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1話


「マイラ!お願いだ、俺を助けてくれ!」


 いきなり私の部屋に現れた私の夫。


 っていうか顔を見るのも久しぶりなのだけど?

 それに、名前を呼ばれたのは初めて。

 そして、そして、私の部屋へ来たのも初めてと言う、初めて尽くし。



 私が驚いて固まっていると、つかつかと私に近づいて来た夫…名前をフェルナンド・ジョルジュと言う。ちなみに、この国の王太子だ。



 私の肩を掴んだかと思うと揺さぶる様に前後へ動かし、


「おい!聞いているのか?!」

 と私に詰め寄った。


「…そんな大きな声を出さずとも聞こえております…一体何なのです」

 と私は揺さぶられながらも声を発した。


「とにかく!俺を助けてくれ!でなければ俺は殺される!」


『殺される』とは穏やかではないが…こんな所でそんな事を口にするのは…馬鹿なのかしら?

 貴方に付いてきた護衛全員殺気立ったわよ?


「落ち着いて下さいませ。それに…私に触らないで下さいます?」


 今のいままで、ダンスどころか、エスコートもしなかった男に触られて、鳥肌が立つ。

 というか、お前が私を毛嫌いしていたくせに、今さら何なのか?



「あ、す、すまない。…つい。頼む、俺の話を聞いてくれ。……出来れば二人きりで話がしたい」


 肩を掴んでいた手を離し、懇願するように言う夫。


「私と二人きり?嫌です。お断りいたします。貴方と二人など…考えただけでも寒気がいたします。

 さっさと部屋を出ていって下さいます?

 貴方の命を守るのは私ではなく、そこに控えている護衛達です。ほら、あの者達に懇願してはいかがです?」

 と冷たく言う私にもめげずに、


「ダメだ。あいつらは…ダメなんだ。

 とにかく!俺にはお前しかいない。だから頼む!話を聞いてくれ!」


 と急に床に這いつくばるように頭を下げた。確かこれってイーストザルト王国で言われる『どげざ』って奴じゃない?


「殿下!みっともない真似はおよし下さい!貴方は腐ってもこの国の王太子なのですよ!?床に這いつくばるなど…情けない!」

 と言う私の叱責をものともせず、殿下は床を膝で移動したかと思うと、私の足元にすがり付いた。


「ちょっ!離して下さい!」

 と私が足を振りほどこうとするも、ドレスごと抱きつかれていて、下手をすると私がバランスを崩して倒れそうだ。


 私の侍女もハラハラしながら見守っている。…流石に彼女もこの国の王太子の頭を叩く事は出来まい。



 どうしても私の足から離れない殿下に殺意が沸いてくる。

 ハッ!もしかして、私がこの馬鹿を殺すのかしら…?


 いや、いや、いや、そんな訳ない。


 こんな男を殺して罪を背負いたくない。



 私は足元にすがり付く男を見下ろしながら、


「殿下。とりあえず床に踞るのを止めて下さい。お話を聞きますから」

 と言うと、殿下はパッと顔を上げて私を見た。


「ほ、本当か?!ありがとう」

 と言うが早いか、立ち上がった途端に私の手を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。


 私は思いっきりその手を振りほどき、


「どこへ連れて行くつもりですか?!お話なら、此処で聞きます!」

 と、今度は手を引っ張られないよう、腕を組んで仁王立ちをした。


「二人で話がしたいんだ。…どうしても此処でと言うなら、人払いを」

 と真剣な顔で私に言った。


 …って言うか、誰これ?



私がこの男と結婚したのは約二年前。


しかし婚約期間を含めると、長いもので、十二年にも及ぶ。


婚約したのは私が八歳、この男…フェルナンド・ジョルジュが九歳であった。



私の家は公爵で、年頃と家柄が釣り合う令嬢が私しかいなかった事がこの婚約の決め手だった。

…当然、二人の意思ではない。


しかし、私は彼が好きだった。婚約してから少しの間だけだが。


まぁ、彼の見た目は金髪碧眼の美少年だったから、まだ幼かった私はその容姿を好きになっただけに過ぎない。



この男は…シンプルにクズだった。




彼の母親は王妃マチルダ様だ。


この大陸には現在五つの国が存在する。

元は一つの国であったのだが、内紛等々、長い歴史の中で分裂していった。


今はこの五つで微妙な均衡を保ち、平和に暮らしている。


その中で我が国『ウエストザルト王国』は大陸の西側に位置する。


王妃マチルダ様は、我が国の隣国『センターザルト王国』の王女だったお方で、この五つの国の中でセンターザルトは一番力を持つ国だ。


なので、このマチルダ王妃、とにかく態度が尊大であった。それに伴い、この息子であるフェルナンドの態度もそれはそれはデカかった。



「お前ってさぁ… なんでそんなに無愛想な訳?

可愛くない婚約者とか、必要ないんだけど」


彼と婚約して初めての顔合わせ…という時に、最初に彼に言われた一言だ。


とりあえず、私は無愛想な訳ではなく、ただ単に緊張していただけにすぎない。


我が家は公爵家ではあるが、両親共にのんびりとした家で、私は公爵令嬢としては、かなり伸び伸びと育ってしまっていた。


嫌な予感はしていたのだ。

王太子殿下となったフェルナンド殿下に見合う年頃で家柄的に釣り合う令嬢が、私しかいなかった事で、もしかしたら…という予感…いや、不安。


しかし、私より五つ歳上には侯爵令嬢が居たし、私より七つ下に公爵令嬢が居た。


絶対に私でなければならない理由はないだろうと、私も両親も呑気に構えていた。


いや…現実から目を反らしていただけ…とも言える。


嫌な予感は的中し、私はこのフェルナンド殿下の婚約者となってしまった。


最初から、彼は私を気に入らなかったのだろう。


定例のお茶会はすっぽかす。誕生日と言えど贈り物は無し(私はちゃんと贈ってましたけどね!)

そして学園に入ってからは浮気三昧。

そんな男に愛想をつかすのに、数年もかからなかった。


顔が良いだけの我が儘王子に、私はさんざん振り回され、馬鹿にされた。


両親に何度か婚約解消を申し出て、両親も

『殿下がお前を気に入らないのは、両陛下とて納得しているはず。掛け合ってみよう』

と何度かトライしてくれたのだが、何故か婚約解消には至らず、私の学園の卒業を待って結婚する運びとなってしまった。


私とて公爵の家に生まれたのだから、家のため、気持ちの伴わない結婚をする事ぐらい覚悟の上だ。


泣いて謝る両親に私は自分の覚悟を告げた。

『例え殿下に蔑ろにされたとしても、この国の為、私は彼に嫁ぎます』

と。


そして、その覚悟は現実となった。





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