16話
「随分と雲が多くなって来ましたね。…ひと雨来そうです」
私が馬車の窓から空を見上げると、どんよりとした雨雲が空を覆い尽くそうとしているのが確認出来た。
「そうだな…。次の休憩地点はまだ先だよな」
ハヤトは私に頷くと、外を並走している護衛に声を掛ける。
休憩場所を確認しているようだ。
私は少し暗くなり始めた窓の外を眺めながら、今の自分達の状況を振り返る。
しかし…何故こんな事に…。
今、私とハヤトはセンターザルトへ向かうべく馬車の車中に向かい合って座っていた。
センターザルトの王太子殿下の結婚式に招かれたのは、各国の国王夫妻だったのだが…何故か直前になって我が国は両陛下共に体調を崩してしまったのだ。
もちろん命に別状はなかったのだが、長旅は難しいとの事で、代わりに私とハヤトが赴く事になったのだが…。
すでに王都を離れ二日が経っていた。
山道に差し掛かる前、少し山の方に雲が掛かっていたのが気になったが、護衛から、
『この山はそんな高くないので、直ぐに越える事が出来ます。
天気が崩れる前には山を越えた向こうの麓の町へ辿り着く予定ですから、さっさと進みましょう』と言われてしまったのだ。
そして今、山道を登っている最中に、悪い予感は的中。
雨雲が空を覆い尽くし、一気に周りは暗くなってしまった。
山道で元々太陽の光が届き難かった上にこの天気だ。外は夜のように暗い。
私が不安そうにしていると、ポツポツと馬車の窓を雨粒が叩き始めた。
「やっぱり、降ってきましたね」
私が溜め息交じりに言うと、
「このまま馬車を進めるのは危険じゃないか?」
とハヤトも不安そうに呟いた。
遠くでゴロゴロと雷の音がし始めた時、
馬車がゆっくりと止まった。
コンコンと馬車の扉を叩く音が聞こえる。
「殿下、申し訳ありません。雷の音を馬が怖がっておりまして。
このままですと、暴走する可能性がありますので、ここで一旦休憩をとりたいと思います。
通り雨の可能性が高いので、雨が止むのを待った方が良いと思いますので」
と護衛から声を掛けられた。
何もない、この暗い山道で私達は足止めを余儀なくされてしまった。
「なんか…ヤバい気がするな…」
ハヤトの呟いた一言は、私の胸を言葉に出来ない不安で一杯にするのに十分だった。
「マイラ、おかしい。従者や侍女の乗った馬車が来てない」
ハヤトは馬車の後ろの窓から覗くと私にそう言った。
「先行していた筈の馬車もありません」
私も横の窓から覗いて答えた。
私達二人は大きく頷くと、窓を閉め馬車の入り口の鍵を閉めた。
「…嵌められたか…」
ハヤトが小さな声で私に言う。
外は雨音で他の音が聞こえない。逆に不気味だ。
「護衛も全て敵なのでしょうか?」
私も小さな声で答える。
外には聞こえていない筈だが、どうしても小声になってしまうのだ。
「…わからないけど、その可能性は高いだろ。だから、こんな所に俺達を置き去りにしたんだ」
護衛の気配を感じない。馬は繋がれているようだが、この雨と雷では無理に馬車を動かすのも危険だろう。
「これからどうするつもりでしょう?」
このまま置き去りにするだけで済むとは思えない。
その言葉を発したすぐ後、
「殿下!妃殿下!大丈夫ですか?」
と扉を激しく叩く音がした。
私とハヤトは顔を見合わせる。敵か?味方か?
判断がつかず黙っていると、
「他の護衛はどこへ消えたのでしょうか?」
とその声は言った。
私は思わず、
「わからないの!貴方は…誰?どうして此処へ?」
とその声に答えた。
「私は従者の馬車に付いていた者です。後ろから来ている筈の殿下の馬車を見失ってしまったので、私だけ引き返して来ました!何故こんな場所で…」
とその声は困惑を隠せないようにそう言った。
味方かもしれない。そう思い私達が馬車の扉を開けようとした瞬間、
「う、うわぁ!!!」
とその声が絶叫する。
ハヤトは今、まさに開けようとしていた扉から手を離す。
私は震える声で、
「か、彼は…」
と言った途端、バリッ!バリバリッ!!と馬車の扉を何かで壊す音が聞こえた。
「ダメだ!敵が来た!」
とハヤトが叫んで、私を抱き寄せる。
「ハヤト、馬車に居ても時間の問題だわ…此処を出ましょう」
私が決心したように言う。
王族の馬車はかなり丈夫に作られているが、このままでは殺られてしまうだろう。
「出る?どうやって?」
訊ねるハヤトに、私は馬車の床に貼られた絨毯を引き剥がす。すると底には小さな取っ手のついた扉が現れた。
「危険が迫った時に、ここから逃げれるようになっています。この出入口を知るのは王族のみ。此処から外へ。
しかし、周りを取り囲まれていたら…終わりです。でも、さっきこの馬車の停まっている場所を確認しましたが、扉の反対側は…崖のようになっていました。慎重に降りれば…命は助かるかもしれません」
「賭けだな」
しかし、考えている間にも、バキバキと扉を壊す音が聞こえる。躊躇っている時間はない。
ハヤトは、
「よし、行こう!」
そう言うとその扉の取っ手を引っ張り上げた。




