10話
翌日、私はソワソワしながら、殿下の帰りを待っていた。
私も荷が着く場所へ向かいたいと殿下に伝えたのだが、殿下は『任せて!』と言って、出掛けて行った。
殿下が居ない…という事は私が自分の仕事だけに集中出来る、数少ない時間という事だ。
私は、殿下の執務室へと向かう。
昨日のうちに、私の執務室と共同という事に勝手にされてしまった為だ。
私が執務室へ向かっていると、殿下の執務室の前でエレーヌ様と、殿下の事務官が揉めていた。
「どうしたのです?」
と私が少し離れた所から、声を掛けると、揉めていた2人とエレーヌ様に付き添っていた侍女と護衛が一斉にこちらを見た。
エレーヌ様は私の姿を認めると、
「まぁ…妃殿下。何故こちらへ?」
と怪訝そうな顔で私に問いかけた。
うーん。いつもより態度が刺々しい。
すると、揉めていた事務官が、
「こちらの執務室は妃殿下と殿下の共同の執務室になっております。
ですので、先程も言いました通り、2人の許可がなければ、このお部屋には立ち入る事は出来なくなっております」
とエレーヌ様に私の代わりに答えた。
へぇ~。私の許可も必要なんだ…。殿下がそう決めたのね。
「共同?そんなの初めて聞いたわ!どういう事なの?!」
と食って掛かるエレーヌ様。
どうも、共同になったのは初耳だったらしい。執務室に入ろうとしたら、私の許可が必要だと止められた…って所か。
私は執務室の前に到着すると、困っている事務官に代わり、
「どういう事も何もありません。その事務官の言う通りです。
エレーヌ様が例え殿下から執務室への出入りを許可されていたとしても、私は許可しておりませんので」
殿下の考えは簡単にエレーヌ様をこの部屋へ入れさせない事だろう。
この前、待ち伏せされて怖かったと言っていたし。
私は咄嗟に殿下の考えを汲み取りエレーヌ様にそう答えた。
そして私は続けて、
「それに、殿下は只今ご不在でいらっしゃいます。執務室に何の用が?」
とエレーヌ様に向かって言った。
すると、エレーヌ様は、
「へ?殿下は出掛けているの?…じゃあ……私の言う事を聞いて下さったのね」
と独り言の様に呟いた。
『私の言う事』とは父を嵌める為の嘘の事だろうか?
エレーヌ様は殿下が彼女の言う事を真に受けて、父の積み荷を確認に行ったのだと思ったようだ。
私はつい不安になる。
…もし殿下が本当はエレーヌ様の味方で、私と父を陥れようとしているのなら?
いや…今はそんな事を考えても仕方ない。
殿下を信じるしか…そう考えながら、私は自分の中の矛盾に気づく。
いつの間にか、殿下を信用している自分がいる。
父の件が本当なら、そして殿下が父を助けてくれたなら、殿下の中身が殿下ではない誰かだと信じるつもりだったのに…。
私が黙っていると、
「そう…。なら殿下には後でお話があると伝えて」
とエレーヌ様は目の前の事務官に言うと、私の方へ向き直り、
「そういえば…最近、妃殿下はやたらと殿下の側に張り付いていらっしゃるとか?急にどうなさったのです?
今さら殿下に媚を売っても…」
と言ってクスリと笑った。
笑ってはいるが、目が笑ってない。
エレーヌ様も内心穏やかではないだろう。もう10日程殿下はエレーヌ様の元へ通っていない筈だ。
ここ3日は私と一緒だし。
「媚を売る?私が?エレーヌ様の目にはそう見えてますの?それならば、良い眼科医を紹介しますわ」
と私が扇で口元を隠せば、エレーヌ様は一瞬、怒りのオーラを纏った。
しかし、直ぐ様いつもの可愛らしい雰囲気に戻ると、
「まぁ…そんな風に仰らなくてもよろしいではないですか。妃殿下が私をお嫌いなのは重々承知しております。
しかし、私は妃殿下と仲良くなりたいと常日頃思っていますのよ?」
と小首を傾げる様子は小動物にしか見えない。
いつも私から虐められていると殿下に嘘を吹き込んでいるくせに…白々しい。
「嫌い?私、そんな事を思った事も口に出した事も御座いませんわ。
というより…貴女を気にした事も御座いません。私は私のやるべき事をやるだけ。
仲良くしようとは思っておりませんが、嫌うなんてとんでもない」
これは本当の事だ。殿下の事は大嫌いだったが、エレーヌ様には何の感情もなかった。殿下の話を聞くまでは…だが。
すると、エレーヌ様はハラハラと涙を流し始めて、
「そんな言い方…あんまりですわ。私は仲良くしたかったのに…」
と俯いた。
お付きの侍女が急いでハンカチを取り出し、エレーヌ様を慰めるように背中を擦った。
…馬鹿馬鹿しい。こんな事で泣く?
先に喧嘩を売ってきたのは、そっちでしょう?
そうしていると、
「お前達、そんな所で何をしている?」
と殿下が戻って来た。
晴れ晴れとした顔をしている。…上手くいったのかしら?
すると、エレーヌ様が涙ながらに殿下に駆け寄り、『フェルナンド様~』と、その腕に触れようとした。
が、その時、殿下はそれをスルリと躱す。
エレーヌ様は思わぬ事によろけてしまうも、殿下はそれを無視して私の元へと来た。
「殿下、お帰りなさいませ」
と挨拶する私に殿下は近寄り耳元で、
「上手くいった。安心しろ」
と小声で囁くと、今度は普通の声で、
「さて…何を揉めていたのかは知らないけど、俺は忙しいんだ。…マイラ、君は一緒に来てくれ」
と私を連れて執務室へと入っていった。
私は執務室へ入る直前、エレーヌ様を見やった。
その時のエレーヌ様の顔…。怖くて夢に出そうだわ。
「殿下、どうでした?」
と私は部屋に入るなり、殿下に訊ねる。
もちろんいつもの通り2人きりだ。
「上手くいったよ。案の定、ハロルド自らやって来ていた。数人の部下と共にな。君のお父上は依頼通り、荷の到着を遅くしてくれたよ。俺が現れた時のハロルドの驚いた顔!おかしかったなぁ~」
と殿下は思い出したように笑う。
「それで?」
私は話の先を急ぐ。
「ハロルドは何故俺があそこに居るのか訊ねて来たが、俺は素直に『エレーヌから密輸の情報を得たから確認に来た』と言った。
ハロルドはそんな事を言い出した俺に慌ててたよ。君の父上には秘密裏で荷を確認しようとしていたみたいだからな。
先に言ったから、俺の護衛が荷を出した。本来ならハロルドの部下がその荷に違法薬物を隠すつもりだったんだろうが、俺がぜーんぶ先に荷解きしてやったからな、あいつらは手を全く出せなかった」
殿下はハロルド様より先に王宮を出てしまうと、ハロルド様にバレる可能性があるからと、荷が届くのを遅らせるように出来ないかと私に依頼してきた。
どうにか上手くいってホッとする。
私のホッとした顔を見て、殿下は、
「さらに…だ。実はあの時、ハロルドの部下が違法薬物を持っている事を暴いたんだ。
漫画の知識を覚えてて良かったよ。だが、ハロルドはその部下をあっさりと見限った。君の父上を嵌めるつもりだったのか!とな。全ての罪をそいつに擦り付けて、直ぐ様そいつを牢に入れた。あいつから証言を取れると良いんだけど…」
と殿下は、考え込む。
私は、
「エレーヌ様が殿下に言った情報も、その…ハロルド様の部下から聞いた事にされてしまうのでしょうか?」
と訊ねる。
「うーん。そうなるかもなぁ…。だが、その男とエレーヌの関係を探っても、何にも出て来ないだろうし…無理があるんじゃないのかなぁ」
殿下はますます考え込んだ。
私は改めて、
「とにかく…殿下。父を助けて下さりありがとうございました。…私は殿下の言う事を信じる事にいたします。あまりに荒唐無稽なお話ですが…貴方の中身が、フェルナンド殿下ではない…それを信じる事に」
と殿下の目を見て言った。
「本当!?あ~良かった。君しか頼れる人が居ないから。俺が死ねば、困るのは君だ。俺達は運命共同体。これからは助け合っていこう!」
と殿下は私に手を差し出した。
私はその手をそっととり、握手を交わす。
そして殿下は、
「俺の名前は『ハヤト』だ。よろしく」
と笑顔で私に言った。




