8話
「じゃあ、今日も一緒に寝ような!」
と大声で言って自分の執務室へと戻る殿下。
何でそんな皆が誤解するような事を大声で言うのよ!
周りの者達は信じられないような面持ちで私の反応を確認する。
顔が赤くなるのも抑えられず、私は直ぐ様踵を返して自分の執務室へと戻って行った。
「はぁ~」
気づけば、殿下に振り回されっぱなしだ。
ため息をつくのも仕方ないと言える。
「マイラ様…」
ダメだ。私が暗い顔をすれば、メリッサが心配する。
私は切り替える様に、
「ねぇ、最近入った新しい侍女はどう?」
とメリッサに新たな話題を振った。
殿下の言う事が本当なら、新しい侍女達は、エレーヌ様の手の者だと思われる。
所謂『見張り役』だ。
「新しい者達ですか?真面目に働いていますよ?王族に付くのは初めてだと言ってましたが、流石、公爵家で鍛えられた者達って感じです」
「公爵家?どこの公爵家で働いていたの?」
…嫌な予感がする。
「ロードスター公爵家だそうですよ。王弟殿下の所ですからね。やはり王族に連なる家柄で鍛えられただけありますよ。
でも…どうしたんです?急に」
とメリッサは私の質問の意図を訊ねてきた。
「う…ううん。何でもないの。
ほら…私、別にメリッサさえ居れば事足りるでしょう?もちろんメリッサを休ませる為に他に侍女が必要なのは理解しているけど、そんなたくさん必要かな?って思って」
と私が言えば、
「まぁ…今までも困った事はありませんでしたからね。
でも、マイラ様が殿下にあまり…その…」
と言葉を濁すメリッサ。
「蔑ろにされていたから、私の扱いはエレーヌ様以下だったものね。
…いいのよ。本当の事だもの。
エレーヌ様はこのままいけば、殿下の御子を身籠るでしょう。国母になるんだもの…大切にされて当然だわ」
と自嘲気味に私が言えば、メリッサは眉を下げた。
メリッサを悲しませたかった訳じゃないのだが、ダメな主だ。
「とにかく、急に『今まで少なかったから』と言われて、何だか変な気分だなって言いたかったの。忘れて」
と私は努めて明るくメリッサに言った。
しかし…やはりハロルド様が関わっている事が確認出来たのは、大きい。
どうにかして、その者達を私から遠ざける事は出来ないだろうか。私が少し考え込んでいると、
「あ!そう言えば、新しい侍女の1人が今朝、『どうして殿下と妃殿下が共に居るのか?』って訊ねてきたんですよね。
普通、そう思っても口には出さないじゃないですか?何か変だなぁって思って」
とメリッサは少し首を傾げた。
「そう…。公爵家から来た侍女のわりに…噂話が好きなのかしらね?」
と私は曖昧に笑った。
きっと、エレーヌ様に報告が行っているのだろう…。エレーヌ様だってこの1週間、殿下が自分の元へ来ていない事を不思議がっているに違いない。
もしかすると、彼女自身が動き出すのも時間の問題かもしれない。
夜、殿下は寝室に現れると、
「エレーヌが動いたよ」
と私に言った。
「父の件ですか?」
と私が確認をすると、
「そうだ。今日、視察から帰ったら執務室で待ってたよ。怖い、怖い」
と殿下は大袈裟に怖がってみせた。
「で、エレーヌ様は?」
私はそれをスルーして話しを聞く。
「お前の父親が禁止薬物の密売に荷担してるとさ」
と言う殿下に、
「証拠もないのにですか?」
と私は不快感を露にした。
「それな。俺が『証拠はあるのか?』って訊いたら驚いた顔をしてたよ。今までのフェルナンドだったら、『なに?そうか!ならば直ぐに証拠を押さえてあいつの父親に制裁を加えてやろう!』ぐらいは言ってただろうからな」
…想像がつく。めちゃくちゃ想像がつく。
「エレーヌ様は不審がっていらっしゃったのでは?」
「そうそう。俺の反応が悪いから『王太子妃の父親が犯罪者かもしれないのですよ?直ぐに確認をするべきです!』って躍起になってたな。…で、君も訊ねてくれたんだろ?」
と殿下が私を見る。
「はい。センターザルトからの積み荷が届くのは…明後日です」
と、私が答えれば、
「明後日か…。OK。俺はハロルドに密告するつもりはないが…そうなるとハロルドはどうするつもりか…だな」
「そうですね。…それと、私の新しい侍女についてですが、ロードスター公爵家で働いていた者達でした」
と私が言えば、
「そっかぁ…。ロードスター公爵家の推薦があったって事なら、不自然ではないもんなぁ~。エレーヌとハロルドが繋がってるって証拠にはならないかぁ」
と殿下は長椅子へ寝っ転がった。
「殿下はエレーヌ様とハロルド様が繋がっている証拠を掴もうと?」
「けどさぁ。味方が居ないじゃん。俺にはマイラしか。だから難しいんだよな~」
と殿下は言った。
もう勝手に私、味方認定されてるんだけど?
私はまだ殿下の話を信じた訳ではない………はず。
「殿下、エレーヌ様の元へ通われていないのですよね?エレーヌ様はそれをどのように?」
と私が訊ねると、
「はっきりと『何故か』とは訊かれなかったなぁ~。でも何故か俺がマイラと昨晩一緒に居た事を知っていた…と」
殿下はそう言うと少し笑った。
「それは多分、私の侍女ですわ。きっとエレーヌ様へ報告に」
と私が言えば、
「そうだろうなぁ~。流石スパイだ」
と殿下は笑った。