあったので、いじくって遊んでいたのかもしれない。
一旦戻そうかとも思ったが、書庫の老爺はこの指輪の石がなんの宝石なのか知っているかもしれないと指に嵌めて部屋を出た。
アガタと共に書庫へと向かい、司書の老爺に本を渡す。
「ありがとうございます。知見が広がりました」
「書物もそれは本望でしょうな」
「あの」
「何か?」
「この指輪の石なんですが、なんの宝石か分かりますか?」
指から外し老爺に渡すと、モノクルをかけて燭台に近づいた。しばらくして、ほう、と言うと私の元へと帰ってきた。
「スピネルですじゃ」
「へえ、スピネル」
「解呪のまじないがかかっておりますなあ。珍しい魔道具をお持ちだ」
「解呪?」
「ええ、呪いを解いたり、魔法で拵えた壁を壊したりとできますな。まあ、この城では宝の持ち腐れでしょうが」
スピネルか。と石とまじないが分かったところで礼を言い書庫を後にする。
「アガタ」
「なんでしょう」
「本に、妖精の弱点はミスリルだって書いてあったんだけれど、この城には存在するの?」
「ああ、有事の際のために、騎士の数人が所持しています。牢獄にも妖精の囚人が抵抗した時のためにある。と話には聞き及んでいます」
「なるほど」
その後、自室に戻って指輪を見つめ、もしかしたら、と考えた。