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第十話 無自覚の傲慢

 野営をすることとなり、水場の近くに野営地を設けた。焚き木を広拾い集めていると遠くで何か光った気がした。草を掻き分けて拾ってみると指輪のようだった。赤い石が付いておりガーネットのように見えたが、正直宝石には明るくないので推測でしかない。売れば金の足しにでもなるか、と腰のポーチに指輪を入れた。


 よくよくみると白い骨のようなものがあった。立ち上がって確かめれば、白骨化した人間の遺体だった。頭蓋骨に損傷が見られ、それが原因で亡くなったと見える。残された外套や服を漁ると硬貨が入ってるらしき袋があった。手を合わせてからその袋を手に取りポーチに突っ込んだ。


 焚き木を粗方集め野営地へと戻る。イザークが食事の下準備に野菜などを切る音が響いていた。


「薪これくらいで足りるかな」

「充分ですよ」

「他の皆は?」

「まだ薪集めと水汲みから戻って来ていないですね。……少々遅いが何かあったか……?」


 ふうむ。とイザークが考えるような仕草をしたが、まあそのうち戻ってくるだろう。と薪を数本火に焚べる。


 十分程すると全員戻って来たので要らぬ心配だったらしい。イザークが食材を煮込んでいるのを見ながら、口元を触る。随分と煙草を吸っていないな。禁煙する良い機会かもしれないが、やはり口寂しさはあった。


 地面に座り込んでローブのフードからわたあめを掴み上げ、胡座をかいた足の間に入れる。ちち、と鳴いて私を見上げるとふこふこと動いて丸くなった。


「今現在ここはどこら辺なんだろう」

「まだまだ王都までは距離はあるよ。二、三は街を経由してかないと」

「わざわざ経由する必要はあるのですか? どこの街もあの街と似たようなものかもしれませんが」

「街道を伝って行くのならば、どうしても通る必要はあると思うわよ?」


 私と水戸場にはメルクト国の地理的な知識に明るくない。少なからずこの世界で生きて来た三人の言うことは信用するべきかもしれない。


「街道を逸れて進むのは出来なくはないけれど、危険性は上がると言っておくよ。それにメルクト国の地理的に考えると街道を通るのが一番の近道なんだよ」


 リシェは地図を地面に広げて私と水戸場に見せてくれた。確かにイルガルから繋がる街道はほぼまっすぐに王都へと繋がっていた。リシェの話では、古くに交易を行っていた際に森を切り開いて整えた道らしい。


「これよりも昔の地図は道が曲がりくねって居てね。その道も今現在使われているかどうか分からない。下手に街道を逸れるべきじゃあないね」

「そうですか」


 水戸場は納得したようでそれ以上問い詰めるようなことはしなかった。


 出来上がった食事を摂りながら、日数としてはどれほどかかるのかとリシェに聞く。


「んー、二週間くらいかなあ」

「遠いんだか近いんだかよく分からないなあ」

「メルクト国は然程大きな国じゃあないからね。徒歩でそれくらいだったら近い方だよ」


 わたあめに目を向けるとシードを入れた皿を突いて、時たま水をこくこくと飲んでいる。


「結局わたあめ連れて来ちゃったけど良かったのかな」

「懐いているのだし無理に離すこともないわよ。害もない可愛い小鳥ちゃんだもの」

「……まあいいかあ」


 私に指を差し出すとしばし動きを止めて眺める。ゆっくりと頬に近づけて掻いてやると気持ちよさそうに目を閉じた。


「わたあめなんて名前の鳥なの?」

「イルガルの王都では見かけたことがないから、それは分からないわねえ」


 フェロメナが小首を傾げているので、地方にしか存在しない種だったのかもしれない。文鳥をでかくしたような見た目だが、あまり飛ぶのは得意ではなさそうだ。放っておくと地面をちょこちょこと歩き回っていることが多い。


 食事を終えて片付けをし、日も暮れて来た。各々寝支度を整え、今日の不寝番はフェロメナとイザークなので私は朝まで眠れる。正直ベッドが恋しいが贅沢は言えない。毛布を被ると、しゅぽ、と隙間からわたあめが毛布に潜り込んできた。


「んちゅちゅ、わたあめ〜」

「うわ」


 わたあめにちゅーをしていると水戸場に見られていたのか引いたような声を出される。


「ンだオラッ! 見せもんじゃねえぞ!」

「あー、はいはい。申し訳ありませんね。さっさと寝てください」


 水戸場は眼鏡を取ると私に背を向けて寝始めた。私もわたあめと添い寝するかと目を閉じる。ぱちぱちと火の爆ぜる音を聞いているとよく眠れそうだ。意識が遠のいていくのを感じながら、耳にはずっと焚き火の音が聞こえていた。


 意識が浅い場所を行ったり来たりしており、なんだか懐かしい香りがして目覚めた。


 薄く目を開けると、フェロメナの背が見える。フェロメナが火の番をしながら、ふう、と煙を吐いた。


 もそもそと起き上がるとわたあめが射出されてきゃるきゃると文句を言っている。その声に気がついたフェロメナがこちらを振り返った。


「あら、どうした?」

「なんか目覚めちゃって」

「水でも飲んだら? 火照った体に染みると思うわよ」


 立ち上がってフェロメナの隣に行くと水袋を差し出された。水を飲むと確かに少し落ち着いた。


「フェロメナって煙草吸うんだね」

「たまにね」

「私にも一本くれない?」

「あら、あなた吸えるのね」


 どうぞ。と紙巻き煙草を一本貰う。


「これは手巻きしたの?」

「そうよ。ちょっと重めだから気をつけてね」


 フェロメナが指先から小さな火を出した。口に煙草を咥えて火をつけさせてもらう。すう、と吸えば確かに少し重めかもしれない。


「ああ〜……久々に吸った。染みる」


 肺から血液にニコチンが入り込み、少しばかり頭がはっきりしてくる。元の世界ではあまり歓迎され難いものではあったが、頭をリセットさせたい時などに吸っていたのを思い出した。


「私が常飲してたやつより重い」

「無理しないでね」

「久々だから最後まで吸いたいわ」


 はは、と笑いながら紫煙を吐き出す。


「フェロメナが煙草吸うの意外だなあ」

「よく言われる。それを言うのならあなたも意外だけれどね」

「よく言われますわ」


 私は見目があまり派手ではない。派手髪は似合わないし、ピアスを開けているくらいなものだ。なのでよく男性に変な絡み方をされることが多かった。だから、自己防衛の一種として煙草を吸い出したのだ。女性の場合、そう言う自己防衛として煙草を吸う人も少なからず存在する。


 時と場所を考えて吸っては居たので、歩き煙草なんてしたことはないし、吸い殻をポイ捨てしたこともない。家で寝起きに吸うか、自己防衛として喫煙所に逃げるために吸いにいくくらいなものだった。


 久々に吸ったのもあり、体がリラックス状態になって来た。吸い殻を焚き火に入れ、水で口を注いでから、きゃるきゃると怒っていたわたあめを抱き上げる。


 これを最後に禁煙をしてもいいかもしれない。喫煙所に逃げるなんてもう出来やしないし。


「ねえ、ハヤチ」

「何?」

「ハヤチは旅を終えたら何かしたいことはあるの? もう死ぬ以外の方法では、元の世界には戻れないのでしょう?」

「……そうだねえ。聴き壁があるから、他者に殺してもらうのももう叶わない願いだし、自殺も出来るか分からないし、病死か老衰するまで生きなきゃ帰れないんだろうね」

「……それは、少し残酷ね」

「水戸場は、何かあって死んだらすぐに元の世界に戻れるんだろうけれど。私は、ね」


 私はこの世界で平和に死ぬまで生きていかなければならないのだと思う。勝手な都合で呼ばれたのだから、最後まで神殿には責任持って世話をして欲しいものだ。と言うか縋りついてでも駄々を捏ねてでももぎ取ってやるつもりである。その立場を。


「やりたいことかあ。これと言って思い浮かばないんだよな」

「この世界に住まうのならば、この旅で何か見つけておきなさいな」

「でも自由に生きれる保証はないよね。私、黒だしさ」


 ぱき、と焚き木を折って火に放る。


「黒は、確かに生きにくい世界だとは思う。でも、少しずつ変わって来てはいるの」

「その少しずつって、何十年とかかるやつ?」

「……意地悪ねえ」

「黒を好く人なんているのかな」

「あら、イザークが居るじゃない」

「ええ? この世界の特殊性癖男に嫁げと?」

「良いと思うけれどね。私は」


 フェロメナはもう一本煙草はどうかと差し出して来たが断った。


「イザークはあなたをきっと守ってくれるわよ」

「……でも、水戸場のことは誰が守ってやれるだろう」


 ぼそ、と呟く。私と同じ黒の人。彼は上手いこと神殿に取り入ることくらいやりそうなものであったが、なんとなく気になった。


「ミトバが気になるの?」

「同郷として、だけどね。恋愛感情はない」

「ふうん。……正直、ね」

「うん」

「黒の生き方は、そう楽ではないわ。あなたが自身やミトバの今後を懸念するのもよく分かる。過去には奴隷のように使われたり、髪色だけで遠巻きにされたり、石を投げられたり、そう言うこともあったの」

「うん……」

「変わって来ているのは本当。でもまだ色濃い差別はある。……ごめんね。私は、その時に守ってあげられるか分からない」

「いいよ。フェロメナが優しいの、知っているから」


 フェロメナは柳眉を歪ませて私を見ていた。苦しそうなその表情に、本当に優しい人なのだと分かる。


 私とは違う白に近い髪色。驕ることは簡単だ。けれど彼女はそれをしない。出来ないのだろう。優しい人だから。


「……この旅が終わったら、さ」

「ええ」

「一緒にお茶でもしてよ。今みたいに、なんでもないこと話しながら」

「……そんなことでいいの?」

「それがいいんだ」


 笑みを浮かべると、戸惑ったような顔をしていたフェロメナは、泣きそうに顔を歪めた。


 彼女にとって黒は哀れみを向ける色なのだ。だからこんなに心を砕いて、力になれぬかと言葉を紡ぐ。それは、傲慢でもあった。彼女にその自覚はないであろうが。けれど私はその優しさと傲慢につけ入り、彼女の庇護欲を煽った。我ながら性格が悪いと思う。


「そろそろ寝るよ。話してくれてありがとう」

「ええ、おやすみ」

「うん、おやすみ」


 寝床に戻ってわたあめを地面に下ろす。毛布を被るとわたあめが中に入って来た。トコトコと自分よりも早いわたあめの心音を感じながら眠りについた。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ評価等いただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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