11話
「やられたよ。昨日のハロルドの部下が自殺した」
と苦虫を潰したような顔で殿下は執務室へ現れた。
昨日、例の薬物を持っていた罪で捕らえられていたハロルド様の部下の騎士の事だ。
「自殺?」
「一応そういう事になってるけど、口封じで殺されたんじゃないかと、俺は考えている」
「そ、そんな…」
私達は、人の命を簡単に奪ってしまうような人物を相手にしているという事だ。
私は改めて怖くなった。
「あの男は全てを知っていただろうからなぁ。ハロルドに裏切られた今なら、色々と話してくれるんじゃないかと期待したけど…一足遅かったよ。
それに…可哀想な事をした」
と言うと、殿下は暗い表情で俯いた。
マンガ?とやらに薬物を持っていた人物が描かれていたからと、彼を特定したのは殿下だ。
「殿下のせいではありません。全ては企んだ…ハロルド様の責任です」
と私は近付いて、慰める様に肩に手を置いた。
殿下はその手をそっと握ると、
「頭では分かってるつもりなんだけど…なかなか心がついていかない。
自分の命を守る為だと理解しているけどね」
と私の顔を見上げて少し微笑んだ。
とても辛そうな笑顔だ。
「殿下の命だけではありません。私の命も…です。
殿下がその事で責任を感じるのなら、その半分を私にも下さいませ。
私も共にそれを背負って参ります」
と私の手に重なった殿下の手に、更に私の手を重ねた。
殿下は、
「ありがとう。味方が居るって心強いな。
この世界で目が覚めた時、軽く絶望したからさ」
とヘラッと笑った。
それはそうだろう。全く見知らぬ人、全く見知らぬ自分。
そんな中で命まで狙われているのだから、普通ならこんな風に笑う事すら出来ない筈だ。
「私が殿下と同じ境遇になったら…きっと部屋から一歩も出る事など出来なかったと思います。
殿下はお強いと…私はそう思いますよ?」
と私が言えば、殿下は、
「いや…俺だって1週間は全然現実を受け入れなれなかったから。
マイラが居てくれるから、少しだけ強くなれたよ」
と笑った。
牢に入れられたあの男が亡くなってしまった事は痛手だが、済んでしまった事はどうしようもない。
悪いのは、人の命を何とも思っていない…ハロルド様の方だ。
今は亡くなってしまった者の冥福を静かに祈ろう。
「まず、今日の仕事を片付けてしまいましょう。それから…次の手を考えませんと」
と私が切り替える様に言えば、殿下も、
「そうだな。マイラには負担を掛けるけど、やっぱり2人きりの方が落ち着くんだ」
と机に向かって書類を取り出した。
今、殿下が信じられるのは私だけだと嫌でも分かる。
いつの間にか、私はこの『ハヤト』という男をどうにかして助けたい…そう思うようになっていた。
私と殿下が一緒に居る事が、王宮でも普通の事として受け入れられる様になってきた。
しかし…
「どうしてマイラ様は急に殿下と仲良しになられたんです?!」
メリッサだけは今だに不満そうだ。
「…いずれこの国のトップに立つんですもの。力を合わせるべきだと、お互い考え直したのよ」
苦しい言い訳だ。
だが、例え公爵家に居た頃からの付き合いで、私にとっては姉の様な存在のメリッサであったとしても、真実は言える筈がなかった。
「そんなの…。今までの12年間、ずっとマイラ様を放置していたのにですか?」
私の側でずっとメリッサは、私が殿下から酷い扱いを受けた事を見てきた。
彼女の気持ちは痛い程わかる。
「メリッサが納得出来ないのは、良くわかるわ。
貴女が私の代わりに怒ってくれたから、私は今まで我慢してこれたんだもの。
どんなに酷い扱いを受けても、私の事をわかってくれているメリッサが居たからよ。
感謝してるの。ありがとう」
と私はメリッサを抱き締めた。
メリッサが居たから、私は前向きで居られた。それは間違いないし、心から感謝している。
「マイラ様…。私はマイラ様に幸せになって欲しかったんです…」
とメリッサは少し声を震わせた。
「わかってるわ。私にはこうして心配してくれるメリッサが居る。お父様もお母様も居るわ。それだけで幸せよ?
それに…メリッサには到底信じられないと思うけど、今の殿下はきちんと私を尊重して下さってるの。だから、安心してね」
と私は抱き締めたメリッサの背中をポンポンと軽く叩いた。
メリッサはあまり納得していなさそうな顔で、私から少し離れると、
「マイラ様。あんまり殿下を信用し過ぎないで下さいね。
もうマイラ様が泣くのは見たくないんですから」
と私に言うと、
「さぁ!今日も腕によりをかけてマイラ様を美しく仕上げましょうかね!」
と切り替えたように腕まくりした。
私はそんなメリッサに思わず笑顔になる。
メリッサを悲しませない為にも、私が処刑される未来を変えなければならない。
私はひっそりと決意を新たにした。
支度を済ませ、私は執務室へ向かう。
すると、廊下の向こう側からエレーヌ様がこちらにやって来るのが見えた。
最近はこうして離宮から王宮へとエレーヌ様が足を運ぶ事が多くなった。
殿下の態度にイライラしているらしく、殿下へ何度も突撃しては撃沈しているようだ。
真っ直ぐこちらに向かってくるエレーヌ様。
本来なら、向こうは側妃、私は正妃。
廊下の真ん中を通るのは私で彼女は脇へ避けなければならない。
今まで、こういう場面では彼女も立場を弁えていたのだが、何故か今日は、進路を譲る気がないようで、私の目の前にまで来て、彼女は止まった。
周りの者達がザワザワしている。
さて…どうしましょうかね。




