7話
翌日、朝食を取るのに、一緒に現れた私と殿下に一同は目を丸くした。
朝起きると殿下はまだソファーで眠っていたので、私はさっさと自分の部屋に戻ったのたが、そこには目に涙を浮かべたメリッサが立っていた。
私は『別に何もされていない。殿下とは二人で話がしたかっただけだ』と説明したのだが、メリッサは、
『何故急に殿下がその様な事を…。あの女狐と喧嘩でもしたのでしょうか?それにしても今まで酷い対応しかして来なかったマイラ様に何のお話があると言うのです…』
とさめざめと泣いていた。心配をかけて申し訳ないと思うが、真実は例えメリッサであっても言う事は出来なかった。
朝食の席でも殿下は私に話しかけてくる。
そんな所を今まで見たことがなかった使用人達は自分が見ているものが余程信じられなかったのか、何度も目を擦っていた。
「マイラ。今日はどんな仕事が?」
と訊ねてくる殿下に、
「孤児院の視察ですわ。足りない物や足りない設備があれば寄付を増やさなければなりませんし。それと教会へ。子ども達に勉強を教えている様子を見に」
「ふーん。なら、それ、俺も行こうかな?」
と言う殿下に、後ろに居た側近が、
「殿下!一週間も仕事を放棄されていたのですよ?そんな暇はありません!」
と慌てて止めた。
「大丈夫!明日から頑張るから。今日はマイラと一緒に行きたいんだ。な?マイラも良いだろう?」
と何故か私に殿下は話を振ってきた。
面倒くさい。
「殿下の執務は私もお手伝いします。では今日は一緒に視察へ参りましょう」
もしかしたら、これは積み荷の点検へ殿下が行く為の伏線なのかもしれない。今まで外回りの仕事をして来なかった殿下が、急に積み荷の点検に行くのも変な話だ。
私はそう思い、殿下が私の視察に付いてくる事を了承したのだった。
馬車の中でも二人きり。殿下がそう望んだからだ。
「視察に来ると言ったのは…例の件であまり不審がられない為ですよね?」
ガラガラと馬車の車輪の音がするので、ちょっとやそっとでは聞こえないだろうが、ついつい小さな声になってしまう。
そう確認した私に、
「はえ?あ~そっか。そうだよな~」
と想定外の返事が来た。
「え?違ったのです?」
「あはっ。そこまで深く考えてなかった」
と明るく笑う殿下。
…拍子抜けだ。
孤児院に着いてからも、
「難しい話はマイラ頼むよ。俺は子ども達と遊んでるから」
と私の耳元で言ったかと思うと、子ども達と庭で遊び始めた殿下。
院長は、
「あの…どうして急にフェルナンド殿下までこちらに?うちが何か調べられているのでしょうか?」
と不安そうに私に訊ねてきた。不正でも疑われているのかと心配しているのか?
ふーん…。何だか臭うな。
「いえ。殿下もたまには子ども達の顔を見てみたいと仰ったので、同行して頂きましたの。
あ、そうそう。私としては、この孤児院への寄付金の増額を考えていましたのよ?」
と私が言えば、院長は喜色満面だ。
しかし、
「その為には帳簿を全て見せて欲しいの。良いですね?」
と言えば、急に院長の顔は曇った。そして、
「全てとは、些か不思議な物言いで御座いますね?いつも帳簿は妃殿下の事務官にお見せしておりますが?」
と院長はぎこちない笑顔を向けた。
「結局…裏帳簿が見つかって、院長が私的に寄付金を着服している事がわかりました」
帰りの馬車の中、私は殿下に報告していた。
「は~。悪そうな人には見えなかったけどなぁ」
「私も院長を信じていましたから。事務官もグルだったなんて…信じられません」
王太子妃の予算を管理する事務官の一人が院長と共謀していた事も露呈した。
…本当に頭が痛い。
「まぁ…仕方ないよ。マイラのせいじゃない」
「とはいえ、私に与えられた予算は国民の税です。それを…」
と私が項垂れると、
「たくさんの人が働いていれば、そんな事もあるだろ。
逆に今、わかって良かったって思えば?」
確かに。今日殿下が来なければ、この事は不分仕舞。
ずっと私は騙されたままだっただろう。
「今日、殿下が来て下さったお陰です。ありがとうございました」
と私が素直に礼を言えば、殿下は目を丸くして、
「へぇ~。結構素直なんだな」
と言った。
「…私は礼が言えない程、不躾な人間ではありません」
と私が少し不機嫌そうに言うと、
「あ、違う違う。漫画ではさぁ、マイラってプライドが高くて、結構嫌な奴なんだよ。
エレーヌが主人公だからさ、俺って言うかフェルナンドもすげぇ馬鹿な奴に描かれててさ」
と殿下は自分の頭の後ろで腕を組んだ。
「殿下が馬鹿なのは、その通りでは?」
と私が言い返せば、
「確かに。エレーヌからの気持ちが本物の愛だって疑う事もせずに、彼女に溺れてるんだもんなぁ。
それに仕事だっておざなりだろ?本当ならリオンの方が次期国王に相応しいかもな」
と言う殿下はどこまでも他人事のような口振りだ。
孤児院での不正が見つかった為、すっかり時間が掛かってしまった。
既に外は少し暗くなり始めている。
教会への視察はまた次回となってしまった。
「エレーヌ様は…本当に殿下の事を愛していないのでしょうか?」
私はつい疑問を口にした。
こんな事、こいつに訊いても仕方ないのに。
「あの女は俺を殺した後、ハロルドの恩恵でリオンの正妻になるんだ」
と言う殿下。
「へ?そんな事…陛下がお許しになる筈ありませんわ」
と私は驚く。
例え殿下からリオン様へと王太子が変更になっても、その側室を新しい王太子妃にするなど聞いた事がない。
「それが漫画なんだよ。漫画だから、少し辻褄が合わなくても許される。
俺が殺されて、マチルダ王妃はおかしくなって幽閉されるんだ。
陛下はマチルダ王妃の重圧がなくなって、側室を娶るんだが、その人物がこれまたハロルドの息のかかった者でさ。
後はハロルドとエレーヌの良いように事が運ぶんだ。
しかし…そこでエレーヌは初めて人を心から好きになる。それがリオンって訳」
未来に起こる…かもしれない事を淡々と話す殿下。それを黙って聞いている私。なんなのこれ?
「あんなに可愛らしいエレーヌ様がそんな野心を持っているなんて…想像も出来ませんわ」
と私がため息混じりに言えば、
「可愛いかぁ?俺はどちらかと言うと、可愛いより綺麗系の方が好きだから、マイラの方が好みだけどな」
とサラッと殿下が言った。
私は思わず顔が赤くなる。嫌いな男に言われたのに、何で赤くなるのよ!私!
馬車の中は夕暮れに伴って、薄暗くなっていた。…顔が赤い事がバレていませんように!