19話
「数日…?」
私が不思議そうに言えば、
「そうだな…多分三日…ぐらいだな」
と殿下が答えた拍子に、殿下のお腹が『グゥ~~~』と大きな音を立てた。
向こう…私の世界ではハヤトが来てから三ヶ月は経っていたと思う。
…もしかしたら向こうとこちらでは時間の経ち方が違うのかしら?
…と、それよりも、
「殿下、お腹空いているのですか?」
と私が訊ねると、
「あぁ。この部屋にあった食べられそうな物は食べたんだが…何もなくなったから意を決して外へ出てみようと、その扉を開けたら…お前が倒れてたんだ」
と殿下は派手に鳴ったお腹を擦りながら答えた。
私はこの狭い部屋をぐるりと見渡して、
「殿下、此処に黒い…小さな板のような物がありませんでしたか?」
と私は訊ねた。
ハヤトがいつか言っていたのだ。『スマホ』とやらは、何でも調べる事が出来て、とても役に立つのだと。それがあればお金も必要ないと。
「板…ってこれの事かな?」
と殿下が持って来た物を手に取り、ひっくり返したり、覗き込んでみたりと、どこかに手掛かりがないか、満遍なく調べてみるのだが…
「何なんですか?これは?」
黒い小さな板は、なんだかツルツルとしているだけで、何の反応も示さない。
黒く光っている鏡の様な面に、私の失望した顔が写っているだけ…。
ハヤト…これをどうやって使うの?…もっと詳しく聞いておくべきだった…。
「何なんですか?って私が知るか!お前が知ってるんじゃないのか?…その…ハヤトとか言う奴に、何か聞いたんだろ?」
と殿下は面白くなさそうに口を尖らせた。
どうすれば良いのか…私も途方に暮れる。
すると、部屋の扉の方から『ピンボーン』と何か音が鳴った。
私と殿下は顔を見合わせる。あの音は何なのだろう?
私達が固まっていると、『ピンボーン』『ピンボーン』『ビンポン』『ビンポン』としつこいくらいにその音が鳴り、続けて、
「お兄ちゃん!!お兄ちゃんってば!いるの?!ねぇ、ちょっと!開けなさいよ!」
と大きな声とともに、『ドン、ドン、ドン』と扉を激しく叩く音が聞こえ始めた。
私と殿下は思わずお互いの手を握り合ってしまって…直ぐに振りほどく様に力一杯離した。
待てよ…さっきあの声は『お兄ちゃん』と呼ばなかったか?
私はハヤトとの会話を思い出す。
確かハヤトは、『俺はこの漫画を妹から読まされた』って言ってなかった!?
ならば、その扉の向こうに居るのは…ハヤトの妹!
私は体の痛みも忘れて、その扉に向かって走り出した。
『ガチャ!』
勢いよく開けた扉の前で目を丸くして、今にも扉を叩こうと拳を握りしめた女性が驚いたのか、少し上半身を反らす。
お互い、五秒程見つめ合っただろうか…
「あなた…誰?」「あなたが妹君?」
と私達の声が重なった。
また五秒程見つめ合う。お互い無言だ。
すると彼女は私の肩越しに殿下の姿を見つけると、
「あ!お兄ちゃん!!ちょっと!この人誰よ?!それに何で電話もメッセージも無視してんのよ?!
お母さん心配して私に連絡してきたんだからね!!」
と部屋の奥の殿下に声を掛けた。
しかもかなり大きな声で。
こんな狭い場所で、そんな大きな声を出しても良いのだろうか?
隣の扉はすぐそこだ。
そして、目の前の彼女…何となくハヤトに雰囲気が似てるその女性は私を見て、
「あ、あの~日本語ワカリマスカ?」
と私にジェスチャーを交えて話しかけて来た。
不思議な事に、ここの世界の言葉は分かる。
逆にハヤトも私と同じ言葉を話していた。
まぁ、聞き慣れない言葉は多々あったけど。
『漫画の世界』…私がずっと生きてきた世界は、このハヤトの世界で生まれたのだから、言葉が共通であってもおかしくはない。
私は、
「貴女…ハヤトの妹さんよね?」
と訊ねた。
すると彼女はホッとしたような表情になって、
「良かった~。日本語お上手ですね!」
と胸の前に手を当てた。
「私、貴女にお尋ねしたい事が山のようにあるの。ねぇ、入って?」
私は自分の部屋でもないが、彼女を扉の中へと引き入れる。
彼女は、
「ちょっ、ちょっと待って!靴、靴脱ぐから!」
と慌てて靴を脱ぎ始めた。
…靴を脱ぐの?
そうか…この国では寝台に上がる時以外でも靴を脱ぐのね…勉強になるわ…。
彼女は靴を脱いで部屋へ入るなり、
「お兄ちゃん!ちょっと!何でスマホの電源が入ってないの?それに……彼女と暮らしてるんならそう言いなさいよ!」
と私をチラリと見てから殿下へと文句を言った。
殿下は、
「お前…誰だ?」
と訝しげに訊ねる。
「はぁ?!何寝惚けた事言ってんのよ?」
と言う彼女はイライラを募らせている。
きっとこの『スマホ』とやらに秘密が隠されているのだろうが、殿下がその使い方を知る訳がない。
私は2人の間に割って入ると、
「ねぇ、妹さん。私の顔に見覚えはない?私の名前は『マイラ』よ『マイラ・ジョルジュ』」
と自分の顔を指差して訊ねる。
「え?マイラ…さん?私、何処かでお会いしました?」
と彼女は首を傾げる。
「会った…のではなく…この国にあるマンガ…という絵本で私を見た事はありませんか?
マイラ・ジョルジュ…ウエストザルト王国の王太子妃です。いずれ、夫であるフェルナンド殿下殺害の容疑で処刑される…」
私が早口でそこまで捲し立てると、彼女は物凄くおかしな者を見るような目で私を見ている。
…あぁ…不審者と思われているわ…。




