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第十四話 薔薇の庭園は迷宮か

 薔薇の庭園、そよぐ風は穏やかで、薔薇の微かな香りが身を包む。その庭園の片隅で茶会が行われていた。妖精王と私、側仕えの少数による茶会。テーブルの上にはちょこちょことわたあめが彷徨っているが、飾られた薔薇の花の香りを嗅ぐように花びらの中に顔を突っ込んでいた。


 一方私は慣れない場なのでそわついてしまう。居心地が悪いと言うか、王と一対一ならばいいが側仕えの存在が気になり茶を飲むことに逃げていた。いい茶葉を使っているのだろうが、味もよく分からなくなっていた。


 しかし、何から聞いたらいいものか。別に妖精王と親交を深める必要性はなかった。突っぱねたら突っぱねたなりに向こうも無理強いするような輩でもないだろう。ただ、神鳥が選んだ人間だから、それだけで妖精王は話をしようとこの場を設けてくれたのだ。彼の人間に対する忌避ではなく、黒の色を持つ価値ある者だからと言う理由のみで今、私はここに居る。


 妖精王を見れば、それはそれは優雅な振る舞いで茶を飲んでいる。私のそれとは比べものにならないほど、優雅である。


「ハヤチ」

「はい」

「……お前はイルガル国の者なのか?」

「……いえ、違います」


 相手の出方を窺うのが今は地雷を踏まずに済むだろう。私とて地雷を踏んでいいか悪いかの人物くらい選びはする。水戸場のやつは踏んでもいい人間判定を降ろしていたが。


「アガタからの話では、お前たちはここを目指して旅をしていたのだろう?」

「そうですね。開国の書状を持って」

「ふ、はは、人間如きが我らの国に状を送ったとて、そう簡単に開けてやるつもりはない」

「……あなたは何故、人間を憎んでいるのですか? 呪いまでもをかけて」

「さあ……何故だろうな」


 茶を口に運んで言葉を終えた妖精王は、これ以上話す価値はないと判断したのだろう。無理に聞くのも、危ない気がする。


 別の話題でも振るかと口を開いた。


「私は、異世界から来たのですが」

「ほう……この国に送る人間をと呼ばれたか?」

「その通りですね」

「ふふ……やはり人間とは愚かしい。お前はそれを飲んだわけだが、何故だ?」

「死ぬ以外に元の世界へと戻る方法はないとのことでしたし、タダで置いてくれるとも思わず、生きるため、そのひと言でしょうね」

「……よくぞ勝手な呼び出しに怒らなかったな」

「いや怒りましたけど、内心は。でも下っ端なわけなんですよ。特殊な能力を持っていようが」


 聴き壁なんて訳の分からない能力なんざ、イルガル国からすればゴミと同等だろう。金食い虫を神殿に置いておいてやる義理なぞあちらにはないのだ。だったら命令を聞いてやるのが一番保身になる。


「お前は確か、盾を持っているのだったな?」

「話を聴けば聴くほど使える壁と、相手の話に何か思うところがあると食い物が出てきます」

「はははっ! なんだそれは! 面白いな」

「ここはひとつ、お話でも聴けたのなら、何か出てくるかもしれませんよ?」


 聴き壁の力で妖精王から話を聴き出す作戦は使えるだろうか。と誘い出してみる。妖精王はそうだな……。と考え込んで話を始めた。


 母がまだ生きていた時の話。夜分ひとり寝ていた際にふと目が覚めたのだそうだ。夢を見た心地が身を包んでいたが、これがどうして思い出せない。寝ようにも夢の内容が気になり寝付けなかったのだそうだ。それほど楽しいと感じていた夢だったのだそうだ。


 幼かった妖精王は母の部屋を訪ねた。今思えば失礼だったと分かるものの、当時はそこまで考え至らず母を起こしてしまったのだそうだ。


 夢の話を母にすると母は笑い、まじないをかけてくれた。目の前に夢で見ていた情景が広がる。人間の首を断ち切り、腕を切り刻み、足をもぐ。そんな悍ましい夢だったのだそうだ。


 幼いながらにもこれは子供が喜ぶような夢ではないと感じたらしい。けれど夢を見ていた時は大層楽しく、そうして母も声をあげて笑ったのだそうだ。微かに見えた蹂躙される人間の顔は、父王のものだったそうだ。


「……そりゃ何とも楽しそうな」

「ふふ、無理におもねることはない。僕でもあれは子供が見てよい夢ではなかったと今でも思うからな」


 ぽこぽこ、と頭上から何かが落ちてきた。棒付きキャンディに、棒付きチョコレートか。


「これを差し上げましょう」

「なんだこれは」

「飴とチョコ菓子ですね」

「……大して楽しい話でもなかっただろうに、甘いものが出てくるものなのだな」

「まあ、こればっかりは運みたいなものですね」


 野菜やパンなどが出てくる場合もあると言えば、今の話は菓子になるのならば、他にも何か話してもいいか。と聞かれた。


 妖精王は差し出した飴を取るが、毒味は必要かと一応問うた。


「僕は毒への耐性がある。必要ない」

「そうですか。それは、ソーダ味の飴ですかね」

「そーだ」

「なんかしゅわしゅわします」

「ふふ、なんだそれは」


 包装を解いて妖精王が口に飴を含む。カラコロと口の中で転がし、再び笑みを溢した。


「うん、美味いものだな。これはお前の元の世界にあった飴か?」

「そうですね。まあ小さな頃食べたきりでしたし、懐かしくはあります」

「そうか。……お前は親に菓子を貰えるような、よいこだったのだな」


 自分の幼少期を考えるが、よいこだったかと言われると微妙なところだ。宿題は忘れるし、ゲームは注意されても中々辞めないし、ゲームのコードを隠されれば、隠れて買った代わりのコードを使ってこそこそとやっていたし、小賢しいクソガキであったとしか言えない。


 それを言えば妖精王は笑い出す。


「子供とはそう言うもの。親に反抗したい時もあるものだ」

「王はあったのですか?」

「……まあ、父に対してだけはそうだったやもしれない……」


 妖精王の顔に影が差す。あまりいい思い出は無さそうだ。棒付き飴を口に含んでいるのをみると本当に子供のような見目だ。実年齢は百は超えているのだろうが、何故見目は幼いのだろうか。


「王は、齢は?」

「百二十程か。いや、どうだったか……」

「その割に見目は幼いのですね」

「母の一族は千年は軽く生きる妖精なのだ。それ故にあまり見目も成長しにくい。交渉の場に赴く際は、成人しているように見える見目に変えるが」

「私には、その見目でよろしいのですか?」

「もしもの話ではあるが、伴侶となるかもしれない者に偽りを見せるわけにもいかないだろう」


 この王は残酷なのか誠実なのか。


 生き物とは多面的なものだと私は考えている。良い面を見せる相手も居れば、負の面だけを見せる相手も居る。サイコロのようなものだと私は考えている。王は極端すぎるが私の考える生き物としての考えを分かりやすく体現していた。


 彼は人間にとっては暴君。妖精にとっては名君なのやもしれない。私にとってはどうなのだろう。彼自身もどう接するか考えている最中なのかもしれない。


 なんでもない雑談に興じながら、王の思惑を探ろうとする。


「王は、黒曜石のような目をお持ちなのですね」

「ああ、母から受け継いだ瞳だ。この瞳は僕も気に入っている。ハヤチ、お前は烏羽色の髪に僕と同じ黒曜石の瞳をしている。……母を思い出す」

「母君はどのようなお方でしたの」

「……子供のような無邪気さを持つお方だった」


 それを言ったきり妖精王は黙り込む。会話の選択肢を間違えたかもしれない。紅茶を口に運びつつ、わたあめの様子を伺う。妖精王の手元に近づくと首元をわしゃわしゃと撫でられている。彼に対する警戒心はもう解かれたらしい。


「こいつは本当に愛らしいな」

「そうですね」

「僕もハヤチが来て初めて生きた個体を見た」

「そんなに珍しい鳥なのですか?」

「ああ、ある森の深くに群生しているが、人間には迷いの森となり立ち入れない妖精たちの森だ。母の出身がそこで、古くにこの鳥の話を聞いた」

「……その鳥がどうして、イルガル国に」

「お前を探しに行ったのかもしれない。渡りをする鳥でもないから、本当に」


 わたあめはぴちょ、と返事でもするように鳴いた。妖精王の手元から私の元に来ると、撫でろと頭を下げる。首元や頬を撫でるとあ〜とでも言いそうな気持ち良さそうな顔をした。


「はは、ハヤチの方が撫でるのが上手いのだな」

「それなりに一緒に居ましたからねえ」

「……名は、確かわたあめだったか」

「はい」

「ふふ、お前は菓子が好きなのか? ハヤチ」


 恐らく名前の他に、先程聴き壁で菓子を出したからだろう。王は飴を舐め終えたのか紅茶を口に運んだ。


「……そろそろ、執務へ戻らねばならない。僕が去っても茶菓子など好きに食べると良い」

「ありがとうございます」

「それと」

「はい」

「僕のことは王ではなく、アルベドと」


 微かに笑みを乗せたその顔に、アルベドと呟くと、目をしならせた。


「また近いうちに茶席を共にしよう。ハヤチ、わたあめ、ではな」


 きら、と光と共に王、アルベドの姿は消えた。……まあ名前で呼ぶのを許された辺り、バッドコミュニケーションは避けられたらしい。表情はころころと変わるものの、はぐらかされる場面なども多かった。まだまだ、仲を深めるには場数が足りていないのであろう。


 王の圧からの緊張が多少解けたのもあり、わたあめをわしゃわしゃと撫でくりまわすと、きゃる! と叫んで芝生に降りた。丁度いいし、薔薇の庭園の散策でもしようかと側仕えに声をかけた。


 わたあめの気の赴くままに進み、薔薇の香りに包まれているとなんだか姫様にでもなった気分だった。まあ姫なんて心底ごめんであるのでそんな気になっただけである。


 しかし、アルベドに伴侶にと望まれたのならば、もうその時点で逃げることは叶わないだろう。だが、素直にイルガル国に帰ったとしてもどんな扱いになるかも分からない。あまり碌な扱いはされそうにはなかった。


 伴侶になるのを避け、尚且つ平和的にこの国へ住まうことが出来るようになる方法はないだろうか。今のところアルベドには気を惹かれているとかそう言うのではなく、開国のために使えそうな話をどう引き出すべきかを考えている。


 不誠実ではあるが、いきなり伴侶になれと言われ、はいとは言えない。嘘を吐きたい相手でもない。


 庭園の出口まで辿り着き、側仕えに今日は部屋へと帰ると告げ、部屋へと戻った。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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