30話
そしてカフェラテのカップを置いて、徐に私を見つめると、
「あなた…なんとなく王太子妃のマイラに似てる感じがするわね。え?もしかしてマイラ推しとか?寄せてる?」
と、さきさんは笑った。
「えっと…ハーフだからですかね?ほら外国人の顔って…なんとなく同じ様に見えたりするじゃないですか」
と曖昧な答えをする私に、
「ふーん。ま、いっか。って事で私はどうしてもエレーヌとリオン様をくっつけたくなくて、それを描いたの」
と、さきさんは私の手元の冊子を顎でしゃくってみせた。
正直言って、驚いた。
さきさんの描いた漫画……これこそが私が生きていた世界だったからだ。
私がハヤトに土下座で泣きつかれたあの日。
あの場面は今までの行いを悔いたフェルナンド殿下が私に謝罪し、お互いに歩み寄ろうと告げるというシーンとして描かれていた。私は信じられない思いでその殿下を見つめている。そして微笑んでこう言うのだ。
『貴方のこれからの行いを私は見ています。歩み寄るのはそれからでも宜しいかしら?』と。
私の父が冤罪を受けそうな場面ではフェルナンド殿下がどうにかハロルド様の企みを阻止していた。そして私からの信頼を得る事に成功するのだ。
確かに、細かな場面は違っている。それはハヤトが私の生きていた世界に転生したせいだろう。
しかし大まかな流れは私の知っている世界のソレだった。
そして、私はある場面で手が止まる。
それはあの……馬車が襲われ、殿下を逃がした私が死ぬ場面だった。
そこで固まったように動かなくなった私に、さきさんは、
「あ~そこね。私的にはフェルナンドの暗殺を成功させるつもりはなかったのね。でもさぁ、そうするとマイラどうする?ってなっちゃって。私、別にマイラに思い入れないし」
と少し笑う。それを聞いたチアキは、
「なっ!そんな言い方!」
とさきさんに食って掛かろうとした。私はそんなチアキの腕を掴んで首を横に振る。
さきさんに悪気はないのだ。所詮、この『復讐の天使』で私マイラは、モブキャラだ。原作では殿下を毒殺した嫌われ者の王太子妃。そしてこの二次創作の物語でも早々に退場させても何の問題もないような人物なのだから。
「え?やっぱり二人はマイラ推し?」
と、さきさんは目を白黒させた。
「いえ、そういう訳では……」
と私は言葉を濁して、先を読み進めた。
マイラ(私)は此処で退場。殿下は命からがら、その山から逃げ出すと、殿下付きで数少ない味方であるサミュエルを見つけ、その危機を脱するのだった。
その後、殿下とリオン様は二人で協力しハロルド様と、エレーヌ様の企みを暴いていく。リオン様は自分の生い立ちの秘密を知り悩み苦しむが、それでも自分の実の父の悪事を暴き、国を正しい方へと導く為に東奔西走するのだ。その姿は……まさしく主人公。これでは原作の『復讐の天使』のファンには不評であろう事は容易に想像出来た。だってエレーヌ様はすっかり悪者だもの。
そしてその後、殿下は王太子の座を自分には相応しくないとリオン様に譲る。最初はそれを固辞していたリオン様も、紆余曲折の後国王になり、幼馴染みと結婚してハッピーエンド。……となっていた。
私は思わずその漫画を抱き締める。
ー生きてたー
私が命掛けで助けたハヤトは生きてくれていたのだ。
私はそれだけで胸が一杯になる程嬉しかった。
そんな私の様子をさきさんは不思議そうに見つめると、
「そんなに……感動してくれたの?泣くほど?」
と呟いた。
私は無意識に涙を流していたようだ。私は胸からその漫画を離し表紙を撫でた。
グッと涙を拭うと、
「フェルナンド殿下は……リオン様に王太子を譲った後……どうされたのでしょう?」
と私はさきさんに質問してみた。
リオン様に王太子の座を譲った後の殿下の…ハヤトの様子がこの漫画には全く触れられていなかった。そう……この漫画においてフェルナンド殿下も私マイラと同様に退場した後の事など描く必要もない程の取るに足らない存在でしかない。
しかし、私は気になった。ここに描かれてはいないが、殿下が……ハヤトがどんな人生を送ったのかを。
「え?確かに何にも考えてなかったなぁ。離宮に引っ込んだって所までは……ほらここに書いたでしょう?」
とさきさんは私からその漫画を受けとると、パラパラとページを捲る。
リオンが王太子に任命されたページに3行だけ…たった三行だけ殿下について書かれていた。
『フェルナンドは自分の役目を終えたとばかりにリオンの立太子式を見守ると、王位継承権を放棄し、離宮へと移り住んだ』
私はその三行を、まるでそこにハヤトが居る事を確認するかのように、無言で見つめてしまった。




