14話
ハヤトの生きていた世界は、本当に不思議な場所だ。
「大学生?」
「そうそう。俺はまだ学校に通ってたって事」
「え?ではハヤトは18歳になってないって事?」
「いやいや、俺は二十歳。俺の世界ではまだ学校に行ってる人もいるんだよ」
「二十歳…私と同じですね」
「そっか、そうだな。それに俺は実家を離れて独り暮らしをしてた」
「それって、自分の事を全て自分でやる…という事ですか?」
「そうだよ?俺の世界では普通な事だ」
「では…ハヤトは平民?」
「その通り!っていうか、俺の国には貴族ってのは居ないかな?偉い人…は居るし、貧富の差はそれなりにあるけど」
ハヤトの話は興味深くて、私はどれだけ長く話を聞いていても全く飽きなかった。
でも…フェルナンド殿下が自分の事を自分で出来るのか?と言われれば、無理だろう。
ハヤトの世界で殿下が生きていけるのか?まさか…もう死んでたりしないわよね?
私と殿下…いやハヤトは結構気が合った。
「マイラって馬に乗れるの?」
「乗れますよ?殿下の婚約者に決まってからは、王太子妃教育が忙しくてあまり乗れてませんでしたけど、 元々私は…その…お転婆で…」
「へぇ~すげぇ!じゃあさ、俺に乗り方教えてくれない?」
「へ?私がですか?そんな教える程上手くは…」
「いいって!他の人には習えないじゃん」
結局、ハヤトがハヤトとして振る舞えるのは私の前でだけなので、私と一緒に居る時間が増えるのは必然なのだが…私はいつの間にかハヤトを目で追っている自分に気がついた。
「マイラ様…最近、とても楽しそうですね」
ハヤトに乗馬のレッスンを施した後、私は湯浴みで汗を流し夕食の為に着替えをメリッサに手伝って貰っていた。
そんな私にメリッサは続けて、
「こんな笑顔のマイラ様を見るのは、マイラ様が殿下の婚約者になる前以来ですね」
と言った。
「笑顔?私、笑顔なの?」
正直、殿下の婚約者になってからというもの、殿下からは冷たく扱われ、王太子妃教育は厳しく、心から笑う余裕なんて全然なかった。
表面上は笑顔だけど心は疲弊して…それを懸命に隠して生きてきた。
そんな私が今、笑顔なの?
「ご自分で気がついていませんでしたか?最近笑顔の事が多いですよ。
でも…言いたくないんですけどね、マイラ様から笑顔を奪った憎き殿下がその笑顔の原因って言うのが…ちょっと…」
とメリッサは不服そうだ。
私は自分にびっくりしている。
私…どうしちゃったんだろう…。
ハヤトとの距離感に悩み始めた私。
周りから見れば『どうしちゃったの?王太子夫妻!?』という感じだろう。
急激な息子の変貌に、事実確認をしたくなったのか、私はマチルダ王妃…所謂、義母にお茶会と称して呼び出されていた。
「最近…フェルナンドと仲良くしているようね?」
と言う妃陛下に私は、
「夫婦ですから。これまでのお互いの振る舞いを省みた結果です」
…本当は違うけど、最近はこう答える事を定石としていた。ハヤトは確か…『テンプレ』とか言っていたかしら?
「そう。まぁ…当たり前よね。今までのフェルナンドの振る舞いの方が疑問だったぐらいですもの。
初恋を拗らせると、あぁなるのかと、ずっと不思議だったのよ」
と言う妃陛下の言葉。
ん?…ちょっと意味がわからない言葉が混じっていたような…。
私は肯定も否定も出来ず、キョトンとしてしまう。
そんな私に気づいているのか、いないのかわからないが、妃陛下は続けて、
「貴方だって不思議だったでしょう?あんなにフェルナンドから望まれて婚約したのに、邪険に扱われて。
私も何度か注意したのよ?でも、あの子ったら聞く耳を持たなくて…」
と言うと妃陛下はカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
『あんなにフェルナンドから望まれて』?ん?それってどういう意味?
「あの…、私が婚約者として選ばれたのは、たまたまあの時に釣り合いのとれる令嬢が私しか居なかったからでは?」
と私が訊ねると、
「は?そんな訳ないじゃない。他にも候補は居たわよ?
フェルナンドは少し…頼りないでしょう?
だから、歳上でも良いんじゃないかと、私も陛下も考えた事があったの。
でもフェルナンドが『絶対にマイラが良い』と。それならば大切になさいと何度か言ったんだけど。
貴女のご両親だって、何度か婚約の解消を申し出ていたし。あの子が何を考えているのか…本当に不思議だったわ。結局、エレーヌを直ぐに側妃にまでしちゃうし…」
と妃陛下は首を傾げながら言う。
「まぁ、でもやっとフェルナンドも貴女を大切にする気になったのね。安心したわ」
と笑顔で続けて言う妃陛下。
ちょっと待って欲しい。あまりに衝撃的過ぎる事実に私は軽くパニックになる。
え?殿下って……まさか私の事が好きだったとか?
いや…まさか…そんな…嘘でしょう?




