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第十六話 人間を恨む理由

最終話まで毎日二話ずつの投稿となります。よろしくお願いいたします。

 王の居室へ向かうと、ゆったりとした黒い着衣に身を包んだ王、アルベドに快く迎えられた。アガタは部屋の前で待機させ、わたあめを抱いた私だけ部屋へと招かれた。


 広い部屋だ。豪奢なものは好かないのか、私の居室と同じようなモノトーンの色味の部屋だった。だが家具のひとつとっても丁寧な作りに高値のものなのだろうと想像だけでも分かる。


 アルベドはソファに腰掛けてワインを嗜んでいたようだった。向かいのソファに座るといい、とのことで腰を下ろした。


「何用だ? まあ、用がなくともお前ならば歓迎するぞ」

「アルベド」

「なんだ?」


 一旦気持ちを落ち着かせてから、アルベドの目を見て話を切り出した。


「私の仲間を解放してはいただけませんか」

「……あれらはこの国居るべきものではない」

「ならば追い返せば良いだけの話ではありませんか」

「あれらはお前を探していた。探し出すまで帰らぬつもりだろう。お前をダシに開国を迫られるのも癪に障る」

「だから……帰さず殺してしまえと?」


 ワイングラスを傾け、動く喉仏を見つめる。


「……私はこれから、踏み入った話を聞きます」

「…………」

「あなたは何故、そこまで人間を恨んでいるのですか?」


 アルベドと過ごした時間はまだ足りない。まだ完全な信頼は彼から得てはいない。だが足りなくとも聞くしかない。聞かなければならない。仲間を救うためには。


 アルベドははあ、とため息を吐いた。影がかかった表情は無であり、話す価値もないものだと思っているのかもしれない。


「聞いてどうする」

「どうにもならなくとも、聞かねば納得できないのです」

「…………僕の両親は、そうだな。王と妾、いや、奴隷の関係だった」


 アルベドは話をしてくれるらしく、聞き逃さぬようにと彼を見つめる。アルベドは目を伏せて私を見ようとはしなかった。


 アルベドの父王は、暗君とも名君とも言い難い、言ってしまえば映えるところのない王政を行う王だったと言う。統治者としての血を運良く引き継ぎ、運良く用意されていた王の椅子に座らせられただけの愚者、とアルベドは言った。


 父王の治世は平和であった。他国との大きな諍いも起こさず、だが国民に媚びることもせず、堅実な王政だっただろうとも。ただひとつ王には悪癖があった。女が大層好きだったのだそうだ。王の座に着くまでの間、着いてからも女遊びは激しいものだったと。


 それの一環だったのだ。アルベドの母が妾、奴隷として召し出された。王は母をそれはそれは大層気に入ったと言う。当時、色階は厳格に守られていた。そんな中で黒を持つ者を初めて見、アルベドの母は珍獣にでも見えたのだろうとアルベドは呟く。


 アルベドの母は妖精の住まう森から攫われ、王に差し出された。妖精たちは当時は行方不明となったアルベドの母を探し回ったそうだが、王によって妖精たちに隠されていたのだそうだ。


 王に気に入られれば、そう言う行為に至ることとなる。母はまだ生娘で歳若く、王を拒んだ。けれど彼女の持つ色は周りの者を怒らせた。無理矢理行為に及ばされ、妖精だと分からぬようにと尖った耳を削がれたのだそうだ。


 そうして乱暴が続き、アルベドを孕んだ時には母は精神を病んでいた。アルベドを殺そうと中絶の薬を飲み、酒を飲み、煙草の葉を煮出したものを飲むなど、アルベドを殺そうとしたのだ。それでもアルベドは産まれてしまった。


 母は王と同じ白の髪を持つことを大層嫌った。だが、自分と同じ黒曜石の瞳で見つめれば、怒鳴ることをやめてアルベドを抱いて泣いていたとも言う。


 幼い頃のアルベドは何度も聞いた。妖精の住まう森へと帰りたいと。美しいかんばせを歪めて、アルベドを憎らしいとも愛おしいとも、どちらも思って居るのだと分かった。


 幼い頃は父王のことは、たまに現れる母を怯えさせる男だと思っていた。母の怯えを感じとり、父王の目には自分が映ることはなかったと言う。


 王宮には兄弟が大勢居た。それでも白を持つのはアルベドだけだったそうだ。


 自分も父王と同じなのだ。運良く白を手に入れ、運良く色階に囚われたこの国によって王座を許された愚者だと。


「……人間にとってはあなたは暴君でしょうね」

「ああ、そうだとも」

「でも私に無理強いしないだけ、あなたは父王とは全く違う」


 ふふ、と小さくアルベドは笑った。話は続く。


 成人を迎えた歳、王位継承権一位を得ていたアルベドは、父王と二人きりで話をしたいと申し出たそうだ。父王の目に映ることのできる父王と同じ白をあの時だけは持っていて良かったと思ったと。


 その夜アルベドは父王を殺した。ひとりの下男に罪をなすりつけ、その下男は公開絞首刑となったそうだ。


 王の不在では、と父王の喪が明けてから戴冠式が行われた。その時、アルベドは強く願ったのだと言う。人間なぞ、根絶やしにしてしまえばいい。滅びに向かい、嘆き、誰にも聞き入れられず死んでゆけと。強い魔法の力、妖精の血と白の血を引いたアルベドは国に呪いをかけた。


 その憎しみは母がもたらしたものだった。妖精の耳を削がれ、誰にも嘆きを聞き入れてもらえず、飼い殺しにされて物珍しい黒だと、醜い黒だと仕える者たちにさえ蔑まれる日々。アルベドの母にとっては、きっと生き地獄だったことだろう。


 おおよそ百年前の戴冠式にかけた呪いは次第に人間を蝕んでゆく。産まれる子は人の姿を成さず、獣として産まれる。次第に人間は数を減らし始め、妖精の血を引くアルベドを見て、妖精の森から出てくる妖精も出始めたらしい。妖精が増え、人間は数を減らし、隠れ住むだけだった妖精と人間は立場を変えた。


 それがアルベドの望む世界だった。母を排除しようとする世界をアルベドは許さなかった。今でも憎んでいるのだろう。私が今彼の目の前に居ることが出来るのは、彼の母と同じ色だからと言うだけの理由なのだ。


「母君は」

「森へと帰した。母の望みはそれだけだった」


 森に帰したその母も、もう没してしまったらしい。森に帰ろうとも精神は蝕まれ、最後は自死を選んだそうだ。


「僕は母には何もしてやれなかった」

「側に居た」

「それだけだ。子供であった僕にできるのは、それだけだった……無力で無能で、母の黒の髪も受け継げなかった出来損ないだ」


 黒の髪を持っていれば、母はきっと自身をもっと頼ってくれただろう。とアルベドは呟いた。王にもならなかった。人間を排することもなかった。


「その方がお前には良かっただろうが」

「私、そもそもこの世界の人間ではないのでどうでもいいですよ」


 ばさばさばこばこと頭上を経由して食物がどんどん床に散らばってゆく。それを気にすることもなく話を続けた。


「私には色で階級を決めると言うのも馬鹿らしいことだ。あなたの気持ちは分かってはやれない。人間を美しいものだと思ったこともない。人は等しく醜い一面を持っている。元の世界は聖人なんて産まれるような世の中でもなかった」


 ばさばさと頭上から食物が出続ける。それほどアルベドの話に感情を揺さぶられたのかもしれない。けれど放っておく。


「遠い他国では戦争だって起こっていた。一見平和な世の中でも、毎日誰かが殺されていた。ただ自分に火の粉は降りかからないだろうと、対岸の火事だった。でも本当はそうじゃない。皆、綱渡りをしていた。誰かに刃を突きつけられる日はいつかは来るし、食うに困って飢えることだってあり得る。自分が平かな世界を生きていると思っているのは、誰かの犠牲の上に成り立っている」

「……何が言いたい」

「あなたのしたことは、感情を持ちうるなら当然のことだってことを言いたかった」


 床が食物に塗れている。まだ頭上にぽこぽこと小さな飴玉が降ってくる。


「……誰もが、あなたは間違っていたと言っても、私は、そんなことを言いたくはない」

「……そうか」


 アルベドはソファから立ち上がって私の目を見た。私と同じ黒曜石の瞳。


「……神鳥がお前を選んでくださって、良かった」

「……」

「僕は、やはり人間も色階も許せない。けれど、黒を持つお前だけは、ハヤチだけは信じていたい」

「私はいい加減なやつですから、いい加減なことしか言いませんよ」

「けれど、僕には嬉しい言葉だったのだ。人間なのに僕を恐れるどころか、僕は間違ってはいないだなんて言ってしまう人なのだから」


 アルベドは目を伏せて涙を溢していた。彼には理解者が居なかったのだろう。王には一番に必要なものだ。


 けれど、妖精たちも人間への行いで知ったのだろう。王に逆らえばどうなるか分からない。だから誰もアルベドと共に居てやれる妖精も居なかったのだ。


 足元の食物の山から飴玉をひとつ拾い上げた。


「これ食べて元気出して」

「……ありがとう」


 差し出した手にアルベドの手が重なった。


「なあ、僕の妃になってくれないか?」

「あんまし興味ねえんだよなあ」

「誉だぞ?」

「そんな誉要らないな」

「ふふ、無欲なものだ」


 ぴ、と食物の山からわたあめが顔を出した。埋まっていたらしい。食物を退けて抱き上げてやれば、にゅー、と首を伸ばしてアルベドを見た。


「わたあめ、お前は良き者を選んでくれたな」


 わたあめはちち、と鳴きながら差し出されたアルベドの手に移動した。アルベドはわたあめを抱くと顔を埋めた。


「ふわふわとする。柔いな、お前は」


 わたあめは何も言わずにアルベドの胸に居てやった。しばらくするとにゅるりと抜け出して私の胸へと戻ってきた。


「どうしたら妃となってくれるのだ?」

「もう少し親交を深めてから言ってくださりません?」

「お前の話で堪らなくなってしまった」


 きゅる、と涙目で私を見る。アルベドの見目もあってなんだか犯罪臭がした。待ってくれ、まだ犯罪者にはなりたくはないのだ。


「私もうそのくらいの見目の子だと庇護対象って言うか」

「……ならば、この姿はどうだ?」


 ちらちらと光が舞うとアルベドの姿が成人男性へと変わった。涼しげな目元に、通った鼻筋、薄いが色づいた唇。圧倒的に美形であった。身長も私と同じか下くらいだったのが頭ひとつ分以上は高くなっている。


「ぎゃあああ! イケメンが! 自分が醜く思えるからそちらもご勘弁ください」

「ハヤチ、お前……中々面倒な人間だな」

「あなたも面倒な妖精ですからね?」


 これでも駄目か……と呟く。なら、と私からひとつ提案した。


「この案をのんでくださるのならば、考えてもいいです」

「ほう、それは?」


 不敵な笑みを浮かべた成人アルベドに、私は当初の目的であった話をした。

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