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第十一話 魂を返すためには

「お、街かあ?」


 遠目に建造物が見え出した。近づくにつれてやはり荒れ果てたような街であった。家々の壁には蔦が張っているし、ここにも少数ばかり人間が隠れ住んでいるのだろうか?


「どうします? このまま通り過ぎてしまいましょうか?」

「いや、空き家にでも今日は泊まりましょう。何処ぞ良い場所がないか探します」


 大通りであっただろう道を進みながら、やはり人の気配はないなと街並みを眺める。もうすぐ黄昏時が訪れる空の色をしていた。久々に屋根のある場所で泊まれると思うと少々安心した。


 住宅街にやって来るとイザークがひとつの家に目をつけたらしく、扉が開くかと試した。鍵はかかっておらず簡単に開き中へと入る。埃っぽいが広さのある家だ。今日はここに泊まろうとなり、各々背負っていた荷物を下ろした。


「ここの街も無人となると、王都はどのような様相になっているのやら」

「王が崩御したとの噂も聞かないものねえ。実際に行く他ないと思うわ」


 ダイニングテーブルの椅子の埃をはらって座り、五人でひと息吐いた。


「途中で井戸あったけど水汲み行きたい人〜」

「言い出しっぺが行くといいですよ」


 水戸場にそう言われて全員私を見る。


「あー、はいはい! 私が行きますよ!」

「自分も供をします」

「なーんていい奴なんだイザークは。お前らも見習え」

「だって疲れたんだもーん」


 立ち上がって台所に向かいバケツを探す。三つあったがひとつは底に穴が空いていたので無事な二つを持ってイザークと共に家を出た。井戸のあった場所まで行く。井戸を覗き込んでみると水は枯れてはいないようだったが、少々枯葉などが目立った。数度掬い上げゴミを排除してから綺麗な水を汲んで帰る。


 その際に、小さな人影を見かけた。追うことはせず空き家に帰ってから三人に報告した。


「子供くらいの大きさの人影を見かけました」

「やはり、この街にも隠れ住んでいる者は居るようですね」

「私、ちょっと探してこようか?」


 そういえばリシェは弓兵の他に斥候も担っていたのだったと思い出す。


「でももう日が暮れるよ」

「暗闇くらい移動できなくて何が斥候だと思ってんの? ちょっと行ってくるよ」


 リシェが弓と矢筒を背負い空き家を出て行った。大丈夫だろうかと心配はあったが、深追いをするようなタチでもなさそうし心配はいらないか。


 わたあめが汲んできたバケツの端に止まって水を覗き込んでいたので、水を少々平皿に移し替えるとぱちゃぱちゃと水浴びを始めた。わたあめ、文鳥と同じで毎日水浴びを要求して来るので、多少小汚くなって来た自分と違い毎日綺麗である。


「わたあめ、お前は可愛いちゃんだね…毎日綺麗綺麗だね」

「ぴぽ」


 水浴びを終えたわたあめは水浸しでおしゃれヘアスタイルが完成されていた。ぶるるんと羽を揺らすとびちゃびちゃと水が飛び散る。


「うわ! それやめてくださいよ! 眼鏡に水が付くんですから」

「動物にやめろなんて伝わらねえって、諦めろ」


 ぶるぶると私の頭の上に乗って羽繕いをし始めた。椅子に座りながら食事の用意をしているフェロメナとイザークを眺めた。


 正面に座っていた水戸場が私に話しかけてきた。


「ここに人間が住っていたとして、どう生活を成り立たせているのでしょうね」

「畑でも作ってるんじゃない」

「畑を作るにしても、食物の種などあるのでしょうかね。芋を作るにしても、食べる分の他に種芋を残しておかねばならない。小麦粉を作るにしてもどう製粉しているのか。少数しか住っていないとしたら、生活を成り立たせるだけでも大仕事」

「この国からイルガル国へと亡命して来た者もいるだろう。何も話さないのは気になるけれど、……口止めの魔法でもかけられていたりしてね」

「あり得ますが、だとしてもここまで通った街の様相は只事ではありません。助けを求める者を、片っ端から排除に動いているようにも考えられます」

「それはつまり、我々も監視されていると?」

「可能性としてはあり得るでしょうね」


 わたあめを頭から机の上に下ろす。まだ湿っているが粗方乾いたようだった。羽繕いを見守りながら水戸場に話を続けた。


「この国に異常が起こっているのは分かりきっているけれど、我々でどうにか出来る問題だと思う?」

「場合によってはイルガル国の介入を必要とするでしょうね」

「ま、介入してもっと悪化しなきゃいいけどねえ」


 へ、と鼻で笑うと水戸場は眼鏡の橋に指を当てた。


「我々はね。ただ手紙を届けろって命で動いているだけだからねえ。それ以上のことしてやる義理はあんのかって話」

「あなたには慈悲というものが欠けているように見受けられますね」

「慈悲なんかで腹が膨れるかよ。馬鹿らし」

「もう、何言い合いしているのよ。はい、スープ出来たわよ」


 話の雲行きが怪しくなって来たのを感じたのかフェロメナが口を出して来た。スープの椀を受け取り、一時休戦だなと水戸場を見て笑った。


 イザークがランプに火を灯す。机の真ん中にそれを置くと、リシェはどうなったのだろう。との話になった。


「しばらくすれば帰ってくるでしょう。斥候役を己から担っている方です。引き際は弁えるでしょう」

「そうね。リシェは賢い子だから」


 フェロメナが椅子に座ると、いただきましょうか。と食事を開始した。干し肉にスープ。少々飽きて来たなと思っていたが、誰かの話でも聞けば何かしら食材は降ってはくるだろうが今はまだ使うべき場面ではない。そこまで切羽詰まった食事事情でもないのだ。


 食事を終えてから談笑していると扉の開く音が聞こえて来た。


「リシェ、おかえりなさい」

「うん、ただいま」

「結果は?」

「一軒に何人か人間が住っている家を見つけた」

「そうですか。ならば明日にでも訪ねてみましょう」


 お腹すいた〜とリシェが言うとフェロメナがスープをよそってやって干し肉と共に出していた。

 リシェに話を聞きながら夜は更けていった。







 翌日、リシェが見つけたと言う街の郊外にある家へとやって来た。ボロ屋寸前と言う趣の家だったが、人の生活の気配がしていた。居るのは三人ほど、全員年若い者たちだと言うことだった。


 水戸場が家の戸を叩くと、中から大きな音が聞こえて来た。それからしばし待てば、戸が少しばかり開いた。


「に、人間?」

「ええ、僕らは正真正銘人間ですよ。少々お話をよろしいですか?」

「あ、えと、兄さん呼んできてもいい?」

「ええ、構いません」


 これはしばらくかかりそうだな。と私は家付近の散策をすることとした。耕された畑や、厩舎がある。中に入ると牛と、何故か口輪をされたレッドボアに似た魔物の姿があった。他の牛たちを襲わないように、育てて食う用だろうなとアタリをつけた。しばらく散策して戻ってみると、成人したばかりかどうかに見える男性の姿が戸口にあった。


「こちらの街、何故無人なのでしょうか。旅の者として少々不思議でして、お教えいただいてもよろしいですか?」

「……どこから旅を?」

「イルガル国からです」

「この国の瘴気によく耐えられたね。国外の者は発狂すると聞いていたから」

「我々には耐性があるようで」

「……立ち話もなんだ。入ってくれ」


 家の中に招き入れられるとリビングらしき一室に通される。先ほどの少年と、身重と見える女性の姿があった。


 ソファに座るようにと促され、それぞれソファや椅子などに座る。あまり歓迎されていないような空気ではあったが、水戸場が口を開いた。


「僕は水戸場と申します。あなたは?」

「俺はニチニク」

「ニチニクさん、この国に漂う瘴気は、耐性がなければ産まれる子供が魔物へと姿を変えると以前聞き及びました。そうして人が少なくなって行ったとも。この街には」

「もう俺たちしかいない」

「……この国に何が起こっているのですか?」


 それが、今我々が一番知りたいことだった。


「この国は、妖精王の手により妖精の国へと変わろうとしている。妖精の血を引く王が、人間を排除して妖精だけの国へ造り変えようとしているんだ」

「……何故そのようなことを?」

「そんなの俺が知りたいね」


 ふう、とため息を吐いたニチニクは頭に片手を添えた。


「人間は滅べと、呪いが蔓延してこのザマだよ。妖精王は余程人間が憎いんだろう」

「王の交代の話はイルガル国には聞こえては来ませんでしたが」

「前王は殺されたと聞いた。もう古くに」


 妖精だけの国。妖精のためだけの国。今現在妖精には出会ってはいなかったが、次の街に行けば妖精はわんさか居る。とニチニクが呟く。


「気を付けな。妖精は耳が尖っている。人間の丸耳を見たら迫害されるぞ」

「……我々はイルガル国の命により、王都を目指しています。ご忠告感謝いたします」


 ばこばこばこ、私の頭の上から何か降ってきた。拾い上げると米やパスタやソース、カレールーの箱や野菜類だった。


「……どうですか? 食事でも。材料はこちらが負担します」


 私を見た水戸場が笑みを浮かべてそう言うと、ニチニクは薄く笑みを浮かべ、久々の客だから、と食事を共にしてくれることとなった。


 ニチニクは弟に厩舎で餌をやって来いと言い、他のメンツで食事を作るようなので私は弟の手伝いに行こうと名乗りをあげた。


 弟、名前を聞くとガイと名乗り、厩舎の牛たちの餌やりに向かった。


「この牛たちは食べるために?」

「うん。あと乳牛も居る」

「この魔物も?」

「それは兄さんと姉さんの子」


 その言葉に思考が少しばかり止まった。近親相姦の上の子に、魔物として産まれてしまった子。じゃあ、あの腹の中の子も……。


 考えれば分かることではあった。もう彼ら以外に人間は居ないと言っていいのに子を孕んでいるのだ。……この分では、恐らくもう何人か産んで殺して食ったのではなかろうか。


「こいつ、殺せなかったんだ」

「……そう」

「殺してやる方がこいつのためになるって分かってる。けど、兄さんにも姉さんにも無理だった。……だから、いつか、俺が殺さなきゃいけない。こいつのためにも。俺が、他にも殺したから、またちゃんと殺してやらなきゃいけない。魂を返してやらなきゃいけない」


 理性もなく、獣としての本能しか持ち得ない子供。きっと、いつか殺さなければいけないのならば、身を切られるようにつらいことであろう。……ガイは何度もそれを経験してきたのだ。残酷以外の言葉がなかった。


 ガイは魔物の口輪を外してやり餌を食い始めた魔物を撫ぜていた。それをただ突っ立ってみていることしかできない自分に腹を立てた。


 カレーライスを作ったからと水戸場が呼びにくるまで、ガイは魔物を撫ぜ続けていた。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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