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第一話 壁に耳あり

 いつもの日常が突然ひっくり返るようなことは、滅多に起こらない。平和な世とも言い難いものではあるが、表立ったヒーローが居なくても割と街は平和で、犯罪者も陽の当たる場所には滅多に出てこない。誰かに凶刃を向けられるとか、そうあったものでも無い。明日は我が身とも言い難い。そう言う平和の元に多くの人は生きている。


 だから、自分に刃を向けられる時が来るだなんて思っても見なかった。ずっと平かな人生を送るものだと思っていたのだ。


 切り傷から血が止めどなく流れ続ける。額の傷を押さえながら混乱しきる頭の中で、これは現実なのかと自問した。痛みだけはそう言っていた。


 私を庇うようにスーツ姿の男性が前で喧々と何かを叫んでいる。周りには見知らぬ白いローブのようなものを纏った人や、黒い鎧を身に纏う騎士のような人が多く見えた。


「勇者殿、その方を庇い立てするものではない。我々に必要なのは、あなただけです」

「勇者とか、知りませんけどね。突然刃を向ける人がどこに居るって言うんだ! あなた方は一体何なんですか!? ここはどこなんですか!」


 男性は常に背に私を隠し表に立ってくれていた。左目に血が入って視界が片方朱に染まっていた。朱に染まる目から見た視界の方が今の状況に沿っているように思えたが、目が痛いのだと自覚して左目はすぐに閉じた。


「あなたの疑問は最もだ。だが、我々にも事情と言うものがある。そちらの方は返させていただく」

「帰させるって……思いっきり殺す気だったじゃないか……! そんなもの振り回して何のつもりだ!」

「も、もう大丈夫です」

「駄目です! 僕の後ろから出ないで!」


 男性はすぐに私を後ろに隠す。帰すと言うのだから帰してもらえば……と思ったが、帰す。返す。と言う意味と先程の騎士の行動で、恐らく物理的死に到達するのだろうと考え至って男性の背でじっとしていることにした。


 まあ、私としては、面倒な話はそちらでしてもらい、今現在は恐慌状態で話が頭に入らなかったこととしてもらおう。と全員に背を向け舌を出した。


「勇者召喚の儀、それが私共があなたに行ったものです」

「勇者? 馬鹿言うなよ。そんな慈善事業願い下げだね。人を真っ先に殺すような奴らとつるみたくない!」


 何だか雲行きが怪しくなり始めたので、出した舌を引っ込めて真面目に聴くこととした。こいつ熱血馬鹿か? 後先考えろ。


 話を聞くに、よく創作物で行われる勇者召喚、異世界転移。が我々に起こったらしい。で、本来彼だけが転移するはずが私が巻き込まれた。と。よくあるものだ。勇者以外はいらないとの御用命らしく私は消される寸前で彼に服の襟元を引っ張られて額に傷を負う程度で済んだ。と。


 で、あちらとしてはひとりだけでいいと言う命令に従う他なく、現状男性による駄々っ子が行われている。とここに居る殆どの人間は思っているのだろう。私としては彼の駄々っ子で命を拾った人間なので文句を言えないものではあるが。


 一度話し合いの場を設けてもらった方が良さそうだ。と考え至り、立ち上がって男性の横に移動する。


「僕はあなたたちなんかと──」

「話し合いの場を設けていただけませんか」

「あ、あなた! 危ない出てくるな!」

「返答次第ではあなた方の申し出に応じる意思はあります」

「……、……分かりました。剣を下げなさい」


 トップらしき白ローブの男がそう言うと、男性の前で剣を構えていた騎士が後ろに下がって剣を下げた。ローブの男は一瞬すごい逡巡したように見えたが、一旦は命は拾ったと胸を撫で下ろした。


「手当をいたしましょう。ハヤチさま」

「あ、ども……」

「あなた! 早池さん! どうしてそいつらの話なんか!」

「……水戸場さん、ちょっとこっち」


 スーツの男改め、水戸場を連れて少し隅の方に寄る。少し声を顰めるが語調は強くした。


「あんた馬鹿か! 私だけ切り捨てられりゃまだマシだが、あんたも下手すりゃ意に応じないって切り捨てられてたぞ! 熱血馬鹿も大概にしておけ!」

「なあ!?」

「いいか、ここは敵地ど真ん中と見ていいんだぞ。何か行動を起こすにしても、情報を揃えるのが先だ。変な気起こすなよ。あんたの行動で私の運命が決まる場合もあるんだ。いいか。絶対に暴走するなよ!」

「ぐ……分かっ、りました」


 ぐ、と言いたいことを飲み込んだようだが、今はそれでいいだろう。私共の話を見守っていた彼らに話の場を設けてもらう約束をし、私は水戸場の監視付きで手当を受けてから一室に通された。


 洋館のようで白を基調とした繊細な彫刻などがあしらわれていた。広い円卓のある部屋で、最奥の席に先程のローブの男性が座っていた。私たちの入室に腰を上げると、お座りください。と席に着くように促された。


「現状の整理をしたい」

「はい、突然のお喚び出し申し訳ない。私はイルガル国の神殿に仕える司教です。名をリーバルと」


 リーバルに話を聞くが、ここに現れた際に初めてされたものと同じものを聞かされる。


 イルガル国の北に、妖精王が治める国があるのだと言う。勇者にその国に行って欲しいと言うのが先程聞いた話であった。落ち着いて続きを聞く。先程は名乗ってそうかからず斬りかかられたのだったし。


 どうせ妖精を倒せとかそんなもんだろうと思ったが、書状を運んで欲しい。とのこと。普通の人間では駄目なのかと聞けば、人間に害ある空気が妖精の治める国には流れているらしく普通の人間では立ち入れないのだそうだ。だったら妖精の国から出てきた者に託せばと言えば、誰も戻りたがらないのだと言う。無理に託しても届く気配がないので、だったらこちらで作った駒を向かわせるしかない。と召喚が行われたそうだ。


「つまり、私共に開国の交渉に行って欲しいと?」

「そうなります」

「異世界の人間には害ないんですか?」

「害がない人間を選んでくださるとのことで……」


 何か神様的なものが居るらしいが、だったら何故私は斬りかかられたのだろう。神が選んだ人間だろうに。

 顔に出ていたのか、リーバルが疑問に答えてくれた。


「お喚びした際、名前を伺いましたね」

「ああ、……聞かれました」

「その際、魂の鑑定を行ったのですが……」


 知らないうちに鑑定されていたと。結果を促すと、水戸場には勇者との勝手に付けられた名に恥じぬ性能らしい。一方で私はなんか防御と基礎体力はクソ高いがそれ以外カスとのことだった。大分オブラートに包まれていたがそう言うことだそうで。で、次いでよく分からないスキルがあったそうだ。


「なんですか? そのスキルって」


 若干心傷気味の私を気遣ってか水戸場がそう聞いてくれた。リーバルは考え込むと声量抑えめで口にした。


「聴き壁……と」

「あ?」

「聴き壁と、ありました」


 なんだ聴き壁って。頭に疑問符を飛ばしている私と水戸場を他所に話は進む。


「分からないのです。我々にも。ただ未知のスキルは排除した方がいいとの決まりを上が作ってしまい……」

「それで私、殺されかけたんですか……」

「帰れる方法は?」

「……一応、魂のみのご返還となります」


 肉体的に死ぬしかないらしい。流石にそれはご遠慮願いたいものだなあ。と顔をしわくちゃにしていると、リーバルも意を汲んでくれた。


「先程は申し訳ありませんでした。ただ、この世界に留まるにしても、異界の人間を好く者が居るかどうか。と言う話も絡んできて」

「どう言うことですか?」

「……我々には、色階と言うものがあるのです」

「しきかい?」


 なんだか話に聞くに、この世界、色が薄ければ薄いほど魔力が多いと言う認識が世間一般にあるらしい。で一番有り難がられるのは白なのだそうだ。


 で、我々はと言うと、黒髪黒目である。忌色と呼ばれる色階らしい。が、それも過去の話らしく、近年黒髪黒目は白よりも魔力が高い人間を多く有すると分かったそうで、昔に比べて差別的なものは少なくなっているらしい。しかし首都は良いが、地方の田舎などはその理解が進んでいない。と言うことと考えていいだろう。


「まあ、妖精何某を尋ねるならば、田舎は通らなければなりませんし、理解を得られない場所も出てくると……」

「ひとりならば言い訳はなんとでも出来るものですが、ふたりとなると……」

「まあ……面倒ですよね……」


 神様も色までは考慮してくれなかったらしい。で、忌色に変なスキルの私は面倒極まりない。と言うことで消されそうになったと。殺すかどうかの前に、私もわけわからんスキル持ちがやって来たら悩むかもしれない。


「で……、私は開国の訴えには行かない方が良さげ……ですかね」

「一応、我々の方でも数少ないながら瘴気に耐えうる人材は三名ばかり集めました。ただ……その三名への説明もありまして……」

「ああ……これからですか」

「ええ」


 なんか部屋の空気がお通夜みたいになって来てしまった。私の存在そんなにギルティすぎるのだろうか。


「だったら、……せめてスキルが何なのか分かれば、この世界への滞在を許して頂けるのですか?」

「水戸場さん、こいつら勝手に呼んでおいて私のこといらね〜って言ってんだぞ。何でこっちが解決策用意すんだよ」

「早池さん、だって要らないって言われてるの気に食わないんですか!?」

「めちゃ気に食うっつーの!」


 水戸場を指差してそう言えば、その手を水戸場に叩き落とされた。その際思ったよりもでかい音が出たが、……痛くはないな。


「……聴き壁、と言いましたね」

「はい」

「早池さん、思い浮かべるものは! はい!」

「ええ? ……壁に耳あり障子に目あり?」

「そんなところですよね……ん?」

「何だ水戸場さん」

「……」


 突然水戸場が押しだまったと思うと、私に思い切り手刀で攻撃して来た。反射で腕を前にして叫ぶ間もなく防御しようとすると、ばちい! と衝撃が走った。


「水戸場馬鹿何すんだァ!!!」

「……仮説なのですが」

「は、はい」

「聴く、と言うことがポイントなんじゃないかと」

「聴く? 聴き壁の?」


 今さっき衝撃派みたいなものが出たのはこの部屋に居る人間は確認しただろう。と鑑定士は居るのかと聞けば、呼んでくるとひとり部屋を出て行った。


「誰かこの早池さんを斬ってくれる方居ませんか」

「何言ってんだ水戸場ァ!?」

「あなたが言ったんです! 情報を得ろと!」

「だからって殺しにくる奴あるか!?」


 水戸場が何だか言っているが私としては恐怖でしかなかった。ひとりの護衛らしき騎士が前に出ると、剣をと水戸場が言う。


「僕が斬ります」

「おい! 血迷うな水戸場ァ!」

「だから! ちょっと落ち着いてください!」


 席から立ち上がって水戸場と距離を取る。水戸場が近づいてくるのでリーバルの元へと向かうと戸惑った顔をされた。そんな顔をしたいのはこっちだ。


「水戸場やめろ! 同士討ちは……仲間を売るのか!」

「だから違いますって! リーバルさん抑えてください」

「へええ!?」

「何をそんなに戸惑うんですか? あなた方がやろうとしたことでしょう」


 その言葉にリーバルは一瞬天を仰いだが、覚悟を決めた表情を見せると私の肩に手を回して羽交締めにされるのだった。


 そうして私は抵抗空くも、水戸場の乱心によって斬り捨てられる……とはならず、剣が眼前に迫った途端、ガキンと衝撃が走って剣が弾かれた。


「ええ!?」

「早池さんて、確か防御と体力が高かったそうですね」

「は、はい」

「壁、タンク役ってことなのかもしれません。言葉を糧にする」

「ゲーム脳も行き過ぎるとこうなるんだなあ」

「あなたのためにやったんです、け、ど!」


 鑑定士が来て私を鑑定してみると、聴き壁のスキルがいつの間にか上がっていたらしい。水戸場が度々私をぶっ叩こうとするが、全て見えない壁のようなもので弾かれている。そうしてそれを繰り返すと数値が減るらしい。しばらく話を聞いていると元に戻る。


「ここに来た当初、騎士の刃を受けたのは数値がゼロに近かったから、みたいなものですかね」

「ラノベ脳め」

「でも、この能力があるなら、旅について来てもらえた方が楽かもしれない……余計な傷は受けなくて済む」

「お前私にタンクやらせるっての!?」

「まあ他はゴミっぽいですから、聴き壁らしく壁になっていただくしか……」

「ひっでえこいつ。神様に訴えよう」

「神様あなたをこの世界に売りましたけどね」

「うぎいいい」


 そうして私は、話を聞けば聴くほど防御力を強化させると言う謎のスキルを得て、勇者水戸場の旅に連行されることとなったのであった。

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