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31話


さきさんは、そんな私の様子を気にすることなく、


「とりあえず私としては、リオン様が幸せになりました!とさ。みたいな所まで描いて満足しちゃったんだよね。正直、フェルナンドには今後出しゃばって欲しくないから……その後を描くとしたら、病死とか?かなぁ」

と顎に手を添えながらそう言った。


私は慌てて、


「いえ!続きを描いて欲しい訳ではないのです。ハ…フェルナンド殿下がこのままひっそりとでも、穏やかに長生きしてくれたら…私はそれで十分です」

とさきさんへ言った。


さきさんは、


「へ?マイラ推しだけじゃなくて、フェルナンド推し?…変わってるね」

と不思議そうに私を見てそう言った。


私とチアキはさきさんにお礼を言って、カフェを出た。


「あの漫画……」

先に口を開いたのはチアキだった。


「間違いありません。あの漫画こそ私が生きていた世界です。ハヤトの登場こそ描かれていませんでしたが、さきさんのあの漫画で描かれていた事が実際、私の身に起きた事であるのは事実です」

と私は言った。


「って事はお兄ちゃんは無事、生きてるって事ね。……良かった」

とチアキは最後にポツリと呟いた。


例え会えなくなったとしても、チアキには大切な家族だ。きっと私なんかよりずっと、ハヤトを心配していたに違いない。


その後私達はなんとなく言葉少なになり、二人は家路についた。


別れ際に、


「あ、そういえば。次の休みに新しい部屋に引っ越すんだっけ?」

とチアキが思い出した様に声を掛けてきた。


「はい。朝お店に寄って店長から鍵をお預かりする事になっています。場所はこの前教えて頂いたので」


「何か手伝う事ある?私はその日バイト入ってるから、午前中の二、三時間しか動けないけど」


「いえ。引っ越しといってもカバンに荷物を詰めるだけですから、一人で大丈夫です。荷物もそんなにありませんし」


「そう?……ならいいんだけど。あいつは役に立たなそうだし、何か手伝う事あったら言ってよね。遠慮はなしよ?これから、あの部屋を離れてもマイラちゃんとはバイト仲間だし、私は友達だって思ってるから!」

とチアキは力強く私にそう言ってくれた。


「お友達……。私、お友達が出来たの初めてです。子どもの頃……殿下の婚約者になるまでは幼馴染みが居ましたけど、婚約者になってからは、嫉妬や僻みの的になってしまって。……チアキにそう言って貰えて、本当に嬉しい」

と私は微笑んだ。


侍女のメリッサ以外で私と仲良くしてくれる者など、今までは皆無だった。

そう思えば、この世界は私にとってとても温かい。


私はメリッサのことを思った。あの漫画にすら登場しない、私の侍女。

きっと彼女にも悲しい思いをさせてしまった事だろう。私が死んだ事で、職も失ったかもしれない。

この世界に転移して来て、自分の事で精一杯だったとはいえ、今の今までメリッサの事を忘れていた自分に驚いた。そして自分はなんと冷たい人間なのだろうと落ち込んだ。


そんな私に、


「マイラちゃんはきっと王太子妃になんてなりたくなかったんだろうね。王太子妃になんてならなかったら、きっと人気者だったと思うわよ?」

と明るくチアキはそう言った。


「……私、今の今までメリッサ……自分の侍女の事が頭からすっかり抜け落ちていたんです。そんな私は誰かから慕われる様な資格は……」

と私が俯けば、


「なーに言ってるの!そのメリッサ…さんだっけ?その人だってマイラちゃんちゃんが別の世界で生きててくれるだけで嬉しいって思ってくれるよ。……だってマイラちゃんは嬉しかったんでしょう?お兄ちゃんがあの漫画の世界で生きていた事」

とチアキはニッコリ微笑んだ。


ハヤトがあの時のピンチを乗り越えて生きていてくれた事がわかった。

リオン様との関係性も良好そうであった事に、私は殊更安堵した。

あの時のハヤトには私しか味方が居なかったから。


しかし……私しかハヤトの味方が居ないという状況に私が少し優越感の様なものを覚えていたのも確かな様だ。


「ちょっとだけ……ちょっとだけ嫉妬しちゃうわ」

と私はカバンに荷物を詰めながら呟いた。


いよいよ明日、この部屋を出て行く。


もう……殿下に会う事はないのかもしれない。彼は彼なりにこの世界で頑張っているのだから、これ以上は要らぬ心配であろう。


「私って……いつの間にかお節介になっちゃったのかしら?」

殿下の今後に思いを馳せながら、私は呟く。

一人で暮らし始めてから、なんだか独り言が多くなった気がする。


荷物を纏め終え、私は便箋を取り出した。

この世界ではスマホ一つで簡単にメッセージのやり取りを出来るのだが、なんとなく私はこうして文字を認める方が好きだ。スマホなどない世界でずっと生きてきたのだから、当然と言えば当然かもしれない。


私は殿下へ手紙を書いた。長々と思い出を語るつもりはない。……然程思い出もないのだし。

逆に殿下との思い出の殆んどが、この世界での物である事が笑える。


「昔は殆んど接点を持たなかったものね……」

と私がまたポツリと独り言を呟いた時、


『ピンポーン!』

と玄関のチャイムが鳴った。


「はい」

と私が玄関の扉を開けると、そこには見知らぬ男性とその男性に肩を担がれるようにして項垂れている殿下の姿があった。


「でん……ハヤト?大丈夫?」

殿下は項垂れたまま反応がない。

私が心配そうに駆け寄ろうとすると、


「こいつ、今日はなんだかめちゃくちゃ飲んだんですよ。いつもは酒に強いから俺もあんま注意しなかったのが悪いんすけど。ベロベロになっちゃって、俺の部屋に連れて帰ろうとしたんすけど、今日は自分の部屋に戻るってきかなくて」

とその男性は困ったように言った。


「そうなんですか……申し訳ありません。ご迷惑をおかけして……」

と私が頭を下げると、


「いや、全然いいっすよ!あ、重たいんで、俺がこいつをベッドまで運びますよ。部屋、上がっていいっすか?」

と男性は少し笑顔を見せて私に尋ねた。


男性は殿下をベッドに寝かせると、「じゃあ!」と言って去って行った。


お茶でもと言ったのだが、


「いや、こいつが寝てる間に二人っきりだったなんて知られたら、俺、殺されちゃうんで」

と笑いながら男性はそう言っていた。

男性は秋山さんと言うらしく、いつも殿下が寝泊まりしている部屋の主の様だった。

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