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2.二人の天才


 一方そのころ。

 ライカ・チュージを追放して1週間と少しが経過したジャビカ・タショレーイは室長席で悠々とお茶を飲んでいた。


「やっぱり何の問題もなかったわね」


 ゼオラロ・カイチは何も気にした様子もなくいつも通り机にかじりついている。彼はあまり自己主張しない男だ。ああ見えて案外ライカのことが鬱陶しかったのかもしれない。

 邪魔者がいなくなって人件費も浮いた。なんて素晴らしいことだろう。この成果が評価されればいずれは……。

 ジャビカは未来に思いを馳せてクスリと笑みをこぼした。






 問題が起きたのはそれから2ヶ月後のことだった。


「ジャビカ嬢。君の研究室の売上が良くないね」


「えっ?」


 所長にそう言われ、ジャビカは目を点にした。


「最近どこも君のところの研究成果を買ってくれないんだよねえ」

 ジャビカの研究室は魔法の開発や発展を専門にしている。そのため、ここでは開発した魔法を騎士団や神殿、冒険者組合などに売ることで利益を得ているのだ。

 他には魔法解析専門、魔道具専門、魔法歴史学専門など、さまざまな部門に分かれている。魔法研究所は魔法に関する研究所と言えども研究室ごとにそれぞれ専門性があるのだ。そして、収入源でもあるお得意様やパトロンも異なっている。


「そ……それは。申し訳ありません。ゼオラロは最近研究に身が入っていないようですから」


「まあ、私も鬼ではない。研究もそう簡単ではないからな。しかしこれからも売上が減っていくようなら来年の予算は考えねばならん。ただでさえ国からの援助金も渋いからなあ……」


 ジャビカは頭を下げて所長室を後にした。


 半分でまかせではあったがゼオラロが不調なのはあながち間違いでもなかった。毎週必ず1つ以上は提出されていたゼオラロの研究は、ここ最近そのペースを落としている。

 いくら天才といえども、アイデアが尽きることもあるのだろう……。


「なによこれ!」


 そう思って研究室に戻って今一度しっかりゼオラロの論文を読んだジャビカは、あまりの驚きに声を荒げてしまった。


「どういことなの? 全然わからないわ」


 ゼオラロの研究は一言で言えば理解不能であった。


 論文はきちんと魔法の術式やその意味などが事細かに書かれ、きちんと理路整然としたふうに体裁が整えられている。

 しかし、何度読んでも常人にはとうてい理解できないものだった。当然のように出てくる難解な用語はもちろんのこと、あまりに突飛すぎる理論に頭が追いつかない。


 内容が理解できないだけならまだいい。

 術式を展開して魔法を発動させるだけならば簡単だ。そこらの平民は「指先に火を灯す魔法」がどういう原理で動くのかは知らなくても、それを実行することはできる。


 だが実行すらできないのだ。

 術式は頭に思い描けなければ展開はできないし、魔力量が足りなければ使えもしない。これは当然のことだ。

 ゼオラロの組んだ術式は彼の類稀なる頭脳と膨大な魔力量を前提としたものになっている。とてもじゃないが客には扱えないような代物だ。これでは売れないのも当然だ。


 こんな複雑な術式と膨大な魔力量を必要とする魔法を使える者など、この国に一体何人居るのだろう……。

 そう思ってしまうほど難易度の高い魔法だった。


「ねえ、ゼオラロ」


「………………」


「ゼオラロってば!」


「あ、ハイ……?」


 机に向かって熱中していたゼオラロは、大声で呼びかけてようやくジャビカに意識を向けた。


「ごめんなさい。この魔法の術式なんだけど、よくわからなくって。どんなものなのかしら?」


「ああ……。これは相反属性魔法論を基にした術式でここに火のエレメントと氷のエレメントを入れることで風を生み出せるもので、去年の研究で相反属性魔法論で補属性のエレメントを挟むことでよりコントロールが容易になることが判明したから間にこうして草のエレメントを入れていてバランスを取っているんだ。火と氷のエレメントはべつに何でもいいんだが草のエレメントだけは補属性妨害による瞬間的衝突発破現象が起こる可能性があるから抑圧性方程式を採用しなければならなくて抑圧性方程式に関しては故ウモシュケン・キャーブ魔法博士が12年前に発表した「抑圧現象に関するエレメントを指定しない基礎的魔法論理」のA項目に草のエレメントとしてドーウィを入れたものを採用している。今回の術式ではその周辺を無属性エレメントで囲むことで…………」


「そ、そう。もういいわ。ありがとう、わかったから」


 手を前に出してゼオラロの話を遮った。彼は「そうか……」と心なしか残念そうにして再び机に向き直った。


 意味がわからなさすぎる。


 ジャビカは棚を漁ってライカの論文を引っ張り出した。それに対応する元となったゼオラロの論文も並べて見比べる。


「えっ……すご、わかりやす…………」


 ライカはゼオラロの難解極まる術式を簡略化し、ざっくりと噛み砕いた解説をしていた。

 これらを実際に発動させた場合ゼオラロの術式のほうが優れているのだろうが、ライカの術式は属性に適正さえあれば万人が扱えるものとなっている。


 高度で使用者が限られる魔法と、その劣化版だが誰もが使える魔法。どちらが売れるかなど一目瞭然だった。


 ゼオラロが0から1を生み出す天才ならば、ライカは1を10にする天才だったのだ……。


「まずいわ。早くライカを連れ戻さないと!」


 ここに来てようやくジャビカは危機感を覚えた。




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