第十七話 白い狂い竜
翌日、牢獄へとアガタと共に足を向けた。日は高く暖かなものだったが、牢獄は冷たく体の芯まで染みるような冷酷さがあった。
パーティの牢へと足を運べば、水戸場が気付いて声をかけた。
「早池さん、王への話はどうでしたか」
「だーめだったねえ」
「役に立ちませんねえ。全く」
「今の水戸場には言われたくはねーよ」
看守が椅子を持ってきたのでそれに腰掛け牢の中の四人と話をする。
「で、覚悟はできたか」
「……はあ、例の話ですか?」
「うん、ズリネタ発表会」
「ぼかしたんですから言わないでくださいよ」
「そもそもなんだけど魔法で出れねーの」
なんでもこの牢自体に魔法を封じるまじないがかけられているらしく無理だそうだ。魔法士に対策をしないことはこの世界ではあり得ないのだろう。こんこん、と鉄格子を叩いてみると、ぽわと黒い光が散った。あまり触っていいものでもなさそうだ。
「じゃあまず、イザークからどうぞ」
「じっ、自分ですか!?」
「うん」
指名されたイザークは顔面を真っ赤に染め上げ、あ、あ、と壊れた人形のように繰り返していた。意を決したように口を開いたかに思えたが、閉じては開きを繰り返していた。
「じ、自分は……黒の方が好きなのですが」
「い、異端者だよフェロメナ」
「しっ、そう言うこと言わないの」
「あ、あー、……黒の方の髪が、好きで、じ、自分の性液で汚す妄想を……」
ぱらぱらと頭上から菓子が降ってきた。が、少量であった。
「意外性ないな。もっとニッチなのを頼む」
「ええ!? ええと……」
にたにたと笑っていると水戸場がちょっと、と話に割り込んできた。
「この話ですが、あなたが意外性を感じたり、感情を揺り動かされれば達成されますよね。わざわざ、……こう言うネタを聞く意味はなんですか」
「ええ〜、皆のことからかいたくて……って言うのは冗談で、身の上話されたところではいそうですか〜くらいなもんじゃん。食い物いっぱい出すならこれくらいしたほうが効果が強いと思うよ」
と言うことで頑張れイザーク! と応援すると顔を膝に埋めて丸くなっていた。四人は暴君の私に対抗するために一丸となってもらったほうがいい。その方が後々役立つだろう。
「う、ああ……」
「イザーク大丈夫?」
「イザークの心配をしている場合じゃあないわよ。リシェ、あなたも、言うことになるかもしれないのだから……」
「……フェロメナはなんで嬉しそうなの?」
フェロメナはそわそわにやにやと落ち着きがなく、私と同類の人間であるらしいと貼り付けた笑顔の裏では噴飯ものであった。いやまあ、場所が場所だったらこう言う話は楽しいんだよな。下世話ではあるが。
「はい! もう一丁! 頑張れ!」
「自分は……自分は……っ」
ぱんぱんと手を叩いて発破をかけるが中々口にしようとはしない。私は聴く立場だから呑気なものである。水戸場がジトっとした目で見てきたが無視を決め込んだ。
「ハヤチさんで、抜きました……」
「私をズリネタにしているの、正直でポイントが高いね。加点! 正直に言ったその胆力を認めます」
「もう彼をいじめないでください。と言うかあなた何様ですか?」
ばさばさと私の頭上から食物が降り注ぐ。正直、己がズリネタにされているとは全く思っていなかったのだ。イーヒッヒッヒ! と笑いながら降り注ぐ食物の雨を浴びていた。
「自分がネタにされているのになんであんなに嬉しそうなんだろう」
「ふふ、ハヤチ……面白いわ」
リシェの疑問は最もであったが、フェロメナの目が怪しく光ったのでフェロメナの底の知れなさが恐ろしい。なんで今おもしれー女判定を受けたのだろうか。
「まあ、今日分くらいは出たでっしゃろ」
「四人で食うには充分ですね」
「う、うう」
「生娘みたいな反応するなあイザーク」
「自分はあまり、色恋には関わっては来なかったのです……」
「でもかなり人気あったよね。街娘とかには」
「へえ、そうなんだ」
リシェの言葉にぽこぽこと飴玉が降ってくる。その話詳しく聴かせてよ……と言えば、引いたような目で見られた。そんなに信用無いのだろうか。まあこんな話させている時点で地の底か。
「騎士は街の警邏とかもやったりしてたんだけれど、イザークが警邏に出ると一目でもいいからイザークのことを見たい! って仕事放り出して見に行く街娘とか割と居たんだよ」
「へえ。まあ顔はいいもんな。色階のあるこの世界では異端の特殊性癖お兄さんだけど」
「まー、街の子たちも黒が好きだって知ったら引いていくと思うね……幾ら昔よりは黒への風当たりが弱くなっているって言ってもねえ」
リシェが腕を組んで、考え込むような仕草をした。
「……ついでだから話しておこうかなあ」
「ズリネタ?」
「ちっがーう! アタシがまだ王都に住んでいた時の話!」
「まあ聴くだけ聴こうか」
国交が長いこと断たれていたメルクト国に関する噂話程度のものだと前置きをし、リシェが話し出す。
イルガル国との国境調査には、元はリシェの父が赴いていたのだそうだ。親子揃い、瘴気に耐性があったらしい。イルガル国では瘴気を吸えば発狂すると古くから言われ国境に近づくものはそう多くはなかったが、古い時代に聖女と騎士が発起し、メルクト国に向かおうとした集団があったそうだ。つまり私たちの前身である。
父の調べでは国境付近は聖女たちの働きで呪いをかけられた当時よりはマシな状態になっていたのだそうだ。聖女の力で瘴気を払いつつ進んだ痕跡が今もあり、途中寄ってきた村や街もその痕跡のあった場所らしい。
だが、この国に入ってからはその痕跡もほぼ無い。聖女と騎士はイルガル国には戻らなかったのかと聴くと、仲間のうち、たったひとりがイルガル国に帰り着いたのだと言う。
メルクトの王は白い狂い竜である。王によって聖女も、もうひとりの騎士も狂ってしまったから、己だけが帰り着いたのだと。
メルクト国民は瘴気を吸っても狂わない。狂うのは他国の人間だけだ。その帰り着いた騎士の父母は元はメルクト国に住まう人間だったらしい。だからその血を引く彼は狂わなかったのだと言われているらしい。
「ミトバとハヤチ以外の私たちが狂わないのは、元はメルクト国の人間の血を引いていたからかもしれない」
「……ふうん。そんな話が」
ばこんばこん、と何やら箱のようなものが頭上を経由して出てきた。……ペヤ◯グメガマックス。なんだか懐かしい気分になったが、こいつは大層腹に溜まるだろう。一応水戸場に落ちてきた二つを渡した。
「カップ焼きそばですか」
「お湯が要るから看守に頼め」
「はいはい」
「王は竜だったんだね」
「古い話だから、本当のことは知らない。でも白い竜なんて聖竜として崇められてもいいのに、どうして狂い竜なんて言われているんだろう」
アルベドの話を聴いていないこの四人には、アルベドの出自も人間に対する恨みも知らないだろう。今は言うべき時ではないな。と口は噤んだ。
ただ、竜になれると言う話は初めて聴いたので、アルベドにその件も含めもう一度話を聴いた方がいいだろう。
「……そろそろお暇しますわあ。こちらでも調べてみるよ」
「僕らにはあなただけが命綱ですからね。良い知らせをお待ちしていますよ」
「はいよ」
椅子から立ち上がって伸びをする。アガタを従えて牢獄を出る。まだ日は高いが、王に話を聴くにはまだ良い時間ではないなと考えた。
自室まで戻る道すがらでアガタに問う。
「アルベド王は妖精と聞いていたけれど、竜になれるの?」
「はい、王は白銀の輝きを持つ、それは美しい竜となれます。炎は鉄すら溶かし、王の前に立ち続けることの出来るものはおりません」
「ふうん」
ぽこん、とひとつ飴玉が降ってきたのでアガタに押し付けた。
図書館のような場所はあるかと問い、目的地を変えて書庫へと案内させた。
書庫は広く、日焼け対策のためにカーテンが閉められており少々薄暗い。燭台の灯りが部屋の中を照らしていた。
「何をお探しでしょう」
「妖精たちの成り立ちの記された書物はありますか?」
司書の老爺にそう問うと少々お待ちください。と奥まった本棚の方に向かって行った。一応この世界の文字は読めるようにはなっていたが、もし妖精語とかあってそれで書かれていたらどうしようかと考える。まあその場合はアガタに読ませるかとちら、とアガタに目をやった。
お待たせいたしました。と司書が三冊ほど本を持ってきた。一冊ずつ説明をされ、三冊それぞれ妖精の成り立ちについて詳しく書かれた本らしい。本を一冊手に取り、文字を読めるのを確認し、三冊借りてもいいかと問い是と言われたので司書に礼を言い自室へと帰った。
今日は自室に置いていたわたあめがベッドの枕元で寝ていたが、私の姿を見ると起き上がってスサーと伸びをしてからやってきた。抱き上げて撫でてやると、ぽぴ、と鳴く。
本を読むためにソファに座り、本を一冊開く。妖精の森、と銘打たれた本だった。恐らくだが、この百年の間で妖精たちと人間の立場が逆になってから刷られた本なのだろう。あまり古いものにも見えなかった。本の管理をしっかりとしている証左でもあろうが。
どうやらこの本は妖精の森の歴史を記した本らしい。街に出た妖精たちは妖精の森を知らない者が多いのだろう。そう言う妖精向けに刷られた本に思えた。
妖精には自然発生した現象を象る者、つまり火や風などの妖精たちと、動物や幻獣が魔力を持ち人の体と成っている者の二種類に分けられるそうだ。
元々妖精の森は、木々や風や水などから魔力を得てヒトガタを型取り出した者たちが作り出した森らしい。そこに動物の妖精が入植し、火の妖精や幻獣の妖精も集まりコミュニティを形成して行った。
妖精の森はメルクト国では珍しいものではなく、何ヶ所かそう呼ばれている森が点在しているらしい。メルクト国は自然に存在する魔力が他の国よりも色濃く、妖精たちにとっては生きやすい国らしい。
つらつらと読み進めていく。夕食の時間になり一旦中断し、寝るまでの余暇時間に知りたかった情報を見つけた。
竜は幻獣に類する妖精。強い魔法の力を持ち一国を滅ぼせる一騎当千の妖精。とのことだ。それに、鱗の色は扱う魔法の種類に準じ、黒は大層珍しいものだそうだ。アルベドの母は恐らく黒の竜であったのだろうが、国王なんて権力者、最強の妖精の魔力を封じるものくらいすぐに手に入れられるだろう。
アルベドは白の髪を持つが、瞳は黒い。炎を吐くとの話ではあったが、何色の炎なのだろう。白い竜であったとは話には聞いたものの。
竜は望んだ番以外の子供を孕むと卵を食ってしまう場合もあるそうだ。よくアルベドは無事でいられたものだ。……母が城で妖精がひとりなのを嫌い、この城にアルベドを縛りつけたとも考えられるものではあるが。全ては憶測だ。
最後に、竜の鱗を貫くにはミスリルの剣が必要である。と記してあった。
一旦本を閉じて寝支度を整えた。寝台の横のランプで本をもう一度開き、眠くなるまで読み進めたのだった。
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