5話
「絶対に嫌です!!」
私が強く否定をすると、殿下は、
「は?!今、何と?」
と驚いた顔をした。驚くのは私の方なんだけど。
「ぜ・っ・た・い・に・い・や・で・す!」
「いや、聞こえていない訳じゃないし、言った言葉も理解してる。
でも、俺の命を狙っている奴と一緒に寝ろって言うのか?
そんなの自殺するのと一緒じゃないか?!」
「それならば言わせて頂きますけど、現に今、殿下は生きていらっしゃいますよね?
エレーヌ様が殿下を殺そうとしているならば、この二年、何回だってそのチャンスはあったじゃないですか!
それに、殿下と一緒に休んでいる時にエレーヌ様が直接手を下したら、一番に疑われるのはエレーヌ様。
そんな馬鹿な事をする訳がないでしょう?」
「リオンが二十になるのを待ってるんだよ!
この国では直系の王族以外が王太子になるには、二十歳を迎えている事が条件だからな!」
…確か…リオン様は来月二十歳。それまでは殿下を殺す必要はないって事?
「でも、エレーヌ様が直接手を下すとは思えません。だって私に罪を擦り付ける事が出来なくなるじゃないですか」
どう考えてもこの男と一緒に休むなんて、絶対に嫌だ。
中身が例えフェルナンド殿下じゃなくても、入れ物はフェルナンド殿下なのだ。想像するだけで鳥肌が立つというもの。
「自分の命を狙ってる者が側にいて寝られる訳ないだろ?
それに、マイラが犯人だと疑われる原因の一つに、俺との不仲がある。だったら、これから仲良くしている方が絶対に良いだろう?これは君の為でもあるんだ。な?」
な?じゃねぇよ。
しかし…こいつの言う事にも一理ある。
私がそれでも渋っていると、
「大丈夫!絶対に君に手は出さない!約束する。
俺だって、自分を嫌ってる女性を襲うなんて馬鹿な真似はしない。神に誓う!」
と殿下は私に真剣な眼差しを向ける
「………絶対に何もしないと約束出来ますか?」
「もちろん!俺だって命が惜しいんだ。
ここが俺の読んだ漫画の世界だったとしても、絶対に生き延びてみせる!
その為には君の協力が不可欠。君にこれ以上嫌われるような事はしない。頼む!」
と私に向かって手を合わせる殿下。
私は、
「…わかりました。絶対に約束は守って下さいね。…でも、今日から急に私と殿下が仲良くするなど…周りがどう思うか…」
と私はため息をついた。
私が公爵家から連れてきたメリッサなんて、目を剥いて倒れかねない。
メリッサは私以上にこのフェルナンド殿下を嫌っているのだから。
「夫婦なんだから、一緒に寝たって良いだろう?俺の心変わりって事にしとけば良いよ」
と明るく言う殿下に、一抹の不安を覚える。
そんな簡単にいくかしら?
「どうして、急にマイラ様があの男と夫婦の寝室を使うなど!ダメです!
あの男と一緒になんて…あぁ~想像しただけで鳥肌が…」
とメリッサは自分の腕を抱き締めた。
きっとあの初夜の日の事を思い出しているのだろう。
さっさと初夜を終えた殿下は、直ぐ様私を置いて夫婦の寝室を出ていった。それはそれは、惨めな初夜だった。
それから約一月後…エレーヌ様を娶ったんだっけ。
そう考えると、私もなんだかムカムカしてきた。
あいつ一人で夫婦の寝室を使えば済む事だ。
何ならエレーヌ様の居る離宮に行かなければ良いのだから、殿下自身の寝室で休めば良い事。
危うく、騙される所だった。
無理に二人で夫婦の寝室を使う必要など全くないではないか。
「そう言えばそうね。よく考えればその通りだわ。私は今まで通り、自分の寝室を使えば良い話だし」
私は自分の呟きに納得すると、さっきの殿下との約束を反故にする形で、自分の寝室へと向かった。
「なんだか疲れたわ…」
今日は訳のわからない話を聞かされた上に、大嫌いな男と一緒の部屋で休まなければならない(未遂)というストレスに晒され、脳みそがクタクタだ。
湯浴みも済んだし、さぁ休むか…と寝台へ寝転がった途端、
「マイラ!どうして来てくれない?!」
と殿下が寝室へ勝手に入って来た。
「ぎゃ~~~!!!」
可愛らしく『キャー』と言えない自分が嫌になるが仕方ない。
私が叫ぶと、メリッサともう一人の侍女、私専属の護衛数名がドタドタと部屋へ入って来た。
「「マイラ様!」」
「「妃殿下ご無事ですか?!!!」」
私を守る為に部屋へ雪崩れ込んだ皆は私と殿下が相対しているのを見て、
「殿下…ここはマイラ様の寝室です!」
「殿下…何故ここに?」
「殿下、離宮はあちらです。寝ぼけていらっしゃるのですか?」
と思い思いの事を口にした。
それに纏めて答えるかのように、
「マイラの寝室なのは分かってる!俺はマイラと約束があるんだ。
今日は離宮へ行くつもりはないし、寝惚けてもいない。
皆、驚かせて悪かったが、マイラと二人きりにさせてくれ。もう下がって良い」
と殿下は手振りと共に皆に下がるように伝えた。
私は皆が部屋から出ていく様子を唖然として見守っていた。
程なくして、私と殿下はまた二人きりになってしまった。