35話
「メイド……喫茶?」
「はい。それで、店長さんのご友人の……」
「ちょっ!ちょっと待って!!」
「は?どうしました?」
「『どうしました?』じゃないよ!何で?何で、マイラがメイド喫茶で働いてる訳?」
「え?私も働かなければ生きていけませんもの。最初は上手くお客様を喜ばせる事が出来なくて落ち込んだ事もありましたけど、今はオムレツにハートを上手く描く事も、なんなら猫ちゃんも、うさちゃんも得意です!」
とガッツポーズをしてみせる私に、
「マイラ、俺が聞きたいのはメイド喫茶でオムレツにケチャップで何が描けるか?じゃなくてな、どうしてメイド喫茶で働く事になったのか?だ。その経緯。仕事しなきゃ食っていけないのは俺だって重々承知だ。だがな、他にも仕事はたくさんあっただろ?何でよりにもよってメイド喫茶なんだ?」
「それは……」
困った。そういえばチアキも内緒にしていると言っていたではないか。
ハヤトは意外とそういう事に煩く言う質だと。
メイド喫茶のお客様はちゃんとルールを守って、私達メイドときちんとした距離感で接してくれる方が殆んどだ。稀に少し勘違いしている方もいらっしゃるが、うちは店長がそういう事にとても目を光らせてくれているので、そういう方はすぐに出禁になる。安心安全な優良店だ。
だが、それを言ってハヤトは納得してくれるかしら?
それにチアキの事を言うのはチアキを裏切る様で申し訳ない。
私が答えに迷っていると、スマホが鳴った。
画面には『店長』の文字。
鍵を受取りに来る予定の時間を大幅に過ぎた私を心配して連絡してくれたに違いない。
私は咄嗟にスマホにタッチし着信に応えようとするも、それを即座にハヤトに奪われた。
「ちょっと……!!」
と私が手を伸ばすも、ハヤトはスマホを更に私から離して、
「もしもし?誰?」
と物凄く不機嫌そうな声で電話に出てしまった。
店長の声は聞こえない。
私は必死にスマホを奪おうとするも、ハヤトはもう片方の手を伸ばして、更にスマホを遠ざける。
「は?!いや、もうマイラはお前の店、辞めるんで!」
とハヤトは言うと、電話を切ってしまった。
「ちょっと!何勝手な事を言ってるの?!」
私は慌てる。
店長さんはさぞかし驚いただろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「別に俺が働くし。マイラは辞めたって良いよ」
と不貞腐れたように言うハヤトに、
「もう!私の気持ちを無視しないで!!それにハヤトはまだ大学生でしょう?!せいぜいバイトしか出来ないじゃない!」
と私はつい声を荒げてしまった。
せっかく再び会えたというのに、もう喧嘩だ。
というか、ハヤトがこんなわからず屋だとは思わなかった。
「とにかく!店長が心配していると思うので、連絡をさせて下さい!」
「ダメだ!メイド喫茶はもうおしまい!辞めて他のバイトを探せば良いだろう?」
「もう!!私はあの仕事が好きなんです!!最初は何をしても上手くいきませんでしたし、失敗も多かったです。でも、それでも『大丈夫だよ』って言ってくれる店長さんや『そのうち慣れるよ』って言ってくれるメイド仲間の皆様、『失敗したって良いじゃない。笑顔でいてくれる事が大事だよ』って言ってくれるお客様に支えられて、今の私があるんです。私……あの店で働いて、初めて褒められたんです。今までは、何をしても認めて貰えなかった。足を引っ張ろうとする人に隙を見せまいと必死でした。そのうち笑顔なんて……忘れてしまいました。自分はダメな人間なのだと、ずっと思い込まされてきたんです。でも、ここでは違う。努力すればその分認めて貰えます。自然と笑顔になれて、それを見たお客様も笑顔になってくれる。そんな素敵な体験、私、初めてでした。
私、メイドの仕事も、あのお店も店長さんも仕事仲間の皆も、お客様も大好きなんです。……だからお願い。私をあのお店で働かせて下さい」
私は最後には涙を流してハヤトに頼み込むように頭を下げていた。
「………わかった」
とハヤトは渋々という様に私にスマホを渡す。
私は慌てて店長へ電話をかけ直した。
「……はい。はい…大丈夫です。お騒がせしました。これからもよろしくお願いいたします。本当に大丈夫ですから」
と店長へ説明とお詫びを告げた私はスマホからそっと耳を離した。
「……店長さん、何だって?」
「『彼氏にモラハラされてないか?』ですって。私が部屋を出て行くのも、彼氏と別れる事にしたからだと思っていたみたいだから、実は彼氏から逃げようとしていて、家を出る前に見付かったんじゃないかと心配されてた。……ちなみに今から此処へ来るらしいわ」
「は?何で?」
「私が『大丈夫』って言っても信用出来ないですって。側に彼氏が居て、言わされてるんだろうって思ったみたいで」
「おい、今からでも断れよ」
「断ったけど、聞いてもらえなかったの!それに、ハヤトから電話を切られて直ぐにこっちに向かってたみたいだし」
という私に、ハヤトは、
「あー。俺がやらかしたんだな。そっか……マイラは皆に可愛がられてるんだ」
と苦笑いした。そして、
「ちゃんと俺から謝るよ」
と私を安心させるように頷いた。




