第十二話 妖精の騎士
野営の最中のことであった。次の街へと向かう途中、野営地を設け私は不寝番を勤めていた。かさ、と何かが草の中で動いた。私の膝で寝ていたわたあめが反応しにょんもりと首を伸ばして辺りの様子を窺っているようだった。
音のした方の茂みを見ていると外套のフードのようなものが微かに見えた。声をかけてみるかとも考えたが、現状危害を加える気がなさそうなのを見て無視をすることにした。
棒切れを持って焚き火の火を弄ってるとわたあめが私の膝から降りて、茂みの方へきゃるきゃると首をくねらせて怒り始めた。
「わたあめ、おいで」
わたあめを呼ぶが怒り続けているので、面倒だなと茂みの中の人物に声をかけた。
「あんたにそこに居られると仲間が起きちまうんだが、出て来れないのか?」
がさ、と音と共に外套を羽織った人物が飛び出してきた。焚き火の光に煌めいた刃物が振り下ろされ、がいん、と私の聴き壁が刃物を弾いた。
「危ねえなあ馬鹿がよ」
「っ! 貴様何者だ!」
「うるせえ仲間が起きる」
そこ座れよ。と棒切れで朽ちかけた丸太を指した。謎の人物はもう一度刃を振り上げて私を攻撃しようとしたが再び聴き壁に阻まれた。
「何しようが私には効かないから諦めな」
「……! ぐう」
どすん、と丸太に座った奴を見て、後ろで寝ている四人を確認する。今ので起きないのは少々不思議であったが、余計なことを言う輩に今は邪魔されたくなかった。黒髪を見せぬようフードを深く被った。
「名前は?」
「……人間に名乗る名なぞ無い」
「……ははーん、お前妖精か?」
「だったら何だと言うのだ。というか、命を狙った者に対するお前の傲慢さが腹立たしい!」
ぱさ、と外套のフードを取ると金の頭に緑の瞳をした男のようだった。以前聞き及んでいた通り耳は人間と違い尖っている。牙のようなものも見受けられ、人間とは少々違う見目をしていた。
わたあめは相変わらず妖精の男の足元できゃるきゃると怒っている。一度立ち上がって妖精の男の側へ行くと警戒心が見てとれた。わたあめを回収して元の場所に戻ると、動揺が伝わってきた。
「可愛いでしょ。この子」
「……その鳥はどこで」
「イルガル国で拾った」
「……その鳥は、この国の国鳥だ」
「妖精国の?」
「滅多に見るものではないから、そこまで懐いているのを見るのは初めてだ」
「ふうん」
わたあめは私の膝元で丸くなると目を閉じた。どうやらこいつへの警戒心は薄れてきたらしい。
「何しにここに来たの」
「言ってどうなる」
「暇つぶしにはなるねえ。こいつら起きねえのもあんたが何かしているからかい?」
笑みを浮かべてそう問うと妖精の男は少しばかり言い淀んだ。図星なのだろう。
「不寝番の私ひとり殺して、後で眠っている奴らのことも殺すつもりだったか?」
「……」
「お前は隠し事が下手だな」
はあ、とため息を吐くと妖精の男は私をキッと睨んだ。瞳孔が猫のように縦に長い。人間には見られない特徴だ。
「向いてないんじゃない? 人殺すの」
「俺は妖精国の騎士だ! 何かを殺せずして何が騎士か!」
「闇討ちするような騎士ちょっと嫌だな。正々堂々来いよ。それなりに実力あんだろ。まあ、こんな木端パーティも潰せないようじゃ、まだまだ下っ端なんだろうがよ」
嘲るように笑うが、馬鹿にしたように妖精の男は声を荒らげた。
「ふん! 貴様ら程度、俺ひとりの手で充分だ!」
「その割には、私と雑談楽しんじゃってるけどいいの?」
男はハッとした表情になると立ち上がって捨て台詞を吐きながら姿を消した。
「次会った時は、貴様の命貰い受ける!」
「あー、はいはい」
「いちいち癪に触るやつだ……!」
ではな! と妖精の男は去って行った。……これから命を狙われるにしろ、何だか間抜けな妖精である。
「ここは随分と、賑わっているな……」
「これが皆妖精ですか……。皆さん、フードは死守してくださいね。人間だとバレた場合の混乱は避けたいですから」
数日後、街に辿り着くと人々、と言うか妖精たちの賑わいが街を満たしていた。妖精の見目は人間に近いものの、時たま御伽噺にでも出てきそうな小さな羽の生えた妖精の姿も見てとれた。
以前野営で出会った妖精のことは誰にも話しては居なかった。害がなく終わったのならば、余計な情報を与えて常に警戒状態に身を置く必要もないだろう。一応は仲間のことを考えてのことだった。
さて、と水戸場が話し出す。
「宿を取りたいところですが、妖精の国で我々が持ってきた通貨は使えるのですかね」
「露店で試してみますか?」
イザークがひとつ露天に目をつけてひとりで向かったが、しばらく店主と話したかと思うと首を振りながら戻ってきた。
「無理ですね。もうこの国は独自の通貨を使用しているようです」
「えー! じゃあ今日宿無しってこと!?」
「何かしら装備品でも売るしかないかしらねえ」
道の端の方で五人でどうするかと相談していたが、そういえばと、ポーチを漁る。白骨死体から掻っ払った指輪と金の入った皮袋。指輪はまあまだ隠し玉としておいて、皮袋を水戸場に差し出す。
「何ですか? これ」
「死体から掻っ払った金。これもしかしてこの国の通貨じゃない?」
「いつの間にそんなことしていたんですか……」
微妙に水戸場に引かれたが、袋から通貨を出しこの世界出身の三人に確認してもらう。
「見たことのない通貨ですね」
「この通貨に描かれているのって妖精王なのかな」
コインをひとつだけ受け取って眺める。男性だろうか? 横顔が通貨に描かれている。
「これだけでは宿に泊まるのは難しいかもしれませんね」
「……なら、増やせばいい」
「は?」
水戸場の言葉に四人で疑問符を浮かべると、水戸場はそれはそれは美しい笑みで言葉を紡ぐ。
「ここは街でしょう。ならば賭場もあるはずです。僕が増やしてきます」
「お前ギャンブラーなのかよ。その悪役令嬢お兄さんみたいな見た目で」
「出禁になった店は数知れず。世界大会にも出ていましたからね」
「出禁になる辺りお前絶対煽り散らしてたんだろうな。相手のこと」
水戸場の提案で水戸場に金を預けることになったわけだが、水戸場がるんるんとでも音が鳴っていそうなほど上機嫌になっていたので、水戸場に聞こえぬようにぼそりと三人に呟く。
「素寒貧になったらあいつタコ殴りにしようぜ」
「いやあ、いい収穫でしたね」
「お前がここまでギャンブルに強いとは思わなかった」
無事宿に泊まれることになった我々は、食堂で食事を摂っていた。水戸場の豪運は相当のものだったらしく、王都に一ヶ月は滞在可能なのではないかというくらい稼いできたのであった。
「やはりギャンブル! ギャンブルは健康にいいですねえ!」
「すげえゲス顔するじゃん」
水戸場の悪役令嬢お兄さんゲス顔の披露を見つつ、ここからならば王都へと馬車が出ているのではないだろうか、とイザークが言う。
「乗り合い馬車に乗れるのならば、かなり時間短縮になると思います」
「でも王に謁見出来るかは別の話よねえ。書状も受け取ってもらえるか分からないし」
「人間への仕打ちを見るに、相当人間嫌いでしょ。妖精王」
リシェがソーセージにフォークを刺してから、パリと音を響かせながら、どうする? と我々に問うた。
「……妖精の騎士の知り合い尋ねてみようか」
「は? ハヤチって妖精に知り合いいるの?」
「この前不寝番の時皆の寝込み襲ってきた奴」
「何でそう言う重要なこと言わないの!?」
「えー、常に警戒状態とか疲れるし……」
「今回の元手の金といい妖精といい……あなた、情報共有の重要性を分かっていませんね」
「はいはい、ごめんなすって」
パンを千切ってスープに漬けて口に入れる。水戸場にくどくどと情報共有においての重要性を説かれるが、右から左へと流れてゆく。膝元に居るわたあめにサラダのレタスをあげるとしゃくしゃくと食べている。
「聞いていませんねあなた」
「いいじゃん別に。今回金があって助かったのは確かだろうが」
「それもそうよねえ。手癖が悪いのはちょーっと、いただけないけれどね?」
フェロメナに凄まれ、少々怯む。
「てかその死体って人間だったのかなあ」
「白骨死体だったし、人間か妖精かは分からなかったなあ」
「まあ、今回はいいでしょう。ハヤチさんのお陰で助かったのは確かなんです。ミトバさんも、落ち着いてください」
「僕は元より落ち着いていますよ。イザークさん」
眼鏡の橋を指であげつつ、水戸場は私を睨む。私は変顔で返してやるとクソでかいため息を吐かれるのだった。
「あなたの楽観的なところは長所でもありますが短所でもありますね。助かった場面もありますが、今後は多少は我々のことも考えて行動してください」
「はーい」
食事に意識を戻し、五人で話し合いながら食事を終えた。女性組、男性組に別れ宿の部屋へと入る。フードを取ってベッドに転がる。久々のベッドはやはり安らぐなあ。と顔が緩む。
一度起き上がって荷物から皿とわたあめのシードの袋を出してわたあめにご飯をあげた。わたあめを観察しつつ、わたあめも白の鳥だから、国鳥としては尊ばれる鳥なのだろうな。と考えた。
「わたあめは可愛いねえ」
「そうよねえ」
「口に含みたい」
「……ハヤチの可愛がり方って、ちょっとおかしいよね」
わたあめは食事を終えるとベッドに飛び上がって枕元で丸くなる。
この宿には風呂があるらしく、先にフェロメナとリシェが入って来ると言うので私は部屋でひとり残りわたあめと遊んでいた。とんとん、と指でリズムを取ると、わたあめも体を上下させてダンスを踊ろうとする仕草を見せた。
しばらくそうして遊んでいたが、強い眠気が突然やってきたのでベッドに潜って寝る準備をして目を閉じた。風呂は朝からやっているそうだから、朝に入ればいいだろう。と布団に潜り込んでくるわたあめの質量を感じながら眠りについた。
寝入る間際、きい、と微かに扉の開く音が聞こえた気がした。
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