6話
「マイラ、約束が違うじゃないか」
という殿下の声に私は我に返った。
「よくよく考えてみれば、殿下は殿下の、私は私の寝室を使えば良いのだと思っただけです。
エレーヌ様の元へ行かなければ良いのですよね?なら私達が共に休む必要などないではないですか」
という私に反論するように、
「だ~か~ら!俺と君が仲良くなったって周りに認識させた方が良いんだって!」
という殿下。
私は、
「急に仲良くしたりすれば、周りには不審がられるに決まっています。
とにかく殿下がエレーヌ様から距離を取ればよろしいのです。
父の件がはっきりするまで、私は殿下の言う事を信用しておりませんし」
と冷たく言った。
すると殿下は、
「俺にはマイラしか味方になってくれそうな人物がいないんだ。俺の護衛がここ最近、たくさん入れ替わってるのは知ってるか?」
と少し暗い表情を見せる。
「それは殿下の我が儘ですよね?私はそう聞いております。
小さな事で難癖を付けて、護衛をクビにしていると…」
と私が答えれば、
「違うよ。クビにしているのは、エレーヌだ。
小さな事で難癖を付けて、俺の護衛に相応しくないと。
俺…いやフェルナンドはそれをそのまま真に受けて、護衛をたくさんクビに。
そして今、俺に付いてくれている護衛は殆んどがハロルドの息の掛かった者達だ」
と殿下は項垂れた。
もしも護衛がハロルド様の手の者であれば、ますます殿下の命は狙われ易くなるだろう…彼の話を信じるとするならば…だが。
そして私にも少し気になる事があった。
「実は私の護衛も最近新しい者が増えたのです。
殿下の様に総入れ換え…という訳ではありませんが。それに侍女も新しい者が…」
最近、護衛や侍女に見知らぬ顔が混じっていた。
侍女長に問えば、今までが少なすぎたので人員を増やしたのだと言われ、そうなのか…と納得していたのだが…。
「それは、君を見張らせる為にエレーヌが手配したんだろ。
エレーヌは侍女長と仲良しだし、ハロルドは騎士団長も兼ねているから、護衛に手を加えるのなんて朝飯前だし」
「では…私も言動を見張られている…と」
「多分な。漫画にはそこまで描かれてなかったから、詳しい事は俺にもわからない。
それに、隅から隅まで物語を覚えている訳ではないし」
私も油断すれば、直ぐに窮地に追い込まれるという事なのだろうか?それとも…殺される?
いや、私を殿下殺しの犯人にする為には、まだ私を殺す訳にはいかない筈だ。
「…陛下や妃陛下へ相談する訳には…」
と私が言いかけるも、
「…俺の頭がおかしいと思われるのがオチだ。
そんな事になれば、俺の王位継承権は剥奪されるだろう。
そうなれば君と一緒に、離れの塔にでも幽閉されて、そこで一生を終える羽目になるだろうな」
確かに、頭がおかしくなったとされれば、幽閉されるのは間違いない。
そして、私もそれに付き合わされる羽目になるだろう…腐っても夫婦だから。
私が黙っていると、
「君は俺に何かあったら、結局君も困る事になるんだ。
俺の周りには気を許せる者も居ない。マイラ…君だけが頼りなんだ」
この人は…意外と孤独だったのだな…と思った。
殿下はあまり人に慕われるタイプではない。側近や護衛も仕事だから仕えているだけだ。
きっと、今まで、心を許せる人はエレーヌ様だけだったのだろう。
とは言え、その原因はこの男にある。…だってクズだから。自業自得と言えばそれまでだ。
しかし…
「…わかりました」
と私は自分の寝台から降りて扉へ向かう。
その様子を殿下は見ている。
私は、殿下に振り返り、
「さぁ、夫婦の寝室へ参りましょう。その代り、絶対、私に近付かないで下さいね」
と言って、さっさと自分の寝室を私は出て行った。
それを追いかけてくる殿下。
「ありがとう!マイラ!」
と笑顔を見せる殿下に、私は、この男の笑顔なんて、初めて見たな…と場違いな感想を心に抱いたのであった。
夫婦の寝室では、
「俺はこのソファーに寝るから、マイラはベッドを使って良いよ」
と殿下は枕の1つを持って長椅子へと向かった。
「そんな!王太子殿下を長椅子で寝かすなど、あってはなりません。
ならば、私が長椅子で…」
と私が言えば、
「女の子をソファーで寝かすなんて、俺には無理だよ。
大丈夫、俺なんてよくコタツで寝オチしてたし。こんな立派なソファーなら、ゆっくり眠れるし」
と殿下はさっさと長椅子へと横たわった。
何だか知らない単語がポンポン出てくる。
本当に彼はフェルナンド殿下ではないのだろうか?
それに女の子って…。
私が寝台の横で佇んでいると、
「マイラももう寝なよ。明日も早いんだろ?」
と殿下は言うと、『おやすみ』と言って私に背を向けた。
私もモソモソと寝台に上がると真ん中に横たわる。
チラリと殿下の方に目をやると、既に呼吸が深くなっており、寝入ったのだと分かった。
この1週間。殿下は部屋に籠りっきりで執務室に現れなかったと聞いた。
この様子だと離宮へも行かなかったのかもしれない。
私は自分の仕事を淡々とこなすだけの名ばかりの王太子妃だから、彼の情報はなるべく耳に入れないようにしていた。
殿下の言う事が本当ならば…彼はどこの誰なんだろう?
見知らぬ人と同じ部屋で休んでいるというのに、殿下と一緒に居る不快感を何故か感じない事を、私は不思議に思いながらも眠りについたのだった。