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26話


「何?どうしたの?暗い顔して」

チアキが私を見て驚いたような顔をした。


チアキと会うのは一週間ぶり。


「いえ…。店長に自己肯定感が低いと言われましたが、その通りだな…と思って」

と私はチアキに答えた。


「漫画の中のマイラちゃんってさ、ツンツンしてて、いつも怒った様な顔でさ。エレーヌにもきつく当たるし、使用人や王宮の人達にも高飛車で、結構嫌な奴だったわけよ」

いつの間にか、私を『マイラちゃん』と呼ぶようになったチアキが漫画の話を始めた。

私がその話に黙って耳を傾けていると、


「エレーヌが主人公の漫画だし、マイラちゃんが悪者っぽく描かれるのも、仕方ない事なんだけど、こうしてマイラちゃんの事を知るとさ…あんな風にしていないと、心が折れちゃって、王太子妃なんて務まらなかったんじゃないかなって思うようになったんだ」

とチアキは続けた。


「…王宮では隙を見せれば直ぐ足元を掬われかねません。そうならない様に気を張って生きていたのは事実です。

その上で公務さえしっかりやっていれば良いと思っていたのですが、周りからは冷たく厳しく…そして憐れな王太子妃だと見られる結果になりました」


「本当のマイラちゃんが、真面目で優しい人だって今の私には分かるけど、漫画なんて主人公目線で描かれるからね~。そうやって迫害を受けていたら、卑屈になるのも頷けるし。でも、このお店ではマイラちゃん、大人気なんだし、もっと自信持ってよ!」

とチアキは私の背中をポンと軽く叩いて笑顔を見せた。


「そう言って貰えると…少し自信がつきます」

そう言って、私はある事を思い出した。


「ねぇ、チアキ。あの漫画…『復讐の天使』でしたっけ?あの漫画の結末ってどうなっているのでしょう?」

私は疑問に思っていた事をチアキに訊ねた。


「あ~!あれね。あの漫画、実は…」

とチアキが口を開いた時、


「千秋~マイラちゃ~ん、そろそろ休憩終わるよ~」

と他のメイドの子が休憩室へ入って来た。


「あ、ごめん!今行く!」

とチアキがその子に答える。


私も、


「すみません!直ぐに参ります」

と謝罪して、チアキの後を付いて部屋を出た。



メイド喫茶の仕事は意外と楽しかった。

色んなお客様がいらっしゃるので、色んなお話を聞く事が出来る。


「今日、給料日だったんだ~!」

と言って、私に河合様は花束を差し出した。

メイドに個人的なプレゼントはNGだが、店に飾る花のプレゼントは受け取っても良い事になっている。


「とっても綺麗です!ありがとうございます!」

私も笑顔で受け取ると、河合様は、


「マイラちゃんは笑顔が良いよね!癒されるよ」

と言って、彼も笑顔を返してくれた。


王太子妃として働いていた時には国民の為だと思っていたが、誰か一人をこうして笑顔にする方が、何十倍も満足できるのだと、私はここで働いてから知ることが出来た。

少しはチアキが言うように自信を持っても良いのかもしれない。



結局…漫画の結末を聞けなかったな…そう思いながら帰宅すると、玄関の扉を開ける前から良い匂いがした。


…殿下が帰って来ているようだ。


私は普段通りに、


「ただいま帰りました」

と鍵を開けて扉を開く。


「ーおかえり」

殿下の声が厨房から聞こえた。


私は、


「今日はハンバーグですか?美味しそうですね」

とテーブルに置かれた夕食を見て笑顔を見せた。

殿下はそれに答える事なく、無言で夕食の支度を続ける。

私はそれを横目に洗面所で手を洗い、うがいをする。


この世界はとても空気が悪い。この作業をしなければ、喉の違和感を感じてしまうようになった。


部屋着に着替えて、夕食の用意されたテーブルに向かう。

狭いテーブルだ、向かい合う殿下との距離も近い。


殿下はやや俯き加減で、未だ言葉を発していない。

私だって、『何処に行っていたのか?』とか『既読無視はないだろう』とか言いたい事は山ほどあったが、それには触れず、


「いただきます」

と手を合わせて殿下の作った、ハンバーグにナイフとフォークを入れた。

どうも箸という物は苦手だ。少しずつ持ち方、使い方を練習しているが、なかなか慣れない。それは殿下も同じだった。


「美味しい!」

私は思わず口に出す。殿下の料理の腕はグングンと上達している。私との差は開く一方だ。なんだか悔しい。


私は笑顔で食事を食べ進めるも、殿下は俯いたまま、一向にハンバーグに手を付けない。


「料理、冷めますよ?折角美味しいのに」

そう私が声をかけると、殿下は


「マイラ。今までの事、本当にすまなかった。君にはずっと辛い想いをさせていた事、私は気づいてもいなかったんだ。それは…いや、言い訳は辞めよう。とにかく…悪かった」


いつもの『お前』が『君』に変わってる。こんな風にちゃんと面と向かって謝られたのは、初めてかもしれない。


私はフォークを置いて、


「殿下、謝罪をお受けします。今まで殿下にされた仕打ちを無かった事には出来かねますが、もう怒っていません。この世界で、私達は助け合って生きていかねばなりません。もうその事について口に出す事は、今日で辞めにしましょう」

と殿下に言って微笑んだ。


私としてはここら辺が落とし所だと思っていた。


殿下は顔を上げ、


「じ、じゃあ許してくれるのか?」

と私にすがるような目を向ける。


「…申し訳ありませんが、許す…事は難しいかもしれませんね。でも、それを恨んで生きる程ではありませんから。今は私もこの世界で生きる事に必死で。だから、もう口に出すのは辞めましょう。過去を振り返るより、前を向いて生きていきたいのです」

少しだけ自信をつけた私は、殿下の目を真っ直ぐに見てそう答えていた。

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